始まりの物語(下)1 ルウラVSダンク
ルウラとダンクの戦い決着
街中で自身のファクターを躊躇いなく行使した五月席に対し、十月席は神速の体当たりを持って対抗。激突した瞬間に両者のファクターが干渉しあい、更なる破壊を当たりに撒き散らそうとしたが、十月席は驚くべき制御力で破壊の力を上空へと逃がした。移動をつかさどるファクターは伊達ではない。
しかし、領民を守った代償は大きく、5月席に戦闘の主導権を奪われてしまった。無理にファクターを行使したせいで、右腕に負荷がかかり、中がずたずたにされてしまっている。その負傷すらも無視して、五月席を町外れ、丁度、アリスがいる丘の正面の平原に五月席を弾き飛ばした。
地面を何度か跳ねながら着地した五月席にダメージは少ない。全て余裕を見て、足で地を蹴った後の着地だった。
対して十月席は大きな砂煙を上げて地面に身体を転がしながらの着地。瞬時に跳ね起きるが、打ち身や擦り傷、中でも右腕がだらり、とぶら下がっており、大きなダメージが見て取れた。
「おやおや、随分と消耗しきってしまったようじゃあないか」
「うるさいな」
何の感情も見せないままルウラがダンクを睨みつける。
「右腕が動かなくなっただけだ。お前が心配することでもないし、こんなことでお前を殺す機会を逃すほど甘くはない」
背後の碧の翼が光り輝き、戦闘の意思を見せつける。それをみたダンクは笑みを濃くした。
「いいね。いいよ。でははじめようか!」
球状の空間爆弾がルウラの周りで爆ぜるが、事前にそれを察知していたルウラはバックステップでその破壊から逃れる。瞬間。目の前にダンクが突如として現れる。それにも冷静に対処。この神とは幾度となく遣り合っている為、この程度では驚かない。普段なら拳で対抗するが、マテリアルを打ち据える。空間跳躍でかわされるが、どこに移動しようとしているのかルウラはファクターの力で察知することができる。太陽光を収束し、高熱の熱線にしてその瞬間移動先に放つ。
光速に近い速度の攻撃をダンクは首をひねって回避。
その回避行動のうちにルウラはダンクとの距離をつめていた。
ルウラの移動速度はダンクのそれを上回っている。空間跳躍でもされない限りは余裕で追える。左拳が五月席の頬を捉える。痛烈な打撃音がするが、踏みとどまる。
「いいパンチだ!」
五月席の左足が跳ね上がり、右腕を打ち据えた。ただでさえダメージが蓄積した右腕への攻撃に一瞬、苦悶の表情と共にルウラの動きが止まる。首にダンクの手が伸び、それをルウラはあえて放置した。右手が首にかかった瞬間に、身体を浮かせ、左腕でダンクの腕を掴み、両足で間接を極めにいく。空中での関節技に移行。
ダンクは空間跳躍を使用できない。空間ごと跳躍する為、密着したままでは相手後と転移してしまうため、意味がない。右腕とルウラの背筋の力が拮抗したのは一瞬だった。
筋肉と神経と骨が断裂する音が聞こえ、ルウラが右腕から身体を離す。ルウラの左腕はダンクの死んだ右腕を捕らえており、空間跳躍を許さない。
猫のように着地をすると、ダンクの横に向けて蹴りを放つ。当たれば関節がはずれ、膝がいうことを利かなくなる。身体を破壊する容赦のない攻撃にダンクは対応。膝の角度を変え、蹴りを膝の皿で受ける。かなり痛いが、関節を外されるよりはよほどましといえた。
ルウラの攻撃はまだ終わらない。
膝に乗った足を基点にし、階段を昇るようにルウラの体が宙に浮く。そのまま膝蹴りをダンクの顎に向けて放つ。体を倒すようにしてダンクは自分の体のバランスを意図的に崩し、ダンクの膝に身体を預けていたるルウラもそれに連動してバランスを崩す。ルウラを地面に叩きつけるかのように右腕を体幹ごとふると、それを回避する為、ルウラはその右腕を解放した。
空間跳躍。
現地点からほんの15メートル程はなれた地点に跳躍し、ダンクは驚愕。ルウラがついてきていた。手を離した瞬間に、頭を振り、長い金髪をダンクの身体に当てていたのだ。
一瞬の動揺を見て取ったルウラの蹴りがダンクの腹を捉えた。
腹にめり込んだ蹴りは十分な威力だったが、それでもダンクの身体を突き飛ばしはしない。
(ファクター……!)
