逆ハーレムは好きじゃない――異世界トリップして来て、逆ハーレム状態に苦悩する主人公のお話。
『王妃の資格』と設定が被るかもしれませんが、あちらは総愛(親愛や友愛も含む)で、こちらは総受(恋愛のみ)ということで、別に書かせて頂きました。
少しでも楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。
※なお、総愛と総受の定義は、私が勝手にそう思っているだけですので、間違ってたらすみません。
常に清浄に保たれた荘厳な神殿の奥、聖女に与えられた、物は少ないが調度品はどれも繊細で落ち着いた色合いの高級品が並ぶ一室で、私は頭を抱えていた。
私の受難の始まりは、今から約四年前のある夜のこと。地球という星の日本という国に住んでいた私は、仕事を終えて家に帰る途中で、電柱の黒々とした影から伸びてきた無数の細長い手に巻き付かれ、気が付けば地球とは異なる、いわゆる異世界というところに来ていたのだ。
しかも、私はどうやら邪神の復活を阻止するために、邪神を封印している封印玉とやらに力を与える聖女として、この世界に召喚されたらしい。
しかしさあ、聖女の召喚とか言うのなら、もっと神聖で神秘的な方法で召喚して欲しかったわよ。例えば、目の前で神々しく輝く巨大な門が開くとか、ミステリアスな雰囲気の美形が誘いかけて来るとか、花の咲き乱れる川の向こうで一昨年亡くなったじっちゃんが手を拱くとか。まあ、そのどれでも私は行かなかったと思うけどね。
でも、あんな真っ黒でうにょうにょした、小さな子どもの手のような触手に体を締め上げられて、電柱の影の底の見えない暗闇に飲み込まれるとか。てっきり何かの呪いに巻き込まれたか、魔界へ引きずり込まれるのかと思って、つい死を覚悟しちゃったわよ。触手に口を塞がれたせいで声も出せなかったし、そりゃあもう気が狂いそうなほどの恐怖だったさ。
それで、私を召喚したよたよたと杖をついたおじいちゃん神官長や、お髭の渋い王様によると、現在この世界では、約千年前に封印された邪神が復活の兆しを見せているらしい。その原因は、邪神の封印された巨大な岩を囲むように五か所に配置された、邪神の力を押さえつけ眠らせる効力を持つ封印玉がエネルギー不足で力を失いつつあるせいだとか。そこで、邪神の封印を行った者達の残した記録に従い、封印玉にエネルギーを補充することの出来る膨大な魔力を持つ者を呼び寄せようとしたところ、異世界にいた私が召喚されて来てしまったようだ。
神官長も王様も、てっきりこの世界のどこかにいる誰かが喚ばれるのだろうと思っていたのに、異世界から私が引っ張られて来てしまったものだから、ひどく驚いていた。ということは、私は、仮にこの辺りに他にも何個か異なった世界があるとして、その中でも飛び抜けて魔力があるということらしい。わーい、これっぽっちも嬉しくねぇ!
