012 策を練て寝る
「さぁ説明してもらおうか。お前の予想とやらを」
「あぁ、それには少し待ってくれ」
「ユーマ?」
宿屋に着き、部屋に入った途端、満を持した様子のマオが口を開く。
ユーマは一言の元、マオのせっかちな心を押しこみ、机の上に紙とペンを取り出した。
「……マルステンは、こうで、こうで、こんな感じか……?」
「地図……?」
「あーっ! ユーマ上手いね!」
机に置いた紙にサラサラとマルステンの全体図を書き込んでいくユーマ。
ここ数日でマルステンの街を歩き回ったわけではないので、完璧とは言えるかどうかわからないが、ユーマの記憶に残るマルステンは十分今の人間にも通じる程度の地図と言える代物だった。
「俺たちが入ってきた門はここ。んで、今いる場所はここ」
地図に印をつけながら口に出すユーマ。
マオにはそれが何の意味を持つのかさっぱりわからなかったが、エミリアはその地図の出来栄えに対し満足気に笑っていた。
「マオ。お前の言う気配、今感じるか?」
「いや、全くといっていいほど感じないが……」
ユーマに突如質問されて口ごもるように言うマオ。
「魔法は範囲を指定すればある程度行使出来る──んだよな?」
「出来ないこともない」
自分自身に言い聞かせるように言ったのか、マオに向けて放った言葉なのかどっちつかずな発言をするユーマ。
その真剣な眼差しにチャチを入れるような隙はなく、マオは珍しく自らの立場を忘れたじろいでいた。
「『探知』の魔法、使ってもらっていいか? 範囲はマルステン。この街全部だ」
「どういうこと? この街にいるって確証でも?」
「と、とりあえずやってみよう。『エスネ、ヨート、ノイテクティブ』」
マオが手の平を差し出し胸の前に突き出す。その手の上に小さな光球が生まれ、一瞬ではじけ飛んだ。
探知の魔法は、生命反応を計る。光球が生み出した魔力の波が、指定された範囲に広がっていき、生物の反応を拾って術者の元へと情報を送り返す仕組みだ。
それは生物が生まれ持つ超音波を利用した能力に近い。超音波を発し、反響して戻ってきた音波を拾い上げることで障害物を避ける事に利用する。
この探知の魔法で利用される魔力の波は、無機物を通過する。生命の反応──簡単に言えば心臓の拍動に反応して反響する仕組みだった。
「くっ」
「…………っ」
心臓を締め付けられるような感覚を受け、不意に息が詰まるユーマとエミリア。
探知の魔法は、広範囲に魔力の波を行き届かせるためより強い力を使う。魔力の波は拍動を探知するが、その分相手にも少なからずの衝撃を与えることになる。
つまり、強い力をもった魔力の波がその発生源からより近い場所で生物を探知すると、探知した相手にも探知された事実を伝えることにもなるのだ。
「……どうだ? 感じたか?」
探知の魔法の終わりを見計らい、咳払いを一つして呼吸を整えユーマはマオに尋ねる。
魔法には集中力を有する。魔力の行使の際、集中を途切れさせると、体内魔力器官から練り上げられた魔力が暴発してしまう危険があった。
当然、ユーマが話しかけたのは相手が魔王であり、魔法に通ずる人間だと信頼しての行いだったが。
「……あぁ。驚いたことに、まだこの街にあるぞ……。私の力の欠片が」
「方向はどっちだ」
信じられないという顔で魔法を行使した右手を見つめながら言うマオ。
ユーマはすかさずマオにその方角を問いただした。
「あっちだ」
マオの右手がユーマに向く。
「なるほど」
ユーマはそれに驚くこと無く事実だけを確認すると、再びテーブルに向かい、ペンを持った。
「距離は?」
「遠い。街の端か?」
「了解」
ニヤリと笑って、ユーマは紙に書いた地図の上に更にペンで書き込みを入れていく。
エミリアはそんなユーマの様子を一歩離れた場所から眺め、物憂げな表情を浮かべていた。
「笑ってる……」
「ユーマが、か?」
エミリアの小さな声をマオが拾った。
ユーマは依然楽しそうに笑いながら地図に記号やら何やらを勢い良く書き込んでいた。
「ユーマはあまり笑わないんだよ。愛想笑いはよくするんだけどね。本気で笑うことはあまりないの」
「ほう?」
「ユーマのお姉ちゃんがね、言ってた。『ユーマが笑うときは気を付けろ』って。悪巧みをするときにしか笑わない子だからって」
「すると、あいつは今悪巧みをしているということなのか?」
「わからない。でも、アタシは楽しそうなユーマを見てるのが好きだから」
「…………」
マオは無言を返す。
