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アリサのキセキ  作者: ししし
はじまり
26/27

025 敗北を背に勝機を得る

「楽しそう……よね。すごく」

「ええ、それは否定出来ませんね」


 太陽を避けるように木陰の下で二人並んだエイラとダギムは頷き合う。目の前ではめまぐるしい速さの剣撃が嵐のように連続で交差している。そのぶつかり合いの一つ一つから互いの勢いが拮抗し発せられる力の波が、空気をざわめかせていた。


「それに、ディータがなぜ『魔王討伐』の指令を受けたのかもわかった気がする。つまり、ディータには魔王なんてどうでもよかったってわけなのね」

「隊長の眼には勇者──というより、自らの師しか見えていなかったのでしょう。それにしても勇者に剣術を習った二人が戦い合う……。不本意ですが、私も一人の騎士として興味をそそられる所ではあります」


 ダギムは戦い合う二人の様子を熱心に見つめて呟く。視線を落としたエイラには、剣の柄を今にも抜きはなってしまいそうなダギムの手が見えた。


「今は抑えておかないと、あとで痛い目見るわ」

「……ですよね。私はまだ死にたくはないです」


 再び視線をディータに戻してエイラは言う。ダギムは半笑いで笑った。


「でも心配ないかもしれません。逃げた彼女たちは戻ってくるでしょうし。そうなれば私が出て行っても文句は言われないでしょう」

「さあ、どうかしらね。ディータなら『全部俺がやる』って言い出しそうだけど」

「はは、それもありますね」


 二人は、逃げたマオ達が返ってくることを知っているかのように話し合って笑いあう。それも当然といえば当然。客観的にこの状況を眺め、自分ならどう切り抜けるかを考えれば、勇者の弟だけでこの場を脱することは不可能だと目に見えている。どのように考察したとしても勇者の弟を助け出し協力して逃げ出すためにこの場に戻ってくることは明白だった。


「『魔王討伐』は思ったよりも簡単に終わりそうね……」




「ほらほらほらほらァ! 気張れよユーマ!」


 あたりに響く声でディータが煽り立てる。それが虚勢でないことの証明のように、嵐のような攻撃がユーマに降り注ぐ。見切れるだけの剣筋を見切って、ディータの剣を防ぎ続ける。


 ユーマがこれほどまでに苦戦を強いられているのは、ディータが同じ師──アリサから剣術を学んだ人間だからだ。剣術の他に、『気』の鍛錬を積んだ二人は、気を読むことだけではなく、動きの中に自らの気を紛れさせる技も得ていた。


 つまり、お互いがお互いの有利な点を潰し合い、完全な技術の勝負となっているのだ。


「な……めやがってッ!」


 上段からの一撃を防ぐことなくその身一つで躱し、反撃に移る。狙えるのは、隙だらけな脇腹だ。腰のひねりを加えて右手の剣を振る。


 もちろん、刃が深く入れば最悪死に至るだろう。今は相手の命を奪うのが目的じゃない。行動不能にして逃げることが重要なんだ。


 なんとか、加減を──。


「甘いッ!」

「ぐっ!」


 頭部に衝撃が走り、ユーマの体の動きそのものが逆転して後ろに吹き飛んだ。


 なにが起きたのか確認するよりも早く、ユーマは激しい後悔に苛まれる。殺しあう相手の前で、しかも“あの”ディータの目の前で、余計な甘さを見せてはいけない。妙な慢心が自分自身を包み込んでいたことに驚愕した。


「……ユーマ。お前まさか、俺を殺さずにいようとしてるんじゃねえよな?」


 ハンマーで叩かれるような痛みが延々と続いて止まない。眼の奥に違和感を覚える。


 ディータの動きは全くと言っていいほど目に捉えることは出来なかった。おそらく、ユーマの剣を、自らが振るう剣の反動を利用して背面跳びをする形で回避したに違いない。反撃に転じたのも、その動作の一環だろう。


 こめかみから流れる熱いものを感じて、ユーマは深呼吸を二度繰り返した。


「お前は優秀だ。人に好かれる。やり遂げる力がある。だが俺は違う。何をやっても中途半端だ。剣術も、暗殺の術もな。…………まあ、そんなことはいい。どっちでも。どっちでもな。どっちにしろお前はここから逃げられないし、お前は俺を殺せない。いやむしろ殺す。俺がお前を殺す」


 ディータは剣を弄びながら次第に語気を強めて言う。わざとらしくユーマの目の前を横に行ったり来たりを繰り返した。


 ユーマはそんな支離滅裂のディータを鼻で笑う。


「……はっ、その性格だろ。お前が……いつまでもお前のままなのは……」

「…………ッッ!」


 ユーマが最後の語を言い終えた瞬間、再び金属がぶつかり合う音が響く。

 ユーマが下で、ディータが上。ユーマは右手で持った剣の刃を左手で支え、押しこむように剣で圧力をかけるディータの一撃を耐える。お互いが口元をゆるめ、不自然な笑いを浮かべ合った。


