013 アイの上で
ユーマ達がマルステンを訪れてから早くも三日がたった。
エミリアがユーマ達の元を離れてそろそろ一日を数える頃だ。
エミリアは今、偵察の依頼を遂行させている。誰よりも上手く影に忍ぶことが出来るエミリアだからこそ頼めるものだった。
対して、残されたユーマ達は各々が出来ることをしていた。
ユーマは作戦決行時に起こりうる戦闘に備えて剣の手入れに精を出し、マオはいざという時のためにユーマの金貨で炭素鉱石を買い付け、魔石の生成に勤しんだ。
他にも、二人で街に出ては道行く人に金貨を見返りにシューツル家についての情報を聞き出したり、怪しまれないようボロ布をまとってシューツル邸の下見をしたりしていた。
「でかいな」
「うむ。私の城には遠く及ばぬがな」
「へーへー」
「なっ! お前鼻で笑ったな!?」
シューツル邸の玄関、中庭、その本拠までの広さを一瞥して言うユーマ。
ほんの些細な自慢話を聞き流すと、マオは過剰とも言える癇癪を起こしてユーマの背をぽかぽかと殴りつけた。
体格差が十分にあるため、兄妹がじゃれ合っているようにしか見えないのだが、貧困に悩まされているこの街の住人に返送している二人があまりにも目立ってしまっては何の意味もない。
「このっ! 人の話を……むぐッ!?」
「あんま騒ぐなって……」
「モガガーッ!」
更に声を大にしてムキになるマオの口を塞いで、ユーマは冷や汗ながらにこぼす。しかし、そのままでは指に噛み付かれそうな予感がして、ユーマはやむを得ずマオを担ぎあげて早々にその場を後にした。
そもそもエミリアに頼んだ偵察任務にはシューツル邸内部の調査も含めてある。よってユーマ達がわざわざ赴いて危険を犯す必要はない。そうすることになったのも、マオが『私の力を利用する者がどんな人間か見てみたい』と宣ったからであり、全て一重に彼女のせいなのだが──。
「その作戦とやらに私が待機というのはまだ納得いかんのだ」
「ま、まぁまぁ……」
戦闘技術云々、足回りのあまり良くないマオを作戦中に連れ歩くのは危険だといって計画から除け者にしたことをマオはまだ怒っているようだった。
マオを担ぎ上げたまま走り、シューツル邸からある程度離れた辺りで歩調をゆっくりに変える。マオを計画から外したのは、ただ足手まといになるというだけでなく、ユーマなりの考えがあってのことだった。
「マオ、まだ怒ってるのか?」
「…………」
恐る恐る問いかけるユーマに無言が返ってくる。
『怒っている』というのは無論、計画から仲間はずれになったことについてだ。先ほどの癇癪はそれの延長線上でしかないことをユーマは理解していた。
「ほら、俺達って一つの命を共有する仲だろ? 心臓を分けた、さ」
「…………」
またも無言。
めげずに宿屋へ歩を進めつつ、ユーマは続けた。
「どちらかが死ねば両方死ぬ。つまり俺達ってさ、人より二倍死にやすいんだ。二つ体がある分、余計にな」
マルステンの風景を目に焼き付けながら歩く。
人の姿がちらほら伺え始めていく。
一呼吸して更に続ける。
「危険なことは俺がやる。命の恩はもちろん感じてる。だから、お前の痛みは全部俺が引き受ける。……それじゃダメか?」
「…………ッ」
歩調はあくまで遅めに、ユーマは行った。肩の上でマオが反応するのがわかる。
つまりユーマは『マオを守り続ける』と、こう言いたいのだ。
それに、
「『痛みは全部引き受ける』か……。あいつのような事を」
「うん?」
「なんでもない! 聞くなバカ者!」
感傷に浸った一言を聞かれ、再度癇癪を起こすマオ。
ユーマは笑いながら、ごめんごめんと謝る。そのまま再び無言の余韻に浸って歩き続けた。
「なぁユーマ」
「なんだ? マオ」
他愛もない名前の呼び合い。
