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始まりの物語(上)

過去のお話です。

 闇夜の森をクゥは走った。

 空を飛べないのは飛んだ瞬間に補足されるからだ。

 しかし、もうすぐ補足される。

 命からがらで何とか離脱したが、相手のファクターとの相性が悪すぎた。見せるつもりがなかった自分の本気を一瞬だが見せてしまった。

(左腕は折れている。肋骨も2本持っていかれた……)

 状況は絶望的だ。

『クゥ。聞こえる?』

「ロウアー!早く助けに来るっす!」

 入ってきた通信に思わず縋り付く。

『すぐはちょっと難しい』

「なに言っているんっすか!こっちがくたばりそうなのに!」

『君のお父さんと僕で七月席の足止めをすることになった』

「七月席って……ええ!?」

 先日、クゥが威力偵察を行った神だ。

 戦闘好きの彼のファクターは現状最強のファクターだった。まともに立ち向かえば勝ち目は無く、すぐに尻尾を巻いて逃げ帰ったのだ。

 七月席は今までに多くの神を屠っている。

 現段階で残っているのは十二月席である自分と三月席、五月席、十月席、最後に現状最強の七月席だ。すでに半分以上が脱落し、そのうち5柱の神を七月席が倒している。

『どうやら君の父親に興味を示したみたいでね』

「大丈夫なんっすか?」

『君よりはましだと思う。お父さんのファクターはどの神にたいしても相性がいいからね』

 通信機のむこうで『お前にお父さんと呼ばれる筋合いは無い』という怒鳴り声が聞こえる。神と天使との間には絶対的な力の差が存在する。それこそ天使と人間がそうであるように。

『なに心配するなよ。こちとら撤退戦だ。何とかしてみせるさ』

「武運を祈っているっす」

『お互いにね』

 通信がきられる。

 援軍は期待しないほうがいい。

 そんなことを考えていると、顔のすぐ傍を何かが勢いよく通過した。

 風圧が肌をひりつかせ、地面に着弾したそれは森の木々をなぎ倒し、破壊を展開した。

(きた……!)

 先ほどから逃げ回っている相手がこちらを追いかけてきたのだ。

 こうなれば地面に隠れていても無駄だろう。

 マテリアルを展開し、宙に浮く。

 月を背に彼女はいた。

 美しく輝く碧のマテリアルが月の光を浴びてより一層、幻想的に彼女を魅せている。

 金の短髪が揺れ、その下の目は冷酷に現れた獲物を観察し始める。

 小さな女神の視線に背筋に寒いものが走る。

 相手を生きているものと見ていない。

 ただの障害物として認識した視線だ。

「見逃してくれたっていいんっすよ?オクトバー・ルウラ」

「私は獲物を逃さない」

 緊張をほぐす為に相手に軽口を叩くが、返ってきたのは冷徹な一言だった。熱を帯びない機械のようなその声は一層、クゥに恐怖を与えてくる。

「私達は殺しあう。だからお前は殺さなければならない」

 ルウラが右腕を天に掲げると、彼女の周りの大気が唸りを上げ、収束し、槍のような形をとっているのがわかる。形状がわかるのは大気を圧縮しているため、その周りが霞んでいるからだ。先ほど、クゥの頬を掠めたのもこの一撃だろう。

「これだから神生を楽しんでいない奴は……っ!」

 すぐさまきびすを返し、加速して離脱しようとした矢先、眼前に空気の揺らめきを確認。首を捻ってかわすがその後に絶望的な光景が展開されていた。

 すでに逃げ場が塞がれていた。

 視界の全てを空気の槍が覆っている。

 十月席自身に注意を向けていた間に展開していたのだろう。

 振り向くと表情を変えないままの十月席がまさに手を振り下ろそうとしていた。

「貴方が何でさっき私から逃げられたのかわからないけど……これでさよなら」

「待った!私をここで殺すと大変なことになるっすよ!」

 クゥの言葉に十月席の手が止まる。

「私は七月席と同盟を結んでいる。私を殺せば七月席が貴方を殺しに来るっす」

 ハッタリだ。そんな同盟は結んでいない。

 それでも、最強の神の名は無視できないはずだ。

 時間を稼がなければならない。

 ここまで逃げ道を塞がれてしまえば、たとえファクターを最大展開しても無駄だ。あちらのファクターは移動を支配する『流転世界』《ワールド・ムーバー》。こちらの『自由解放』《リバティ・フロム・タイト》とは根本的に相性が悪い。