召喚の作用がこの世界にしか及ばないと考えていたことから、聖者もしくは聖女を喚び出しても、封印玉の補充が終われば、きちんと家まで船なり馬車なりで送るつもりであったらしい。しかし、まさかの異世界からの来訪者に、世界を越えてその者を返す方法を知らない神官や王様は、蒼白な顔で土下座しながら私に謝った。もちろん、その臣下の人達も。
けれど、突然今までの生活を奪われ、しかも帰れないと知らされた私は、悲しみと怒りのまま泣き叫んで攻め立てて、その後も不貞腐れて絶対に封印玉の補充なんかするもんかって、部屋に閉じこもった。
でもさぁ、何かみんな良い人達でさあ。私のお世話に付いてくれた女性も本当に申し訳なさそうに一生懸命私の世話をしてくれるし、王様も私が何の不自由もしなくていいように色々と配慮してくれるし、神官長はじめ神殿の人達も何とか帰る方法が無いかと世界中を駆けずり回ってくれたりと、それぞれに精一杯の努力をしてくれて。邪神の復活が近いのに、誰も私を責めないで、好きなようにさせてくれた。
これが、私を懐柔するための演技なんだったら、私は怒りと憎しみのまま城を出て、邪神によって世界が蹂躙されていくのを高みから笑って見渡してやるところだけど、彼らの疑いようのない誠意はしっかり伝わったし、恨み続けるのも疲れるし、もう良いかって、何とか吹っ切ることが出来たのよ。
そして、今後の生活の保障と引き換えに封印玉の補充に協力する旨を伝えると、跪かれ涙ながらに感謝され、まあそれから色々準備とかあって、私は封印玉を巡る旅に出た。
んで、旅のこもごもは省略するけど、世界中を回って、邪神を信仰する者や魔物の妨害もあり、あわや邪神復活か!? ってヒヤリとする場面もあったけど、私は何とか無事すべての封印玉にエネルギーを補充し、邪神の復活を阻止することが出来た。
それで、城に帰ってきてからは、神殿に部屋を与えられ、衣食住の完全補償、外出も自由に出来るし、望むように生きていいと王様からも神官長からも言われている。
そこで話は冒頭に戻るが、ならば何故私が一人暗い部屋の中で悩んでいるかというと、現在私はとんでもない逆ハーレム状態だからだ。
封印玉のエネルギー補充の旅に付いて来てくれた、世界最強の戦士に、強大な魔力で数多の魔術を使いこなす至上の魔術師、世界に名を轟かせる最速の剣の使い手の騎士に、深い知識と奇跡の治癒能力を持つ神官、そして、魔術も剣の腕も突出し王家として邪神に関する知識の深い王子。身体能力に優れ隠密行動を得意とする獣人に、防衛魔術に秀で索敵能力が高く何より世界情勢に詳しくて生活能力も高いまとめ役。それに私を加えた八人で旅をしたわけだが、最後に話したまとめ役の、私より少し年上の豪快で面倒見のいい性格のセクシー女性、グラス姐さんと、常に沈着冷静な知的美人の魔術師メーダさん、そして私以外は、皆若い男性なのだ。
グラス姐さんには、旅には同行できなかったけど、そりゃあもうラブラブの旦那様がいるし、メーダさんは可愛い女の子が恋愛対象で男にはこれっぽっちの興味も抱かない。
でも、五人の男達は全員独身で特定の恋人もいないらしい。全員種類は異なるけど、この世界でも突出した美形であるにも関わらずだ。
まず、世界に並ぶ者はいないと言われる最強の剣士、キネイさんは大剣を軽々と扱い、無駄の無い綺麗な筋肉が野性味あふれるしなやかな色気を醸し出している。歳はたぶん三十代前半かな。男らしい精悍な顔立ちで、常に人を見下している皮肉屋だ。しかも、相手を侮っているんじゃなくて、的確に力量を把握したうえで見下しているから性質が悪い。でも、認めた相手にはとても献身的で、頼りになるお兄さんなのよね。