「く、この……っ」


 頃合いを見計らい、歯を食いしばりながら不利な姿勢から力で無理やり押し返して立ち上がる。押し返された反動で、剣を握ったディータの両腕が上がる。


 再び好機だ。


 揺れる脳がとっさにつぎの行動を選択して実行する。地面と水平になった『魔を断つもの』。ユーマは口を開く。


「疾走れ! 『イグニション』!」


 剣が赤黒い魔力の光を帯びて加速しはじめ、右手に更に力を加えて握り締めた。


 甘さは捨てる。戦いは感情だ。より強い意志は行動に直結する。

 やらなきゃやられる。


 居合い抜きのように、その場に体を固定し、腕だけを高速で剣の動きに同調させる。剣はディータの胴へと再び吸い込まれていく。今度は揺るぎない殺意を持ってその体を二分する為に。


 刃がディータの着衣へと到達した瞬間、勝利と確信した。


 このまま剣が胴を寸断するのにコンマ五秒もかからない。腕の力を抜き、剣の加速に身を任せて腕を振るう。


「…………ちぃッ!!」


 手応えがない。


 剣の加速が止まると同時、ユーマは剣を構え直す。確信という心の安心を崩された今、ユーマの心は焦燥に駆られていた。


「……覚えているか? 『勝利は戦いの最中に得るものじゃない。戦って、勝って始めて理解するものなんだ』」


 ユーマはその声が耳に届くと同時に、冷や汗が噴き出るのを感じた。同時に視界を目の前に移す。そこいるはずのディータの姿は当然のごとくすでになかった。


「…………っ」

「お前の大好きなアリサの言葉だぞ?」


 即座に振り返ろうとしたユーマを、背に当たる鋭利なものの感触が止める。当たったそれからわずかに感じる魔力。背に押し付けられたものが『血を追うもの』であることは明白だった。


「言ったとおり、お前の『魔を断つもの』は俺がもらう。その前に一つ。質問がある」

「…………」

「お前は、まだ魔王に手を貸すか?」


 ディータがゆっくりと問うた。


 両肩の力を抜き、剣の柄を握る手の力も緩める。視線を目の前に固定したまま口を開く。


「……もちろんだ」


 ユーマは目をつむって答えた。


「なぜ?」


 ディータは返す。


「それがあいつからの依頼で、あいつとの契約で、あいつとの約束だからだ」

「はっ! またアリサの言葉か!」


 ディータは笑う。


 ディータの持つ『血を追うもの』から滲み出る魔力が量を増したのがわかる。だが、『血を追うもの』の魔力にはどこか既視感すら覚える。知らずに長年使い続けていたもう一つ勇者の剣『魔を断つもの』のせいだろうか。


 そんなどうでもいいことですら、この状況ではいい思考の転換になった。


「お前の言葉はいつもそればかりだ。アリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサアリサ……。聞き飽きた。うんざりだ」


 剣の切っ先が更に力を増して強く腰にあてがわれる。刃先が皮膚を裂き、肉に食い込んで血が滲む。生唾を飲み込んで冷や汗が一筋流れた。


 諦めたくない……が、実際問題この状況からの脱出はどう考えても不可能だった。


 前に二人、後ろに二人。騎士二人、魔術師一人、暗殺者一人。


 対するこちらは負傷した身だ。走って逃げようにも無理があった。


(……ごめん、マオ。エミィ)


 ユーマは最期を悟って瞳を瞑る。貫通する刃の痛みの予感が、いつしか胸に空いた穴の痛みを思い出させて不意に不自然な笑みが溢れた。


「……ダギム! エイラ!」

「予想通りですッ!」

「ええ!」

「…………?」


 背にあてがわれた刃はそのままにディータの叫び声が響いた。続けてディータの部下であるダギムと魔術師の少女エイラが待っていましたとばかりに声を張り上げて走りだす。


 突然の出来事に瞳を開けたユーマの視界に映ったのは二人して空を見上げこちらへ向かって走り、そのまま脇を通り抜けていくダギムとエイラの姿。その視線の先には、とぐろを巻いて分厚く空を覆うどす黒い雲の層があった。


「まさか……!?」


 ユーマは甘く体に食い込んだ刃をそれ以上奥へ進ませないよう、首だけを動かし振り返る。


 第三者がこの状況に介入する利点はない。なぜなら自分の相手している集団がこの大陸の法を司る騎士団の人間だからだ。すると、必然的にこの異変がユーマかディータ、どちらかに関係した人間の仕業であるとわかる。だがディータ達は、目的が果たされようとしていた今、これ以上状況の変化を望む理由がない。