 十月席はこの神々のバトルロイヤルに勝つ気でいる。

 ならば、七月席が来るといわれれば、躊躇うはずだ。

「関係ない。殺すから」

 それでも返ってきた十月堰の言葉は冷ややかだった。

「それだけじゃないっす!もし私をここで見逃してくれたら私が貴方の味方になるっす!」

「関係ない。殺すから」

「そういう危険思考は他の神に危険視されるっす!ここで私を……」

「関係ない。殺す」

(駄目だ。こいつ!)

 十月席は自分以外を完全に敵とみなしている。新参の神であるが、新参とは思えないほどの強さと戦闘経験を誇っている。噂では幼少時代から戦っており、今回の神になったのも、補充要因としてではなく、天使が神を殺すという滅多に起こらない方法をとって神となってきたのだ。

「貴方は何でそこまで戦っているんすか?」

 思わず質問する。

 返事がくるとは思っていなかったが、意外にも十月席は返答した。

「私はバトルロイヤルになんて参加する気は無かった。

 しかし、お前達は私を殺しに来る。今は違うかもしれないが、保証は無い。だから殺す。

 私の下には大勢の天使が領地で暮らしている。守らなければならない。だから殺す。

 私は平穏に暮らしたい。だから殺す。

 ずっとそうしてきた。だから殺す」

 十月席の言葉を聞いてクゥはこの神に交渉ごとが通じないことを知った。

 もうどうにもならない。

 一か八かで全力で離脱してみるしかない。

 会話中に力を溜め込むことができた。

 分の悪い賭けだがするしかない。

「だから死ね」

 オクトバー・ルウラがギロチンの刃を落とすかのごとく、手を振り下ろそうとしたそのときだ。空気で出来た槍の一角に球状に穴が開いた。

「会えた!ここに居たんだね!オクトバー!」

 空から声が落ちてくる。

「五月席!?」

『空間支配』《エリア・マスター》の使い手。

 十月席と最も相性がよいとされる神が天空より十月席を強襲してきた。

 十月席が舌打ちし、標的を五月席に向ける。

(チャンス!)

 その瞬間にクゥは全力で離脱した。

 五月席の攻撃で開いた穴に飛び込み、命からがらで逃げ出す。

 今回も死なずに済んだ。

 遠くで五月席が愛の言葉を叫んでいるのが聞こえた気がした。




 ログハウスの自宅に帰り、倒れこむように机に突っ伏す。

「おかえり。お姉ちゃん」

 顔を上げると妹がいた。

 マーチ・アリス。

 三月席。

 自分とそっくりな愛しい妹。

 外見上の違いは背丈と髪型くらいだ、とクゥは考えたかった。

 クゥのほうが長生きなので少し高く、アリスは髪を括っていない。

 姉妹で神の座に着いてしまった不運な家族、と周りは言うが、自分達はそんなことを考えていない。そんなこと、ものの取りようだ。家族がいればきっと自分達は負けない。

「大丈夫?怪我いっぱいしている……。今、治すね」

 だるそうに身体を起こしたクゥの目の前にアリスの豊かな胸が揺れた。

 認めたくは無いが、妹のほうが確実にでかい。

 自分の胸を見下ろし、続いてアリスの胸を鷲掴みにする。

「ひゃん」

「ぐにぐに」

 口でそんなことを言いつつ、無抵抗なアリスの胸をもみ、今度は両腕で楽しもうとしたところでロウアーとオールが帰ってきた。

「おお、お帰りっす」

「僕達がしんどいときに随分と楽しいことしているね」

 ロウアーがこめかみに青筋を立て、後ろのオールがそのロウアーの首根っこを引っつかみ、宙吊りにした。

「そして、お前は何故も当然のように我が家の戸をまたいでいる」

「いや、だって僕はアリスと婚約したんだし……」

「結婚まで、お前を私の家の一員と認めたわけではない!」

「二人ともボロボロじゃない!」

 アリスが二人の間に割って入り、二人の身体を検分する。

 あちこちに火傷があり、衣服にも焼き払われた後がある。

「見た目の割りに元気そうっすね」

 オールがウィンクをクゥに返す。

 父の癖だが、似合っていないからやめて欲しい、というのがクゥの本音だ。

「それにしても驚いたのは奴だ。ファクターが使えないとみるや、肉弾戦を仕掛けてきた。ファクターを一切使わずにな。一方的に有利に進められたよ」

「父さんとロウアー相手に!?」

 思わず声が上ずる。

 父、オールのファクターは『乾坤一擲』《アサルト・ファクター》という自分や自分が触れているものに影響を及ぼすファクターを一切無効化するものだ。その無効範囲は狭いものの、神のファクターすらも無効化する。