次に、世界最速の剣の使い手である騎士のラインナートさん。恐らく二十代後半くらい。肩口まである柔らかな髪を後頭部で一つに括っていて、その繊細そうな綺麗な顔には、常に柔らかい笑みを浮かべている。物腰も洗練されていて、常にレディファーストを欠かさない、まさに紳士の鑑のような人だ。
神官のセトさんは、私の想像に反して、よく日に焼けた褐色の肌にバランスのいい筋肉の乗った逞しい体、癖っ毛の柔らかい髪に大人の色気漂う甘い顔立ち。でも、常にチシャ猫のようなにやりとした笑顔で人をからかっては笑っている。年齢は三十代前半かな。
フェレオン王子は陽光に輝く金髪で、いつもキラキラとした笑顔を浮かべている。他の仲間内では一番年下の、どちらかというと将来有望な可愛い顔つきで、無邪気に行動しては場を和ませている。でも、時に鋭い指摘と的を突いた発言で、実はものすごく頭がいいんだろうな、って感じさせる。多分十代後半くらいだと思う。
最後に、獣人のウージェさんは、獣人差別の激しい国で育ってきたせいで、ひどく人間不信だ。目鼻立ちのはっきりした整った顔なのに、常に眉間に皺を寄せていて周りを警戒している。でも徐々に打ち解けて来ると、思わぬツンデレを発揮されて、身悶えそうになった。歳は二十代後半くらい。
そして、その男性陣五人が、全員私に惚れている……ようだ。
いやいや、私も最初は自惚れすぎだな、とか、私を異世界から召喚した罪悪感から、とか、単に異世界人が珍しいから、とかって、ありえないと否定はしてましたよ。しかし、私を見る目に宿る熱や、浮かべる表情。隙あらば触れて来るし、仲間内でも嫉妬で諍いが起こるし、聞かせたいんだか独り言なんだか告白まがいのことをぽつりと呟いたり、意味深で濃厚な雰囲気を醸し出してきたり、と、もう誰の目から見ても想いを寄せられているのは明らからしい。
愛する旦那様以外の男には興味が無いグラス姐さんは、「モテモテだねぇ~!」と笑い飛ばしながら、楽しそうに私の状況を見ていた。さすがにどうしようもない時は助けてくれていたけど。
でも、メーダさんは、「あんな男達なんかやめておいて、私にしない?」って止めるどころか争いに加わって来たりして、事態をややこしくしてくれたりもした。まあ、よくよく聞いてみれば、私は、メーダさんの好みでは無くて、主に男どもをからかって遊んでいただけだったのだけれど。
それでも、苦楽を共にし、たくさん助けてもらった仲間達を家族のように大切に思っている。けど、それが恋愛感情になるかというと難しいのだ。
日本にいた時も友達に「枯れてる」と笑われたけど、どうにも私には燃えるような恋、というものは出来そうにない。恋人にしても、仮に結婚するにしても、この人となら喧嘩せずにうまくやっていけるかな、とか生活に苦労しないかな、というような、う~ん、何だろう、全て頭で判断してる感じ? この人が好きだー! って思うことはない。ただ、お互いを尊重し合いながら、温く穏やかに暮らしていければいいと思ってる。
なわけで、逆ハーレムって穏やかさとはかけ離れている気がするのよ。
しかもね、旅の途中で徐々に明らかになったんだけど、皆それぞれに訳ありで、辛い過去を背負ってきているみたいなのよ! だから、例えば乙女ゲームで本命以外とか、物語でヒーローの恋敵とかの悲惨な過去が明らかになったりすると、もう、誰かああぁぁ! 誰でもいいからこの人幸せにしたってえええぇぇぇ!! って泣き叫びたくなるように、私は心底皆が幸せになってくれることを願ってる! 切実に願っている!
私と一緒になることで幸せになれるなら、恋愛感情じゃないかもしれないけど、でも全身全霊をかけて幸せにしてやるさ! 黙って私に付いて来いや! けど全員は無理!!
