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アリサのキセキ  作者: ししし
はじまり
15/27

014 いざ

 人並みが消えた街を三つの影が走っていく。


 先導する影は背負った剣が怪しく光っていた。悪意に似た、どこか罪の香りを醸し出すその影は、人気の付かない裏路地を縫うように駆け巡っていた。


 先頭の影が道の途中で足を止め、後ろを行く影に合図する。それを境に、三つの影はそれぞれ分かれて別々の方へと散っていった。


 剣を背負った影はその場から家屋の屋根へと飛び乗る。後ろの二人、その片方は通りを直進し、もう一方は初めの影と同じく家屋へと飛び乗った。


「ユーマ」

「……うん?」

「『ウクフィア、ム、エルドーネ』」


 通りを直進する小さい影が、剣を背負った影──ユーマを呼び止め一言魔法を唱えた。意味は、『耐性』。その身に受ける魔術に耐性を持たせる魔法だ。分類は回復魔法にあたった。


「サンキュ、マオ」


 振り返ったユーマは下方に立つ小さい影──マオに感謝を述べた。


「気を付けろ」

「あぁ、行ってくる」


 マオは厳しい、睨み上げるような視線をユーマに向ける。檄を飛ばすためだろう。ユーマは意図を理解し、うっすらと笑って背を向け家屋の屋根を蹴った。


 足に力を込め、地を蹴る度に景色が流れていく。透き通った空気に映し出される満点の星空が線となって視界に写る。人気のなくなった街の明かりが、まるで舞台の照明を連想させるものとなっていた。


(さて……)


 目当ての建物を見据え、足を止めたユーマは腕を組んで彼方へ視線を向けた。


 目当ての建物──シューツル邸の塀はマルステン内の一般的建築物と並ぶ高さがある。その屋根の上に立っているユーマからすればシューツル邸内部へとそのまま侵入することはわけでもない。ユーマが立ち止まったのはもう一人──エミリアの合図を待つためだった。


 エミリアからの偵察報告には、シューツル邸内部にめぼしい見回りは居ないとあった。だが、実際そんなことがありえるだろうか。


 ユーマの目の前から一瞬で消え失せてみせる程の魔法を使うことが出来るジーダ、もしくは青い髪の少女がいて、屋敷に忍び込んだエミリアを感知出来ないことがあるのだろうか。エミリアの隠密技術を信用していないわけではなかったが、どうしてもその一抹の不安が拭えなかった。


「行くか」


 視界の隅にちらりと輝く光を見て、ユーマは屋根を力強く踏み込んで飛ぶ。


 山なりの軌道を描いた体が重力に従って下方に引かれ始めた時、腰につけたワイヤーを塀の壁面に向け投げ放つ。ワイヤーの先に取り付けられた杭は塀へとめり込んだ。


 ベルトに繋がったワイヤーが張り、絞りだすように口から息が漏れる。ユーマは体勢を直し、ワイヤーをたぐり寄せて塀を登りはじめた。


 ある程度の高度を保ち、近くの建物へ飛び移るユーマ。


 面倒な手順を追ってまで高所に登るのには理由がある。


 当然のことながら視野が広がるという事だ。前時代──つまり魔王の支配があった頃、栄えた街の権力者および資産家はその立場故、盗賊や強盗に見舞われることが多い。それはマルステンでも同じ事で、シューツル邸も例外ではなかった。


 そのために、施設の大半は迷路のように入り組んだ作り、そして侵入者を容易に対処出来るように改変されたのだ。それに伴い塀が高くなり正面からの突入も難しくなった。だからこそユーマ達は手間を承知で塀を超える作戦を練ったのだ。


「無事入れたね」


 ピョンピョンと屋根の上を飛び跳ねこちらへ向かってきたエミリアがユーマの側によって膝をついて言う。ワイヤーを巻き戻していたユーマはそっとエミリアの表情を見て再び作業に戻った。