 接近戦において父親はかなりの名手だし、ファクターを使えるロウアーが遠距離だってカバーする。 それにも関わらず、七月席は両者を相手取った上で有利に戦いを進めていたのだ。

「しかも、意図的にファクターを使わなかった節すらある。終始、あの男は楽しんでいた」

「神相手でも何とかなると思ったんだけどね。あの神はやはり頭1つ抜けている」

 アリス以外のみなが溜息をつく。

「ああ、もう!話してないでちょっとこっちに来てよ!」

 アリスが父とロウアーの手を引き、壁沿いに立たせる。

「お姉ちゃんも!」

 クゥもロウアーの横に立つ。

「いい?行くよ」

 深呼吸、次いで命名いのちなを告げる。

「我が名は『繋ぐ者』」

 アリスのファクターが発動。

 けが人達の細胞が活性化、細胞と細胞がつながり、傷を急速に癒していく。

 十秒後には全ての傷が完治していた。

 細胞同士を一瞬で繋げての再生能力。

 結合するものは同種のものに限らず、分子を崩壊させて本来ならば結合しないようなものまでも結合させる。

 応用が利き、攻撃に転用しても強力なファクター。

『元素結合』《ハンド・トゥ・ハンド》。

 アリスを怒らせると、植木鉢や本棚を身体にくっ付けられたりするので、家族の中では彼女を怒らせることはタブーとされていた。

 彼女は闘いを嫌っていた。それは長らく空席であり、補充要因のように三月席にされてしまった今でも変わらない。彼女の命名からも察するとおり、闘いの結末は繋がりを絶ってしまうものであることが多く、そうなることを嫌うことは必然といえた。