そこに別段感情はなく、そっけない印象を与えるただのやり取り。
真剣に次の言葉を待っている様子のユーマを見て、本当に告げて良い言葉なのかどうか悩み、そしてマオは口を開いた。
「私はお前を信頼している。だから──」
「だから……?」
オウム返しにユーマは問う。脈絡のない言葉に対し、何の疑問も持たないユーマに、マオは一瞬だけ気圧された。それでも、ぐっと己の感情を押し殺し、深呼吸を一つ挟んで言った。
「だから……私を、愛せ」
「わかった」
間髪入れずに返ってくるユーマの声。
どんなことでも了承つもりだったのだろうか。命の恩人という立場があっての返答ならそれも容易に想像できることだったが、その返答にむしろマオが狼狽えていた。
「ゆ、ユーマ!?」
「はは、どうしたマオ。自分で言って恥ずかしくなってんのか?」
「ち、ちがっ……。お前、私の言ったことを理解しているのか!?」
おそらく赤面しながら喚き散らしているだろうマオの様子を想像して、うっすら笑いを携えて言うユーマ。
真剣な言葉にそんな簡単な答えを予想していなかったマオ自身のほうが驚きを隠しきれていなかった。
なぜユーマは無茶とも思える要求を飲んだのか。マオはその理由を知りたかった。
「『愛は人を裏切らない』。姉貴の言葉だ。そうだろ? マオ」
「なっ……」
マオの心の中を見透かしたように話すユーマに、また驚くマオ。
ユーマは続ける。
「『愛情の上に成り立つ関係に嘘はない』。姉貴がよく言ってた。姉貴は俺を愛してくれていたと思うし、俺も姉貴を愛してた。だから、たった二人で今まで生きてこられた」
「…………」
マオは言葉を返さない。
「でさ、俺達はきっと長い付き合いになるだろ? んで、そろそろ俺も愛情っつーものを持って接してもいい頃かなぁとは思ってたんだ。まぁ、まだ日は浅いけど、旅は道連れってな」
曲がり角を左へ。大きめの道に出て、人の姿もさらに三、四人とみかける程度に増えてくる。道の先には街の中心である巨大な噴水が見えた。
辺りを見回してからユーマは再び歩き出す。
「そしたらタイミングよくそちらから、ってわけだ。まぁ愛情って言ってもいろいろあるけど、とりあえず……。愛してるぜ、マ──」
ユーマが言葉を発し終える瞬間、ガチンという硬い物体が勢い良くぶつかったような怪音が周囲に聞こえるような音量で響いた。
その音に、人殺し程度では見向きもしないマルステンの住人たちが振り向く。当然、その様子は見事に辺りに人間の目に捉えられ、嫌でも注目を浴びる結果となった。
「バカ者ッ!! い、いつまで私を担ぎあげておく気だ! このバカ者! 人さらいか! バカ者! バカ!」
「いっ──……」
華麗な着地をして、マオは顎を押さえて悶絶するユーマに容赦無い罵倒を浴びせかける。いたってまじめに話をしていたユーマにとっては、災害のような出来事だったろう。
肩に担がれていたマオは、自らの背筋運動で体を地面と垂直にまで戻し、重力による落下と同時にユーマの頭を肘と膝で力強く挟み込んだのだ。
先の怪音はユーマの歯がこれでもかと勢い良く打ち付けられる音。
歯茎への余波に加え、舌を噛み切る危険もあるそんな攻撃を加えたのにも関わらず、口元を抑え悶えるユーマに向け、マオはいけしゃあしゃあと言い切った。
「宿屋へ戻るぞ、バカ者」
「それで、アタシが居ない間に何かあったの?」
宿屋で借りた一室で、一日を数える長い偵察任務から帰還したエミリアが開口一番にそう告げた。
「別に」
「何もない」
問われた二人、ユーマとマオは仏頂面で誰に目を合わせるわけでもなくあさっての方向を見て呟くように返した。
ユーマは何故か顎を抑えているし、マオはイライラを如実に表した顔で互いに背を向けて座っているのだ。むしろこの状況に直面してその真意を問わないほうがおかしいというものだった。