「……最悪だな」

「うん。やっぱり、バレてたみたいだね」

「予想は……出来てたけどな」


 二人は塀近くの──おそらく監視塔の屋根の上で、眼下に広がるシューツル邸本拠へと続く道々を見て言った。


 二人が残念そうな言葉を口にするほど、その景色は賑やかだ。ましてや、『見回りなんて居なかった』という報告など、話にならないほど。


 耳を澄ませば聞こえる、数多くの足音。そして見える大量の人影。そして薄く輝きを発する剣が見え隠れしていた。


 この大陸、世界には剣として打った後、光を放つような鉱石は存在しない。魔力付呪を施した剣は淡いもやを纏うように放つのだ。つまり、その沢山の人影が手にしている剣はこの世界のものではない。そして、それを持つ人影も。


「……喚ばれ人か。となると術師は中だな」


 ──喚ばれ人。


 魔法の中で『召喚』の類を鍛錬した者が幻世と呼ばれる異世界から喚び出す怪物である。怪物という言葉で総称しているが、そのシルエットは人に酷似しており、端から見れば人間と相対差ない。


 そして、その見た目は痩せこけた人間に相応しかった。筋肉と言えるものはほとんどなく、骨が浮き出ている。一見、誰にでも相手することが出来そうな弱者を思わせる姿をしていた。ともすればユーマ達でも十分倒せる余地はある。


 しかし、現実はそう甘くはない。


 前述である通り、喚ばれ人はこの世の生き物ではない。召喚の際、喚ばれ人はその魂を幻世に置いてきてしまうのだ。


 この世に喚び出された喚ばれ人は魂を持たない抜け殻にすぎない。それはつまり、喚ばれ人が不死であるという事を明示していた。


 不死である喚ばれ人に対し、唯一有効だと言われているのが、『帰還』の魔法、およびその付呪を施された魔武器の類である。魂を持たない喚ばれ人を、その肉体ごと幻世へと送り返す魔法だった。


「……かと言ってエミィは魔法音痴もいいとこだし、俺は『帰還』なんて魔法使えないし」

「となると、征く道は一つだね」


 ユーマの呟きを聞き取ったエミリアが小さく返した。


 魔法を使えないエミリアにはその手段しかはじめから考慮にない。それを思いださせるような肯定だった。


「──強行突破、か」


 唸るように言うユーマ。


 屋根の上、という地形がそもそも有利だ。階下におりなければその圧倒的有利は崩されることは無いだろう。だが室内に突入しなければいけない手前、それも一概には言えなかった。


「私が……時間を稼ぐしかないよね」

「……エミィ」


 思わず隣に居るエミリアの顔を伺ってしまう。


 喚ばれ人相手、しかも数十体を相手に空白ブランクの武器で一人立ち向かうなど、無茶が過ぎていた。決して倒せない相手を前にして、しかもユーマの任務が完了するまで時間稼ぎをするということは、死の危険を容易に伴うことだった。


「ユーマ。今、心配してくれた?」

「いや、まぁ……」

「うれしいな。でも大丈夫だよ。ちゃんと引き際は見極めるし、アタシはユーマを信頼してるから」


 エミリアは照れたような顔でプレッシャーをかけてくる。


 自分が死んでしまう前にとっととやることを片付けてくれ。そういう意味だ。


「ちっ。結局三人分かよ。重すぎて倒れちまいそうだ……」

「じゃ、お互い予定通りに!」

「お、おいっ!」


 ユーマが愚痴をこぼすや否や、エミリアはさっさと屋根を蹴り出し、次の建物へと飛び移る。制止の声も聞かず、一歩二歩と建物の間を跳躍すると、視界の彼方先でその背は落下し見えなくなった。


 すると、下方で道を徘徊していた喚ばれ人達が一斉にエミリアが落下したと思われる地点へと、続々と駆け出していく様子が伺えた。


「重い荷背負って任務遂行。洒落てんな……こいつぁ」


 直後巻き起こった騒ぎを合図に、吐き出すように文句を言い、ユーマも剣を取り、地を蹴った。

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