顔を苦悶に歪めながら理解する。
ルウラはダンクを離すつもりがない。
移動をつかさどるファクターは慣性を制御できる。
このまま密着し続ければルウラにも勝ちの目がでてくる。
五月席のファクターは移動という概念を無視する厄介なものではあったが、今までの戦いで手の内を見せすぎた。十分に対応は可能だ。
ルウラの長い髪の毛がファクターで操られ、ダンクに絡みつく。無表情に体術とマテリアルを駆使して痛めつける。その攻撃全ては対象を殺すことを目的としていた。
その一貫性は美しいと感じる。
空間を支配し、相手の心を支配しても、彼女だけは揺さぶられずに、真っ直ぐにこちらを見てくる。
なんて美しいのだろうか。
誰も自分を捉えることなどできなかった。
彼女だけが……!
甚振られている今も喜びで体が粟立っている。
抱きしめることよりも必死さが伝わってくる攻防は自分を理解してくれているのだと感じる。
間違いなく至福の時間だ。
もっともっと続けていたい。
喉元に手刀をつきたてようとするルウラの腕が直前で止まる。
(空間障壁!)
手刀のみを止める大きさの障壁だった。この至近距離ピンポイントで出せる精密なファクター操作を始めて目の当たりにするが、動揺は一瞬で収めた。すぐさま、足元を狙った蹴りに切り替える。先ほどと同じ、足の関節を壊す目的の蹴りが繰り出される。
しかし、その一瞬で立て直したことがいけなかった。
ルウラの攻撃は常に急所狙いだ。
上の攻撃を塞げば下を狙い、無事であるほうを狙ってくると予測することは当然だったのだ。一瞬の判断は逆にルウラに洞察をさせていなかった。殆ど反射のような攻撃だったのだ。
「その攻撃は理解とはいえないな」
打ち込んだ足がダンクに迎撃された。
右脚が吹き飛んだ。
切断されたのだ、とルウラは自分の足が吹き飛ばされたときの感触から解釈し、次いで自身のファクターで正体をつかんだ。
すぐさまダンクから離脱する。
距離を置くことで不利になる事は先刻承知だが、至近距離で先ほど食らった攻撃を連発されると、さすがに対応しきれない。十分に距離をとり、地面のすぐ上に滞空する。すぐさま足元に血の池ができる。
「空間操作を応用した刃か」
「ご名答。空間断裂ブレードという」
ダンクが口を歪める。
ダメージを与えたことよりも、ルウラが自分のファクターを理解していることに喜びを感じているようだった。
顔では平静を装うが、出血から顔面が蒼白になり、痛みにより冷や汗がとどめなく溢れてくる。
「顔色が悪いね」
「うるさいな」
無造作に小石をダンクに高速で射出。全て空間障壁に阻まれる。
(我ながら雑な攻撃だな……)
自分の調子を確かめるためのファクター使用だった。やはり消耗が激しい。早急に決着をつける必要がある。
身体をたわませ、ダンクに突撃。空間衝撃に阻まれるが、その空間障壁を手で触れたことに意味がある。空間障壁は平面に張られている二次元的な壁だ。ファクターの力の流れをたどり、障壁の淵を把握する。
把握したことを気付かれないように一度、離脱。
(空間障壁でこちらの攻撃は通らない。接近すればあの空間断裂ブレードがある。そして出血多量で時間制限……絶望的だな)
あの空間断裂ブレードの射程と射出数を把握し、使いきらせる必要がある。
深呼吸。
「うっああああああああああああああああ」
ルウラの雄叫びと共に、地面が爆ぜた。
まるで畳をひっくり返したかのように、地面が剥がれる。
そしてそのまま、剥がれた地面がダンクを中心に包み込もうと津波のように襲い掛かる。
ダンクが空間ブレードを射出。津波が裁断されていく。
(相変わらずの見せたがり)
空間跳躍で逃げればいいのに、この男は自分の力を誇示する戦い方をする。新しい力を見せれば、その力を見せ付けずにはいられない悪癖。
津波は裁断されたとて、形を持った個体だ。それすらも制御して弾丸のようにダンクに射出する。
ダンクにむけた地面の津波、全てが石ころの射出兵器に変わったころ、ダンクがこちらに目を向けた。反射的に首をねじる。鋭い殺気が顔の横を通り過ぎたことを確認。
ダンクが空間跳躍し、石くれの嵐から離脱。
(いまが限界か!)
ブレードを使い切った。
そして射程もそれほど長くはない。
空間跳躍の場所もファクターで完璧に把握できる。
跳躍が終わった先でダンクは驚愕した。
逃げたはずの石の嵐がもう目の前に迫っていた。
(把握されている!?)
焦ってもう一度跳躍したとき、目の前にはすでにルウラがいた。
「終わりだ」
ルウラの掌が黄金に輝く。
ルウラの掌の形は抜き手。
傷口を狙ったもの。
その光は太陽光を一気に圧縮した灼熱をまとった一撃。
体内から神の身体を焼き尽くす無双の一撃。
「あっは!」
ダンクのその攻撃に真っ向からぶつかることを決めた。
美しい、美しい、美しい!