「十月席と五月席はどうなったかわかるっすか?」

「う~ん。いつもどおりの引き分けってとこだね」

 アリスが答える。

 手に電子端末が握られていた。

 神の戦いは天使達の生活に直結する為、こういった情報は出回るのが早い。

「む、アリス。その電子端末はロウアーのものではないか?」

 オールが眉間にしわを寄せて電子端末を指摘すると、アリスはハッとしてその端末を隠した。いまさら遅い。

「見間違えはしない。その端末は故九月席のやつが最後に販売した最新モデルだからな。以前、ロウアーが持っていたのをみた」

 さり気無くロウアーがオールから離れようとするが、首根っこをつかまれ、失敗する。

「そして、アリスの前の携帯は私が買ってやったものだ。ほんの二ヶ月前の話だ」

「あんな型遅れをまわして来ておいてよくいうよ」

 宙吊りになったロウアーが毒を吐く。

「型遅れだとぉ!?アリスは喜んでいたぞ!」

「電話発信と着信しか出来ない老人御用達の端末をアリスが本気で喜んでいたと?」

「うっ!」

 オールがアリスを見ると、彼女は困ったように笑い、ショックを受けた彼はロウアーを解放した。

「ついでにタイミングもよく婚約祝いに僕とペアにしたのさぁ!」

 勝ち誇ったように懐から端末を出し、オールに見せびらかす。

 オールがその端末をどんよりとした眼で確認し、負けを認めるような顔をした瞬間――。

「えい」

 オールの指が端末を貫通した。

「ぎゃあああああああ!何、するんだ!?このクソジジイ!!?これ高いんだぞ!?」

「うるさい!端末1つでがたがた喚くな!」

「原因造ったのはお前だろうが!」

 ぎゃあぎゃあ、とわめく男共に姉妹は溜息をついた。

「ミスっちゃったなぁ」

「アリスは悪くないっす。父さんはいい加減娘離れするべきと思うっす」

「そうかなぁ。私は父さんの事、好きだから今のままでも嬉しいけど」

「このファザコンめ」

 短いやり取りの間にロウアーがオールにのされていた。

 床に四肢を放り出して伸びている。

「あ、終わったっすか?」

「おお、アリスよ。こんなに虚弱な男と結婚するなど考え直した方がいいのではないか?父は心配だ」

「ぐっ……この腕力主義者め……」

 減らず口を叩くことを忘れないロウアーにクゥは同情のまなざしを向けた。

「駄目よ。私、ロウアーの事、好きだから。修正はないわ」

 アリスはあっさりとオールのことばを否定し、男達に笑いかける。

「今日もみんなが無事でよかった。早く食事にしましょう」




 食事が済み、家事が済んだアリスは机でお茶を飲んで休んでいた。

 上ではもう愛する家族が眠りに付いているだろう。

 今日は今までの中で家族がバラバラになる一番の危機ではなかったのだろうか?

 すでに神も半数以上減り、真の強者が選別され、闘いは激化している。

 五月席の狂気。

 七月席の闘争力。

 十月席の容赦のなさ。

 あまりにも強力だ。

 ここまで残ってこられてこと事態、よくやったほうでもある。

(私は戦わないで……さ)

 机に突っ伏し、考えたくないことを考える。

 元々、回復向きのファクターであるということもあるが、家族は彼女が戦うことを良し、としなかった。結婚が控えていたというのもあるが、それ以上に皆、自分のことをかばっている。それも一重に自分の命名のせいだろう。

「眠れないのかい?」

 声のほうを振り向くとロウアーがいた。

「あなたこそ」

 優しく微笑むアリスに罪悪感があることを確認。

 後ろから優しく抱きしめると、アリスもロウアーの腕に手をあて、応える。

「僕は死なないよ。君と明るい未来を必ず掴む。誰にも奪わせるもんか」

「私は……戦ってない」

「君は敵を殺せないよ。わかっていることだろう?」

 命を断つということは繋がりを絶つということ、それだけはどうしても出来なかった。

「僕達に任せて。アリスが絶対神になって世界を再構築するんだ。心配ない。上手くいく」

「私達、もうかなり絶対神に近いところにいる。神が姉さんと私だけになれば……アクセスできる可能性が高い。私のファクターは絶対神と繋がりが強いから。けど、もしそれが駄目だったら?」

「クゥは全て納得している」

 ロウアーが感情を押し殺して続ける。

「彼女は、僕達を祝福してくれている。だから、もし無理だったら彼女は自ら命を絶つ。そういう約束だ」

 アリスを抱きしめる腕に力が入る。

 幼馴染だ。

 いくら頭で納得しようとしても、心は抵抗する。

 アリスがロウアーの腕を優しく撫で、彼の緊張をほぐした。

「私は……絶対、みんな生き返らせるよ。こんな負の連鎖、終わらせる。絶対に、絶対」

「僕は君を絶対神にする。それまでは何だってする」

 ロウアーの言葉を本気だ。

 それこそ身内を殺してだってそうするだろう。

 この婚約者は手段を選ばない。

 自分達の幸せの為ならば全てをなぎ倒し、到達しようとする危うさがある。

 だからといって彼を止めるつもりもない。

 自分だってしあわせになりたいのだ。

 家族がしあわせに馴れるのであれば、何にだってなる。

 そういう覚悟がある。

「私……神になんかなりたくなかった」

 アリスの手がロウアーの腕を軽く引っかく。

「私はただみんなで一緒に居たかった。別れがあるとしても、納得したかった。このままだったら、きっと私達は理不尽に離れ離れになる」

 アリスが予言のように言う。

 こういうとき、ロウアーは彼女になんといってやればいいのか分からなかった。

 神と天使には大きな隔たりがある。

 彼女は遠くを見ていた。

 彼女の言葉はいつも確信的だった。

 自分が見ていない風景を彼女はいつも見ている。

『繋ぐ者』である彼女は元々、絶対神に近しい存在だ。

 家族の誰もがわからないことを、彼女だけは感覚で捉えている。

 それが彼女は遠い存在になってしまったという実感を与え、ロウアーの言葉を紡ぐことを許さないでいた。

 両者とも「ひょっとしたら自分達は結ばれないのではないか?」といった疑念があり、それは尽きることがない。

 すでに無意識でのすれ違いは発生している。

 目をそらしている。

「ロウアー。抱きしめて。強く」

 アリスの言葉に従い、アリスがどこにも行かないように強く抱きしめる。

(縋りついているようだ)