返答出来なかったわけではない。返そうと思えばいくらでも言葉は浮かんだ。だが、エミリアの表情があまりにも幸福に満ち溢れていて、それに言葉を書けることをためらっただけだった。
「愛、か……」
そんなエミリアに影響を受けてか、マオも同じく小さく言った。
「さて、こんなもんだろ!」
地図に最後の一筆を加え、ユーマは誇らしげに言った。
マオとエミリアに見せびらかすようにして地図を掲げる。端から見れば、大雑把なマルステンの地図だ。だが、その地図には数カ所に限りこれでもかというほどのメモが加えられていた。
「こいつは作戦書だ。マオの力を取り戻し、更に俺の私事も片づけちまう最高のな」
「作戦書?」
「説明しろ、ユーマ」
「まあまあ慌てなさんな」
ユーマの掲げた地図に疑問符を浮かべる二人を両手で制し、とりあえず椅子に座らせる。
地図を大げさにテーブルの上にたたきつけたユーマは、調子に乗った子供のように雄弁を振るい始めた。
「いいか、これはチームプレーが前提の作戦だ。潜入、強奪、誘拐なんでもあり。謝れば許してもらえるようなことじゃないから気をつけろ。ちなみにこの作戦の後、すぐにこの街を出るつもりだ。さもなくば王都騎士団のお世話になっちまう可能性があるからな」
ユーマの顔がいつにもまして悪役という立場が似合いそうな表情で言い出す。その瞳によどみはなく、どこか少年のような印象を与えるのだった。
「作戦場所はこの街──マルステンでも随一の富豪、そして権力者でもあるシューツル邸だ。俺も求めるもの、マオが求めるもの。その全てがここにある」
「ど、どういうことだ。なぜそれがわかる?」
たまらず疑問の声を挙げるマオ。
ユーマは待っていましたとばかりにテーブルを叩いた。
「マオ、お前が探知した力の欠片はあっちだったよな?」
「あぁ、そうだ」
「その方面にある建物がここ」
「む?」
「なるほど!」
ユーマはペンで地図を指し示し、二人の視線を誘導する。現在地から真っ直ぐ辿った先には、ユーマの言ったシューツル邸が指し示されていた。
「だが、これだけではそこに私の力の欠片があるという確証には程足りなくないか?」
「絶対あるとは言い切れないよね」
「それで、俺からの話だ。信じないなら別にそれはそれでこの作戦は終わる。だからまぁ……とりあえず聞いてみてくれ」
薄ら笑った表情から一片、表情を真剣なものへと変え、ユーマは自らの知る情報──青い髪の少女、ユシカを殺したジーダ、毎年起こる定期的な殺人──その全てを話し始めた。
「少なくとも、俺がこの街に居た頃、ジーダは魔法なんてこれっぽっちも使えないただの一般人だった。だからあの現場から一瞬で姿を消すなんて不可能のはず。不在だった数年間で修行を積んだと言われればそれで終わりだ。だが、傍らに連れた青い髪の少女。どうにもあの娘が引っかかってしょうがない」
「ふむ……。魔力の塊が人としての形を成す、か。世間一般に知れた程度の魔力なら理解できないが、私の──魔王である私の魔力片なのだとしたら、あるいは……」
ユーマの仮説に対し、マオは顎に手を当てて唸った。
「その殺し方、拷問に使えそうだね!」
「エミリアは黙ってていい」
「ひどいっ! 真面目に言ったのに!」
「真面目だから困るんだ」
「うぅ……」
横から口を出したエミリアの意見を封殺する。
やれやれこれだから……。人を痛めつけたり、殺めることしか考えていない。
「大きな確証はない、か。しかし、そこしか当てがないのだろう?」
マオが疑問の目をユーマにぶつける。
ユーマは静かに頷いてその言葉を肯定した。
「なら、行くしかないではないか」
「おっけ。俺の話、聞いてくれてありがとな」
「礼を言われる筋合いはない。むしろ尽力に感謝したいくらいだ」
マオは珍しく素直な表情でお礼を返す。
ユーマにしてみればそれは始めてのことで、妙に照れくさい気がしたが、別に言われて悪い気はしなかった。
「あぁ~ん! アタシは蚊帳の外なの~!?」
そんな空気をぶち壊して、エミリアの悲痛な叫びが間に入り込む。
ユーマはそんなエミリアに即座に振り返ると、大げさな身振り手振りでエミリアを説得しにかかった。
「そうでもない。エミリアには重要な役を引き受けてもらう。それがこの作戦の要なんだ」
「えっ、ホント!?」
エミリアの笑顔が一段と眩しく輝くのが、ユーマには心残りでしょうがなかった。
「残念だが、殺しは極力避けろ。潜入と偵察、そして陽動が主な役割だ」
「うん、わかった。極力避ける」
(本当にコイツわかっているのか?)