彼女は死んでしまうかもしれないし、それで自分が絶望したってしったことか。
ここでこの美しさから逃げてはもう彼女と向き合えない。
空間ブレードが展開される。
連続使用で数も、精度も、速度もはるかに見劣りしたものだったが、それでも自分のありったけを準備する。
全ては彼女に報いる為に。
「最高だよ。オクトバーあああああああああ!」
ダンクのブレードはルウラの一撃よりも速い。
ルウラ自身それは百も承知だった。
展開した瞬間、こちらの負けが確定する。
黄金の掌が走る。
しかし、ダンクのブレードの展開のほうが速い。
出血がルウラの速度を奪っている。
狂った神が嗤う。
これでおわりだ、と。
瞬間、空間断裂ブレードが消失した。
空間制御というのは緻密さを求められ、集中力を多大に消費する。
なかでも空間断裂ブレードは座標、速度、設置、環境、規模の計算を膨大にしなくてはならない。
つまるところ、打ち出される瞬間にダンクの集中力を乱せば打ち出されることはない。
ダンクは後頭部に衝撃を覚えていた。
ほぼ同時にルウラの掌がダンクの肩をえぐる。
心臓を狙ったものだったが、急所だけは必死に避けた。
灼熱。
小型の太陽がダンクの体内で暴れまわる。
身体を焼かれることを認識しながらダンクは視界に後頭部を直撃したものを捉えた。
「目の前のものしか捉えられない。お前の悪癖に助けられたよ」
それは先ほど断裂したルウラの右脚だった。
初めからそのつもりでわざわざ目立つ攻撃をしていたということに思い当たった。
流れをつかさどる彼女は、たとえ脚を断裂されてもその脚さえ原形をとどめていれば、神経と血管、細胞を制御して再生しようと思えば出来たはずだ。
それをしなかったのはその隙がなかったからではなく――。
全てをこの一瞬にかける。
その為だけに断裂されていた脚を放置した。
焼かれながらもそれ以上に、彼女の戦法に妬いた。
自分までも犠牲にして、僕のことを考えてくれている。
その癖、僕は何だ?
まだ何も犠牲にしていない。
「うおおおおおおおおおおお!」
ダンクがあらん限りの力を使った。
それは今までの洗練された、ファクターに頼りきった、ものではない。ただの『暴れ』だった。力任せの暴力的な足掻きだった。
ダンクの行動はルウラにとって想定していないものだった。
この男の行動原理は相手を小馬鹿にしたような自己満足の塊と思い込んでいた。
あらん限りの膂力で尽きれていた右腕を引き抜かれ、乱暴に投げ飛ばされる。
着地と同時に、裁断されていた脚を吸着させる。
(神経接続、血管接続、細胞接続、活性化!)
多少、強引だし、完治には程遠いが随分ましになった。
ルウラは知りえないが、三月席と似たような治療法だ。治療に関しては三月席にかなり劣る。元々、脚の中には流れるものがたくさんあるから、という強引な解釈で治療したのだ。出来ることと出来ない事をはっきり区別しているのだからファクターを所有している。ぎりぎりできるのであれば確かに治療は可能だが、ぎりぎりはぎりぎりだ。どうしてもファクターの力は劣化する。
(……油断……いや、意外、か。どの道かなりのダメージは叩き込んだが……)
目の前のダンクには十分に致命傷の熱量を送り込んだはずだ。
現に立っているのもやっとで何時、倒れてもおかしくないように思える。
体の中は熱でどろどろになっていてもおかしくない。
「あ、あ、あ、あははははは。いい、いいよ、滾る、ね」
「!?」
驚愕した。
目の前の神はやはり行かれている。
抜き手を突き入れたその場所は確かに今にも溶解しようとしていたが、その溶解部はまるでガラス張りのように固定され、それ以上の熱の伝導を許してはいなかったはいなかった。
「お前……っ!」
「体内に空間障壁を作るのは初めての試みだったけど……意外と上手くいくものだ」
絶対防御の空間障壁。
こんな方法で阻まれるとは考えもしなかった!
「さぁて、お互い、五分五分と行った所かな。満身創痍。楽しくなってきた」
そういって嗤う五月席の後ろから衝撃。
「?」
振り返るとそこに三月席がいた。
ナイフが自分の背中に刺さっている。
「あ、あ、ああああああ!」
三月席が咆哮と共にナイフを奥へと差し込む。
「ふぅん」
五月席が目を細めた。
予定より早いが仕方がない。
多少、強引ではあるが扉を開けることにする。