 ロウアーは率直にそう思った。

 そして縋りついているのはお互いだ。

 不安をこうすることで軽減している。

 目をそらす力をもらっている。

 自分達がしあわせになる方法は限られていた。

 時間もない。

 今の絶対神は限界が近い。

 アリスが絶対神となり、世界を再構築する。

 それで全てが解決する。

 これに縋るしか方法がない。

 



 

「何でこんな話を僕に?」

 メツが横たわっているロウアーに問う。

「僕が君の事を目障りと言ったことは覚えているか?」

 頷く。

「君と二月席様の関係はあの頃の僕達に似ている」

 ロウアーの目がメツを捉えた。

 確かに彼の言うとおりだ。

 種族が違う。

この闘いが終わらない限り、命の危機は常に横にある。

危うい状況で愛し合っている。

「だから、忠告のつもりか?……何をたくらんでいる?」

「これは単純に君達の関係を心配しているんだよ」

「信用できない」

「信用はいらない。しかし、君のファクターを見れば誰もがこう考えるだろう。君のファクターは代償を要求する。今は自分自身のみで済んでいるが……いつ自身以外に代償を求めるのかがわからない」

「…………」

「自分の命が代償になればいいほうだ。コントロールなんか効いていないんだろう?これ以上、これに関われば、君はもっとも大事な女性を代償に要求される」

 ロウアーの言葉にメツは返す言葉を見つけられなかった。

 沈黙が両者に横たわる。

「……まぁ、いいさ。続きを聞くかい?」

 ロウアーがわざわざ聞いてくる。

 返答などわかっているくせに。

「聞くさ」

 この話は戦いがなぜ起こったのかという原点だ。

 聞かないわけにはいかない。

 例えこの話がどうしようもなく将来、自分達をなぞってしまうとしても。




 絶対神を決める戦いが終盤に差し掛かってもなお、それぞれの戦いは拮抗状態を保っていた。それは長期にわたり、いい加減、それぞれの陣営がじれ始めた頃、ロウアーは勝負に打って出ることを申し出た。

「十月席と五月席をぶつける」

 手段は簡単だ。領地を持っているかみは現段階で十月席と七月席、五月席で、こちらの2柱はとっくに手放してしまっている。遊撃に特化した戦法で今まで生き残ってきたのだ。

 単独行動を容易にしておいたことがここに来て有利に働いている。ファクターを無効化するオールは十月席のファクターにも気づかれることなく領内の捜索を可能にし、十月席が普段いる場所を確定することができた。

「生き残ったほうをいただくって考えていいんっすかね?」

「いや。僕達の仕事は七月席を倒すこと」

 家族全員に緊張が走る。

 その言葉の意味は特攻に近いように思えた。

「彼は一番、最後に回したほうがいいのではないか?」

 オールの言葉にロウアーは首を振る。

「いいえ、彼は本来、中盤辺りには脱落してもらっていなければ駄目だった。彼の作り上げた戦闘部隊は強力だ。今でこそ、五月、十月用に戦力を割いてはいるが、その気になればこっちを孤立させることが容易だ。今がぎりぎりのタイミングといえる」

「なぜ五月席と十月席を当てる必要があるの?」

「アリス。彼らの能力は移動に関するものだ。七月席は派手で、大きな戦闘になればまず情報が回る。こちらの戦いの後に介入されてはたまらない。他に質問は?」

 ロウアーの言葉にクゥが挙手。

「勝てるんっすか?」

 短く放たれた言葉はこの作戦の本質をついていた。

 七月席は現状最強の神。

 この間はオールとロウアーでかかって遊ばれたのだ。

「こちらの攻撃は全て奇襲にかかっている」

「まぁ、そうなって当然っすね。まともにやって勝てると考えるほうがおかしい」

「それに保険をいくらかかけてようやく勝負が成り立つと考えたほうが自然だろう」

 オールの言葉にロウアーは頷くと、机の上に紙を広げる。

「策がないわけじゃないさ。この戦いは絶対に落とせないのだから、十重二十重に張り巡らせて、勝つ」

 そう言ってロウアーが皆に説明を始める。

 今日、家族が揃って過ごせる日になるかもしれないと言うことには皆、眼を背けていた。




 五月席は男女の申し出を脳内で転がしていた。

 悪い申し出ではない。

「君達が考えていることは大体わかる」

 ダンクが口を歪め、ロウアーは身体を強張らせる。

 この神は残酷だ。

 特に十月席がらみとなれば、気分しだいでこちらの命をあっという間に奪うだろう。

 今は保険として、未だに戦闘に参加したことがないアリス――三月席を連れて来ることによって抑止力としているが、その重石がどれだけ効いているのかは微妙だ。本来、ロウアーは連れてくるつもりも無かったが、彼女の希望を断りきれず、押し切られてしまった。

