異世界カフェ2――王都に住む女の子Aのお話。
つい最近、この都市の真ん中にある噴水広場の傍に、ちょっと変わったお店が出来た。
そのお店は、煉瓦や石造りのものが多い周りのお店に対して、真っ白な凹凸の無い壁に、濃い茶色の木で入り口や窓枠などを囲んでいるの。それから、入り口周りには緑の鮮やかな木や、色とりどりの花が植えられていて、とても清潔感があって可愛い造り。
そして、壁にはどこの名工が作ったのか分からないけれど、純度の高い透明で大きなガラスが張られていて、その窓際にいくつかの席が用意されているみたい。さらに、噴水通りに面した窓の外には緑色の足の短い草で覆われた庭と、そこにもテーブルと椅子が置かれていて、建物の外装と同じ濃い茶色の腰ぐらいの高さの木の柵が、通りとその庭を分けている。
外から見たときは、すごく高級そうなお店で、友達に誘われてそのお店に行った私は、ついお店に入るのを躊躇ってしまったわ。そもそも、そのお店はお菓子を売っているそうだけど、お菓子って貴族の食べ物というか、すごく高価なものだって聞いたことあるから、私のお小遣いじゃあとても買えないよ、って誘ってくれた友達にも言ったんだけど、何か悪戯でも考えているみたいなにんまり笑顔で、「大丈夫っ!」って言われて、押し切られてしまったの。
友達に背中を押されながら、私が恐る恐る中に入ってみると、店内も白い綺麗な壁に茶色の柱やカウンターがあって、店内に並んでいるテーブルも同じような茶色。椅子の座るところや背もたれは少し明るめの茶色なんだけど、細い木か蔦で編まれているみたいな作りになっていたわ。
店内にも所々木が置かれていて、全体的にすごく落ち着いた雰囲気だった。置かれている小物なんかもどれもセンスが良くて、床もテーブルもピカピカで、私は友達に声をかけられるまで、しばらくぼうっとお店の中を見回してしまったくらい。
えっと、それで満面の笑みを浮かべた友達に手招きされて、重厚な造りのカウンターの傍に行ってみたら、そこには透明なガラスに覆われた大きな箱があって、横に三段に仕切られた中には、丸かったり、一部や半分が欠けていたりする、色とりどりのお菓子が置かれていた。そのどれもが色鮮やかで綺麗で、ほうっと見惚れていたら、友達が「ケーキって言うのよ、これ」と教えてくれたの。
その丸いケーキが乗っているお皿の前には、ちゃんと値札が置いてあって、丸いケーキを切り分けた一部分の値段と、丸いままのケーキの値段が書いてあったわ。丸いままのケーキを買うにはちょっと勇気のいる値段だけど、切り分けた方はそんなに高くはないみたい。安いものは、パン屋でパンを一個買うくらいで、一番高いものでも食堂でお昼を食べるくらいのお値段だった。
普通はこれに飲み物を付ける“ケーキセット”っていうのを頼むらしいけど、飲み物を加えても手ごろな価格みたいだわ。お財布の中を心配するようなお値段じゃなかったことに、ほっと胸を撫で下ろした私を、横で友達がニヤニヤと面白そうに見ていた。もう! 知ってたんなら、教えておいてくれたらよかったのに! ここに来るまでにすごく緊張したんだから!
カウンターの傍で友達が「マスター!」って声をかけると、カウンターの奥から近づいてきたその人に、私は目を見開いて口をパカッと開けてしまった。だってだって、こんな綺麗な人今まで見たことなかったんだもの!