激しい不安に襲われるユーマ。
しかし、他に協力してくれる人員がいない分、エミリア以外に適任はいなかった。暗殺術に長け、闇に紛れることが出来る。幼少から身につけた技術はいくつになっても使えるものだ。
しかもエミリアの場合、幼少から今の今まで鍛錬を続けてきたときていた。
「あぁ、まあとりあえず──」
「ユーマ!?」
「ユーマぁ!」
話題を一旦区切ろうとしたところで、ユーマの視界がうねるように歪んでいく。
体がいうことを聞かなくなり、めまいのように崩れ落ちる。
ボフ、という柔らかさが上半身を包み、一度にものすごい眠気が全身におもりとなって伸し掛かってきていた。
夜通し活動していたことと、あまり夜を更かすことに慣れていなかった体が休息の少なさに拒絶反応を示していたのだ。
「あ、ごめん……少し、寝る……」
運良くベッドの上に接地した上半身に感謝しつつ、そのまま全身の力を抜いて、ユーマは深い眠りに落ちた。
広い部屋全体が薄暗がりに包まれている。ランプも蝋燭もなく、窓から差し込む月明かりの柔らかな光のおかげでかろうじて目の前を視認できる程度の明るさの部屋。
時間から推測するには部屋の住人は就寝していると考えるのが妥当だろう。だが、その暗い部屋の中にはうごめく人影が二つ──初老の男性と少女の姿があった。
「あの小僧……面倒だな」
「…………」
男の声だけが響き、少女は無言で返す。
喋ることが出来ないのか、ただ答えることを面倒臭がっただけか。それとも声を発することを許可されていないのか、どれかだった。
「まぁ、あの小僧が何をしようと大した事にはならないだろう。私には力がある。魔法という未知の力がな」
まとっていた衣服を着替えながらククク、と笑う男。
その様子を見つめる少女の瞳は生気を損ないかけた虚ろな表情だった。
「…………」
それでもやはり少女は小言を話す事もしない。
少女の頭の中には小さな希望の文字の欠片も存在してはいなかった。
「おい、キルナ。侵入者がいないか見張っておけ。私は少し休むとする」
男はベッドの中へと潜り込んで言う。
ピクリと少女が頭を動かした時、ジャラジャラとした金属音が部屋の中に響いた。それを正確に言い表すならば、鎖だ。使役される存在としての立場を理解させるため、男が少女に施したもの。それが首枷だった。
自分がどこから来たのか、何のために生まれたのかわからない。
少女はうっすらと目尻に涙を浮かべ、こぼす。
「……かえりたい」
そんな言葉も一緒に出てしまう。しかし、少女には帰るべき場所も帰りたいと望む場所すらわからない。ただ誰かに助けを求めることも出来ず、男に従い生きる道しか示されてはいないのだ。
だから少女は、静かにメッセージを送り続ける。
誰かに届くように。
誰かに気付いてもらえるように。