「いいよ」

 ダンクがあっさりと了承の言葉を返し、一瞬だけ、弛緩した空気を発してしまい、慌ててロウアーは気を引き締めた。

「我々の申し出を受けていただきありがとうございます。五月の神よ」

「会えて嬉しく思っているよ。三月の神よ。予想以上に可愛らしい神だ。よくもまぁ、今まで隠し通してきたものだと感心するよ」

 獲物を狙う爬虫類のような笑顔を浮かべる五月に対し、アリスはまったくひるんだ様子を見せない。

(なるほど。神として最低限の意地は持ち合わせていると見える)

 正直、どうでもいい連中といえばそれまでだし、今まで引きこもっていたのだから、少なからず臆病な面があると思っていたが、中々、肝が座っている。どうやら、ロウアーとかいう若造の傀儡ではないらしい。

「君達の申し出は僕にとっては嬉しいものだ。しかし、保険は張りたい。条件を提示してもいいかな?」

 一旦、あちらの要求を受け入れてからこちらの要望を述べるのは交渉ごとの基本中の基本だ。ロウアー側も五月席が条件をつけてくることはすでに織り込み済みだ。

「君達は僕らにいいところを掻っ攫われることを恐れているようだが、それは僕達にも言えることだ。十二月席のスピードは侮れない」

 すでに見ているだけでも驚異的なスピードだが、勿論、それ以上を警戒しての発言だ。

 ダンクは狂っているが無能ではない。

 それどころか有能だ。

 有能に狂っている。

(それでも大丈夫だ)

 ここで考えられるのは誰かを五月席の手元においておき、保険とすることである。

 ロウアーかオールを拘束ことは考えられるが、神をわざわざ懐においておくことは考えにくい。……そう考えておくことにした。

 ロウアーは最悪の一言がこないことを祈っていた。

 それを言われても戦いの趨勢にはまるで関係がない。

 むしろ戦力的に損失は無く、最もよい提案だと考えられる。

 それでもこの空間を支配する五月の神は常に、相手の一番痛いところを突いてくる神であり、物質的にではなく、他者の心に空白を空けることに長けていた。

「三月席を僕達の戦場においておけ。それが条件」

 舌打ちしたい気持ちに駆られた。

 ダンク自身、ただの嫌がらせ程度にしか思っていない。

 いかに三月席が強力なファクターをそなえているといっても、戦場に介入した場合、ルウラがダンクよりもアリスが驚異的である、と認識すれば共闘することも可能だろうと踏んでいた。逆に劣っているのであればうるさい羽虫は愛を語らう男女によって駆逐されるだけ、とも考えていた。

 なにより空間を支配する神のファクターを攻略できるわけがないという確信がある。仮にも今まで生き残ってきたのだ。隠れ続けていた三月席が実戦慣れしているとは考えづらい。何より彼女からは陰惨な血の空気を感じることが出来ない。純粋培養の穢れを知らぬ乙女に汚泥のような自身を倒すことができるとは到底感じられなかった。

 そして恐らくは彼らにとって、彼女は戦力の頭数に入っていない。彼女が対七月席の切り札であるとすればここにつれてくること自体危険であるし、仮にそうだとしても今まで隠れていた意味がない。こちらの話を断りはしないだろう。アリスとかいう三月席はこちらに都合のいい強さを持っている。

「どうしたのさ?この申し出は君に……君達にとってはいいものだと思うけど?」

 口を紡ぐロウアーの手をアリスが取る。

 目を合わせると女は頷いた。

「その申し出、受けさせていただきます」

 アリスはダンクにそう告げた。

「いいね」

 愛を感じるよ、という続きの言葉は飲み込んだ。

 別にちょっかいをかけるつもりはない。

 しかし、非常事態には精々利用させてもらう。

 ダンクは唇に舌を這わせ、目を細めた。


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