エミリアは肩をすくめて近くにあった椅子にかける。
「すごく気になるところだけど……。とりあえず報告だけするね」
そう言ってエミリアは腰に下げた小物入れから一枚の紙を取り出した。
それはユーマが描いたマルステンの地図であり、作戦書でもあるものだ。エミリアは偵察と同時にその紙に新たに得た情報やシューツル邸の間取り、そして理想とされる侵入経路、及び脱出経路が記されていた。
「ユーマの侵入ルートはここから。アタシはこっち。魔導車の用意はマオの担当で、ここ」
いつかユーマがやってみせたように、今度はエミリアが地図に丸印をつけていく。マオが作戦から外れたとはいえ、それはシューツル邸内部への侵入の際だけの話だ。逃げる時にはきっちりと協力して貰う予定だった。
「屋敷の周りにめぼしい見回りは居なかった。人を雇ったりしてないのかどうかはわからないけど……」
「罠だな」
曖昧なエミリアの言葉にきっぱりとユーマが言い切った。
「何故そう思う?」
「…………」
すかさずマオが問い返すが、ユーマにそれを答えることは出来なかった。
特に明確な理由があったわけではなかったからだ。
数年前の頃のジーダとは違う。もっと姑息で貪欲な人間だ。
そんな雰囲気をあの日再び相まみえた時からうすうすと感じていた。
青い髪の少女──おそらくマオの力の欠片を手に入れたことからの自信なのだろうか。ユーマにはわからない。だが、それでも作戦をやめる訳にはいかない理由があった。
マオに協力し、そして姉を超えるために。
「悪い。今のは勘だ。続けてくれ、エミィ」
「うん」
ユーマの言葉を受け、説明を続行するエミリア。
作戦の概要は至って簡単なものだった。
突入する二人──ユーマとエミリアはそれぞれ違う方面からの侵入を試みる。これはどちらか一方がアクシデントに見舞われた場合を想定しての配慮だ。
そのような事態にならないことがもっとも良いことであるのは間違いないのだが、いかなる問題にも対処できるように策を練ることが、エミリアがルキから教わったことの一つでもあった。
侵入に成功した後、エミリアはユーマのバックアップにまわる。目的地であるシューツル邸最奥、ジーダの私室へたどり着くための支援がエミリアの主な任務となるのだ。
進路の確保。そして邪魔者の排除。
その後、ユーマは単独でシューツル邸内部へと忍び込み、目当ての物──この場合、青い髪の少女を回収する。万が一、ジーダ・シューツルと鉢合わせた場合、できるだけ殺傷を避け、行動不能にすることも念頭に置かれていた。
たとえ殺人を見て見ぬふりをする今のマルステンだったとしても、その街の最高権力者が殺されたとなれば対応は変わる。だからこそ、悪となり得る行為は必要最小限に抑え、王都騎士団から受けるこれからの旅への妨害を避けて通りたいと考えられていた。
少女の説得、確保後、エミリアの手引きでシューツル邸を脱出。マルステンを出てすぐの街道に待機したマオと合流、作戦完了となる。
しかし、あくまで忘れてはいけないことは、その少女が絶対の確証をもってマオの力の欠片であるとは言い切れないことだ。
もしも違った場合、ユーマ達は一度マルステンを離れ、また日をおいて作戦を再度決行する必要がある。それは王都騎士団に目をつけられる可能性が高く、できるならばそうならないことを祈るばかりだが──。
「そんときゃそんときだな」
ユーマは自己暗示のように言い、頷いて椅子から立ち上がる。
マオ、エミリアの顔を一瞥して、横に立てかけてあった剣をつかむ。
「さ、行こうぜ」
夜になった。
機は熟した。
時は満ちた。
三人はお互いを見つめ頷き合い、そして宿屋の一室を後にした。




