とある検品
人参は甘くて美味しい
「くすぐったいぞよ~」
もふもふと蠢く毛の塊が、幻の手の中でもにょもにょと呟く。
「項目一クリア。項目ニクリア……」
ブツブツ呟きながら、手にした白いもふもふの目らしい赤い飾りボタンのようなものを覗き込んだり、口らしき場所を開閉したり、耳らしき長い部分を持ち上げて中をみたり、腹らしきフカフカに耳を当てたりしている。
その様は、どうぶつのお医者さん。と、いうよりは、ぬいぐるみの出荷検品中の業者を彷彿とさせる。
なにしろ彼の手の中のもふもふは、どこから見ても白いうさぎのぬいぐるみだったからだ。
「お腹がすいたぞよ~」
「順番まだかぞよ~」
「にんじんを追いかけたいぞよ~」
口々に好き勝手言うのを全く頓着せずに、黙々と作業を進める幻を中心として、街道端と近くの木立の周りは、様々な毛色の奇妙なうさぎのぬいぐるみで埋め尽くされていた。
「いったい、コレは何なんだ?」
再び木陰に設置されたテーブルセットに収まりはしたものの、ブラウはもふもふ蠢く池を眺めながら呆然としたまま呟き、対面に腰掛けた閖吼の小さな苦笑を引き出した。
「あれはうさうさという、生きたぬいぐるみ人形なのですよ」
艶やかなアルトの声の説明に、彼は目を見張る。
「生きた人形? じゃあ、ゴーレムみたいな?」
少年(実際は成人しているらしき事を聞いてはいたが、閖吼から見ると幼さが垣間見えて微笑ましい)からの問い返しに、和装の麗人が射干玉の髪を揺らした。
「さぁ……?」
小首を傾げながら、ファンタジー定番なユダヤ教の怪物を思い起こす。
そういえば、永遠の恋敵にして何故だか閖吼の騎士と豪語する親友のエゼルが、昔の仲間にゴーレム使いの少女が居たとか言ってなかったろうか?
「まぁ、多分貴方の世界とは理が違いますから。ゴーレムやホムンクルスなどとは、少々違うものですね。こちらの世界には、オートマタという概念や技術はありますか?」
逆に問い返しながらことさらにっこりと艶のある笑みを向けて、ブラウの頬が一瞬朱を掃くのを堪能する。
こんな初々しい反応を、子供達はしてくれなくなって久しい。
本当、弄り甲斐があるというものだ。
などと腹の中で閖吼がほくそ笑んだとき、悪巧みを阻止するようにケインののんきな声が飛んできた。
「お待たせ~拾ってきたよ~」
ぐったりと気絶したメイズを荷担ぎして、もう片腕でワサワサ蠢く人参の大束を抱え込んでいる。
「ほ~らうさうさ共、人参だぞ~」
器用に片手だけで人参を持ち替えて、バラバラとぬいぐるみの上に撒き散らす。
「にんじんぞよ~」
「ごはんぞよ~」
「つかまえるぞよ~」
ちょんまりした前脚を一生懸命伸ばして、降ってくる人参を捕まえるぬいぐるみの様子は、どんな強面だって一瞬でメロメロにしそうなラブリー過激だ。
ブラウ弄りの楽しみを邪魔された閖吼も、あまりの可愛いさに思わず微笑んだ。
「和みますねぇ」
コリコリカリカリと軽快な音を立ててさっきまで動いていた人参をかじるぬいぐるみを一体拾い上げて、膝に載せる。
土足の足は広げたハンカチで受け止めて、紬は汚さないそつのなさだ。
淑女然とした所作に見惚れるブラウの目の端で、ケインは勇者を担いだままヒョイヒョイと身軽にぬいぐるみを飛び越えてやって来た。
「はい、落とし物」
テーブルセットの横に設置した、簡易ベッドへメイズを下ろす。
「目立った外傷はありませんね」
うさうさを下ろして手早く診察をする閖吼へ、ケインは肩をすくめた。
「走る人参の葉っぱの上で目を回したまんま運ばれてたよ。ざっとスキャンもしたけど、内出血はうさうさと衝突した打ち身程度みたいだ」
「貴方のスキャナーは地中探査用でしょう?」
「化石も骨も似たようなもんさ」
ヘラヘラとうそぶくケインに呆れ顔で閖吼はため息を吐く。
「貴方は考古学者だと思っていましたが、古生物もやっているんですか?」
「細かい事気にしちゃらめだよ~」
「そうですか」
たとえ数億年幅が開いていても、悠久の宇宙の歴史そのものに挑む学者には些細な相違らしい。閖吼は追求をとっとと放り捨てて、交通事故の被害者の診察を始めた。
コリコリとそこら一面から響く昼下がり