白いシャツに包まれたすらりとした体に、高い身長、小さく整った顔を覆うサラサラの髪は、横は耳にかかるくらいで、後ろは襟足くらいの長さで整えられている。すごく綺麗なオレンジと茶色を混ぜたような、濃い夕陽色。柔らかく微笑んだ目は魅入ってしまいそうな濃い青色で、かけられた声も穏やかで耳に心地よかった。立ち振る舞いもどこか気品があって、まるで物語の騎士様や王子様みたいって思ったの。
その人をじっと見つめたまま微動だにしない私に、その人が困ったような笑みを浮かべたとき、横から伸びてきた手が私の口を覆って、肩を揺さぶってきた。耳元で聞こえた聞きなれた声に、私がはっと目線を戻すと、目の前には苦笑いをする友達の顔があって、私はくわっと顔が燃えるように熱くなったわ。
そんな私の頭をぽんぽんと撫でて、友達はその人の方に顔を向けると、「友達のトニカよ。今日初めて来たの」と声をかけた。
私も慌てて挨拶をすると、その人は「店主のカイン・ローベルです。よければマスターと呼んで下さいね。よろしく」と笑ってくれたの。その笑顔が、なんだろう、美人なんだけど女っぽいとかじゃなくて、でも男っぽい厳つさもなくて、ただ綺麗だな、と見惚れてしまった。
それから、カウンターで“ケーキセット”を注文して気になったケーキを頼み、空いている四人掛けの席に友達と向かい合って座った。お店の席は中も外もほとんどが埋まっていて、女性の四人組や、男女の二人組、私の知ってるお店の女将さん達や、一人で本を読んでいる人など様々な人が、それでもゆっくりとケーキを食べたりお茶を飲んだりしていた。
お店に入るまではすごく緊張したのに、入って椅子に座ると何だかすごく落ち着く感じがしたの。親しい友達の家に来た感じかしら。
マスターが運んできてくれたケーキは、すごく柔らかそうで仄かに甘い香りがして、早く食べてみたいって慌ててフォークを手にしてしまったわ。
一度顔を上げて、友達と目を合わせてから、私は目の前のケーキにフォークを刺しこんだ。今回私が選んだのは“ショートケーキ”って書かれてあったものなの。柔らかそうな生地と、真っ白なクリームがすごく綺麗で、どんな味なんだろうってすごく興味をそそられたから。
フォークで刺した感じはとても柔らかくて不思議な感触だった。あまり力を込めずに一切れ切り離すことができて、それをそのままフォークで掬って、そっと口に運んでみた。途端口の中にふわっと広がる上品な甘みに、溶けてなくなるような軽やかな生地。そして中に挟まれていた甘酸っぱい果物がクリームの甘さを引き立てて、しかもその果物の香りがふっと鼻を抜けて、ただひたすら美味しい~~って、フォークを口に咥えたまま震えてしまった。
恐らく感動のあまり涙目になっているであろう私を見て、にっこりと笑った友達も、彼女が選んだ“フルーツタルト”をフォークで刺して口に入れ、幸せそうに顔を綻ばせた。自然と口角が上がって、蕩けそうな笑顔。ふふ、普段はなかなか見られない顔ね。でも、きっと私も同じような顔をしてるんだと思うわ。
だってだって、この“ケーキ”って本当にすごい! 今まで食べたことのある甘いものって言ったら、熟した果物だったり、野山に咲いている甘い花の蜜だったりするけれど、それとはまったく違う甘さなの! くどくなく柔らかい、でも蕩けるような甘さ。不思議と、食べてるだけで幸せいっぱいな気分になれたの。
友達と一口交換して食べたけど、タルトの方は私のよりももっと甘さ控えめで、でも果物の甘さと、タルトのほんのりとした甘さ、そして下部分のサクサク感が良く合わさっていて、こっちもこっちでとっても美味しかった。
彼女は初めて来たときにこのタルトを食べて、すっかり虜になってしまい、次来たときは別のを試そうって思うんだけど、ついつい見たらまたタルトを食べたくなっちゃうんだって。でも、その気持ちも分かる気がするなぁ。
ケーキについていた飲み物は、良い香りはするけれどそれ自体は少し苦くて、好みで添えてあるお砂糖を入れるんだって。高価なお砂糖を使えるなんて、この飲み物も何だかすっごく贅沢ね。でも、甘いケーキの合間に飲むと、口に残った甘みが消えて、またケーキが美味しく感じられた。本当に何から何まですごいなぁって、驚きっぱなし。
食べ終わってお店を出るときにお金を払って、その時に妹へのお土産にロールケーキを一つ買った。取っ手付きの可愛い紙袋に丁寧にケーキを入れてくれたマスターは、あのケーキみたいに甘くて綺麗な笑顔で、「また来てね」って笑ってくれたの。その笑顔に頬が赤くなるのを感じながら、私は「はいっ!」って思いっきり頷いたわ。
お店を出て、隣を歩く友達にお礼を言った。私だけだったら絶対にあのお店には入れなかったと思うから。
また行こうねって笑い合って、私は手元の紙袋を目の前に掲げた。妹はこのケーキを見て驚くかしら。でもきっと一口食べて幸せそうな笑顔になるわ。お母さんも食べたいって言うかも。私もきっと食べたくなって、争いになっちゃうかもね。
そんな様子を思い浮かべて、私はふふっと笑みをこぼした。
以前書いたものを、せっかくなのでUPさせて頂きました。
しかし、内面と(他の人から見た)見た目のギャップという点が、『月下の庭』と被ってしまってますね(;^_^)a