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8 拒絶

 サブタイトル、「再々度」にしようかぎりぎりまで悩みました(笑)





 城へ帰って、多忙な毎日を過ごしながらも、クラウドは森の娘の事を思い続けていた。ふとした時に姿が目に浮かぶ。質素な服で、化粧もしていないのになぜこうも強く惹きつけられるのか。怯えと警戒を露わにしながらも、一瞬だけ見せる微笑みの小さな欠片が、なぜ脳裏から消えないのか。帰り際の拒絶に、胸が深く痛んだのは何故なのか。


 誰に訊かずとも答えは出ている。クラウドは欲しているのだ、名前も知らない、素性も分からぬ娘を。



 そうだ、あの森から娘を連れだそう。そして貴族の養女にでもして、城に上げさせるのだ。

 クラウドは簡単に考えた。

 仕草や話し方を見るに、貴族かそれに纏わる者だという確信はあった。連れだしてクラウドの身分を明かせば、娘も素性を話さざるを得なくなる。難しい立場であったとしても、国王の威光でどうにでもなる。

 後宮を潰して以来、臣下たちは妃はおろか、妾すら持たぬクラウドに焦れている。クラウドさえその気になるのなら、反対する者など出ては来ぬはずだ。

 城で磨き上げ、流行りのドレスを纏わせたなら、国中の娘が敵わない輝きを放つに違いない。その姿を見たならば、誰もが納得するだろう。そうなれば娘に異存があるはずもない。一人寂しく暮らすより、城での豪華な生活の方が、若い娘には楽しいに決まっている。


 迎えに行こう。決意したクラウドは、予定を前倒しさせて休日をもぎ取った。近衛たちでも引き連れて、国王の姿で森に入ることも考えたが、大勢で森に入ると娘に察知されて隠れられてしまうだろう。ならば今迄通り一人で、貴族と思われる程度の装いで行った方が良いかと判断し、ウィルだけを連れて城を出た。そして狩猟場にウィルを残して、一人森の家を訪れる。

 手には城の庭園で咲き誇る白薔薇の花束。



 家を囲む木塀にたどり着き、ぐるりと回って門を押したが開かない。以前よりも警戒が強くなったのか。

 近場の木に登って、塀を超えようとしたときに、娘の姿を見つけた。山羊の綱を引きながら笑い、話しかけている。

「草は充分食べたでしょう?ああ、ダメよそっちは。もう、すぐ畑を狙うんだから」

 今まで聞いたことの無い明るい声、そして花が咲いたような笑顔に胸が高鳴った。

 枝から塀に足を掛けて、勢いをつけてクラウドは飛び降りた。


 娘に駆け寄ると、綱を持ったまま固まっている。

「どうして……」

 山羊に向けていた笑顔が瞬時に消え失せて、咎めるような、戸惑うような眼差しで見つめてくる娘を見下ろして、クラウドは言葉を探す。


 ああ、くそ。


 何と言っていいのか、あれほど考えていたのに、娘を前にすると何も浮かばない。

 手に持った花束に娘の目が注がれる。それに気づくとクラウドは、何も言わずに歩き出し、家の裏手の墓を目指した。

 山羊を近くの杭につなぎ直して、娘もそのあとを追ってきた。


 一本だけ花を抜き出して、残りを墓前に供えて頭を垂れる。背後に娘の気配を感じてクラウドは振り返った。

 言いたいことが山のようにあるのだろう。口を開けては思い直すことを繰り返し、ようやく娘が出した言葉が感謝の意であるところに、その清い心根が透けて見えた。

「私以外で悼んで下さったのは、貴方様だけです。きっと魔女様も喜んでくださると思います」

 深く頭を下げた娘が姿勢を戻したところに、抜き出した薔薇を差し出した。おずおずと手を伸ばし受け取るところを、ただクラウドは見詰める。

 花を手にして綻ぶ口元が、またクラウドに向けて言葉を紡ぐ。

「綺麗です、とても」

 母が好きな花でしたと、手元の薔薇を見つめて半ば伏せた睫毛が、陰を作る。その姿に胸が締め付けられ、気がつけば細い顎を掬っていた。

 