グラス姐さんは「この際五股でも……」何て言うけど、この人ごみに紛れ込んだら見つからなくなりそうな平凡で、非ヒロイン体質の私が、あんな美形達を渡り歩くなんて……! おおおおお! 絶対に無理無理無理!! 分不相応すぎる羞恥と全員への罪悪感で消えてしまいたくなるあぁぁ!! そもそもそんなキャパもマメさも持ち合わせてないし! 何より、五人も自分だけを愛してくれる人を求めているのだろうし、その方が幸せだろう。
だったら、この際五人のうちの誰か一人か、もしくは仲間以外の男性を選んで、他の男性陣には誰か良い人を見つけてもらったらいいんじゃないかとも考えたりもした。
しかし、しかしだねぇ。旅の途中でも、私が男の仲間と話していたりすると、ぼそりと「他のやつらを消してしまえば、お前は俺のものになるのか……?」なんて思いっきり本気の声で呟くヤツがいたり。あ、ちなみに、その呟きは聞こえなかったことにしました。いやいや、だってその後どんな反応すればいいのよ? まだ、冗談っぽかったり、それほど深刻そうでなかったら、「またまた~」なんて宥められるけど、表情の読めない俯き加減で、妙に重苦しい雰囲気を漂わせながら、ひどく切羽詰ったような低い声音で言われると、こっちも恐怖のあまり凍り付いてしまうのよ。冷や汗をだらだら流しながら、辛うじて笑みを浮かべて、「え? 何か言った?」とすっとぼけるのが精いっぱいだわよ! 怖ええよ!!
あと、旅から戻ってまだ間もない頃。旅の最中はいつも穏やかで、何かと気を使って世話焼いてくれていた騎士のラインナートさんが、夜神殿内の私の寝室に入ってきて、私の寝ているベッドの脇にぼんやり佇んで、「私だけのものにならないなら、いっそ……」って、ぽつりと漏らした時のあの恐怖! 私は壁側に体を向けて横になってたんだけど、目を閉じていても感じる背後の薄暗い気配と、じりじりと振り注ぐ真っ黒な太陽のような熱昏い視線に必死で寝たふりをしましたよ。背中も握った手も汗びっしょりでしたけどね!
「いっそ……」って何よ! 「いっそ……」って!! 「いっそ、ここから連れて逃げよう」とかだったら、まだいいわよ? 連れ去られてあげるわよ。でも、「いっそ殺……」とか、「いっそ犯……」とかだったらどうしようかと! すわ、わが身の危機かと、結局ラインナートが音を立てずに部屋を出て行くまで、生きた心地がしなかった。速攻で扉の前にソファや机を移動して、バリケードを作りましたよ。だって、ラインナートさんが神殿に戻ってからも何かと私の世話を焼いてくれていたから、部屋の鍵を持ってるんだもん。
朝になって鍵を変えてもらい、新しい鍵はグラス姐さんに持ってもらうことにしました。もちろん、ラインナートさんには、私が起きていたことは気づかれないように、「女神様のお告げが……」とか適当な理由をつけてね。でも、まさかあのラインナートさんまで……(泣)!
てなわけで、先に五人を何とかしないと、私が誰かを選んだ場合に、その相手の人、もしくは私自身の命が危ない!!? と考えたのよね。
彼ら五人は、封印玉の補充の旅が終わった今でも、一日に一回は神殿内の私の部屋を訪ねてくる。
もちろん普段から気を持たせるような行動は極力避けてますよ。迂闊に見つめない、触れない。言葉にも気を付けて、これっぽっちも恋愛感情なんてありませ~ん、異性として見てませ~ん、か、勘違いしないでよねっ! アピールを続けている。
もし、彼らが告白してきたら、その後の関係がどうなろうとも、きっぱりと断る気ですよ。引導はお早めに!
ついでに、出会いの場を増やしてみようと、重要な式典や王主催のパーティーなんかには、彼らを伴って参加して女性軍団の中に放り込んでみたり、私の名代で式典等に参加させたり、他国に使者として行ってもらったり、色々と手は尽くしてみてはいるんだけど、彼らが特に女性と親しくなったという話は聞かないのよねぇ。
でも、これ以上はどうしたらいいのか、さっぱりと思いつかない。
はあ、どこかに彼らを幸せにしてくれる素敵な女性はいないものかしら……。
見上げた窓の向こうには、柔らかそうな雲がふわふわと浮かぶ、眩しいほどに真っ青な空が広がっていて――。
もういっそ、彼らをおいて旅にでも出ようかな、なんて考える今日この頃。
ちなみに、主人公は26歳。
すみません、ちょっと書いてみたかっただけで、逆ハーレムものは大好きです。