 と、なれば──。


「マオッ! どうして戻ってきたッ!」


 疲労と緊張で一滴の唾すらも滲み出ることもなく乾燥したからからの喉で叫んだ。喉の中で毬が暴れまわるように痛みが増幅し、生ぬるい鉄の味がする。


 自然と『魔を断つもの』を握る手に力が篭った。


「迎え撃つわ。『ナコー、トラ、レイディル』!」

「はい。行きますよ!」

「うあー、ジーシーもー」


 ユーマの背後でエイラが喚ばれ人を召喚し、ダギムが剣を引き抜き、ジーシーまでもが臨戦態勢で構えた。


「アハハハハハ! どうだ絶望したか? 無力を思い知ったか? 愚かな魔王に手を貸す愚かなユーマ。お前はここで今、俺に負けて死ね!」

「ふっざけんな!」


 右手を大きく振り、剣の重みと遠心力で体を回転させるユーマ。


 突き刺さっていたディータの『血を追うもの』が肉を裂いて腰に一文字の傷跡を作った。


「おっと!?」


 振り返りざまの一撃をディータは体を逸らすことでかわし切る。無理な体勢での攻撃によって、腰の傷が更に広がり背に朱色が滲んだ。


「……ふざけんなよ。どうしてこうも皆自分勝手なんだよ」


 愚痴を吐露するユーマと同調するように腰の傷跡から血が滴り落ちる。あっという間に体の中の血液が不足し始め、呼吸が荒く視界も霞み始める。


 ぐっ、と奥歯を噛み締めてユーマは吠えた。


「人を振り回すのもいい加減にしやがれ! マオ!!」

「すまんな! ユーマ!」


 虚空に向かって叫んだ声に、背後からの声が返ってきた。


「な──ッ!?」

「うそっ!」

「…………っ」

「うわーびっくりだー」


 驚く騎士団の面々を前にユーマはしたり顔で笑う。


「あの……あのガキの魔法、これを予期してか! くそっ! 『イアカ──』」


 チームを分断し、完全優位に立っていたディータが焦りの表情を見せる。ディータにとって、勇者の剣を持つユーマと魔王が揃うのは不利な条件にほかならない。即座に『血を追うもの』の魔力を練り上げ、魔法を詠唱し始める。


「させるか!」


 ユーマは詠唱を見てすぐさま大地を踏み、体を前進させる。ブシュ、と腰から血が吹き出す。こちらの間合いに入るまで三歩もかからない。二度目の右足を前に出したと同時に、右手の『魔を断つもの』を振り下ろす。


「くそがァ! 援護を!」


 詠唱が途切れ、いらだちをあらわにするディータは後ろに立つ三人に荒い声をあげる。その声に即座に反応した三人の視線を──。


「そこでストォップ!」


 突如上方から降ってくる声の主が奪った。


 その声の主──エミリアは三人が一歩踏み出そうとしたその先を的確に狙い撃つ。急に現れた驚きと、危険を省みる正常な判断が彼らの動きを止める。


 伏兵としてエミリアを使うのはマオの作戦だ。ユーマの動きのタイミングを計るよう前々からの指示通りだった。もちろん、ユーマはそれを聞かされてはいない。


「エミィ!」


 見上げたユーマもつい声をあげる。


 マオの逃亡作戦にはそれで十分な時間稼ぎだった。



 ──法の申し子よ、天啓に従え


 ──定めある生命を問い


 ──今


 ──幻世の理をもって時を超えよ



「真法『ヴァール、デル、オルファーレ』!」


 マオが、今まで聞いたことのない長い詠唱を終える。


 ユーマは背後から飲み込まれるような巨大な魔力を全身で感じ取った。その魔力の波長には、マオだけではなく、キルナのものも混ざり合っている。直感で感じた。


 マオの魔力だけは、鮮明に感じられる。まるで自分が扱っているかのように。それは紛れもなくユーマの胸にあるマオの心臓のおかげだった。


 その違和感に身を震わせた瞬間に、すでにユーマはマオが何をしたのかを完全に理解しきっていた。


 空気が引き伸ばされたようにまったりとした雰囲気を受ける。指先を動かせば、その指に空気が絡みつく。まるで空気が粘性を持ったかのように、体に重苦しくのしかかってきた。


「エミリア! ユーマを頼む!」

「もちろん!」


 二人の声が唐突にユーマの緊張をゆるめ、その反動で膝が崩れた。


 聞こえる声も、倒れていく体も、てんでおかしいようなところは見当たらない。むしろ正常すぎるくらいに動く。


 地面に倒れ伏す直前で、胸元にスッと手が差し込まれた。


 重力に逆らうように体が持ち上げられる。柔らかな手、皮製のタイトな服。


 エミリアか、とユーマは思った。


 流れるような動作でユーマの体はエミリアの肩に担ぎ上げられる。淡く握った剣を落とさないよう、やけにボーッとする頭で考えて必死に手に力を入れ続ける。不意に顔を上げた時、胸に引っかかったマオの魔法の正体が、ユーマの頭のなかで理解に結びついた。


 彼方に見えるディータの口が、ゆっくりと開閉している。まるで、今はそれしかできないと言わんばかりに、ゆっくりと。だがユーマにはそれが直感的に、脳裏に直接送られてくるように再生される。


『セ イ ハ ン タ イ ダ』


「エミリア、操縦を。私はユーマを治療する」

「適当に走るよ!」


 ディータの口元から視線が強制的に切り替わり、今度はゆっくりと背から接地する。布の感触がやけに優しく感じた。


 そして意識が明滅する。そこで全身を包む違和感が消えた。

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