 ただ触れただけで、すぐに離した。再び角度を変えてと近づく前に、勢いよく突き飛ばされて、クラウドはハッとした。

「何を……」

 目の前に、唇を押さえて凍り付く娘の姿があった。大きく見開いた目の際に涙が盛り上がり、決壊して一筋つうっと頬を伝う、それを皮切りに次から次から、涙が零れ落ちた。

 一、二歩と後ずさる娘の手首を、クラウドは慌てて掴む。折れそうなほど細い癖に抵抗するので、こちらも力がこもった。

「は、なして、ください」


 返事もせずに片手を引くだけで、簡単に小柄な身は腕の中に囲い込める。もがく身体を押さえこむように抱きしめて、そこで初めてクラウドは訪ねた目的を告げた。

「迎えに来た」

「え?」

 顔をあげて眉を寄せる娘に、クラウドは言葉を重ねる。

「お前を連れて帰る。もう決めたことだ」

「いけません」

 考える余地も無く放たれた返事にも動じず、クラウドは言った。

「事情があってここにいるのだろうが、そんなものはどうにでもなる。このような辺鄙なところで一人いるよりも、不自由ない暮らしを約束しよう。何も案ずる事は無い」

「無理です」

 硬い顔で首を振り続ける娘に焦れて、クラウドは声を荒げる。

「ならば何故ここにいる?ここは私の領地だ」

「嘘です!ここは侯爵様の―――」

「侯爵は死んだ」

 娘の動きがぴたりと止まった。

「う……そ……」

「もう四年も経つ」

 小さな頭を覆っている布を外すと、柔らかな風に銀の髪が揺らいだ。それを撫でつけるように触れながらクラウドは話した。

「厄介な事情があっても、全て解決してみせる。何も心配する事は無い。我が手の中で笑っていてくれさえすればいいのだ」

 耳から顎へ伝って再び、と思い腕の力が緩んだ隙に、不意に身体を突き飛ばされた。

「出来ません。無理なのです」

「どうして」


 大きく息を吸って、娘が絞り出した一言は、再び伸ばそうとしたクラウドの手を止めた。


「夫がいます。貴方と共に行くことなど出来ません」

「嘘だ」

 ついさっき娘が言ったことと同じ言葉を、今度はクラウドが吐く。

「嘘ではありません」

 首の後ろに両手を伸ばして、留め金を外した鎖を娘はクラウドの目前に突き出した。

「証にと指輪を頂いています」


 鎖に通されていたのは、青い石のついた指輪だった。輝きと銀細工の様子から、触れずとも庶民の物ではないことが分かる。



 娘へと伸ばした腕が、下がった。

 


 身をひるがえした娘が、走り去っていく。家に駆け込んだのか、ドアが閉まる音が響いた。

 残され俯いたクラウドの足元に、白薔薇が一輪、土にまみれていた。それをぎりりと踏み(にじ)って、クラウドは踵を返した。




 狩猟場に現れたクラウドの様相に、ウィルは驚いた。まるで幽鬼にでもあった様な青ざめた顔であったからだ。

 連れ戻ると言っていた娘の姿が無いことも一目で解ったが、触れないほうが良いと判断したのは正しかったようだ。城へ帰る道行でも、クラウドは一言も話さない。

 私室へ戻ったクラウドに、去り際一言だけウィルは訊いた。

「あの森の家は、如何しましょうか」

 むっつりと黙り込んでいたクラウドが、ぼそりと言った。

「構うな」

「は?」

「前に言った通りだ。放っておけ!」

 突然の怒鳴り声に事情を知らない侍従たちが戸惑っているのを無視して、クラウドは寝室へ消えた。大きな音を立ててドアが閉められた後、何かが割れるような音が響く。

「あ、あの、陛下に何が……」

 慌てる侍従たちにウィルは言った。

「己の身が可愛ければ、訊かぬことだ。ああ、今寝室に入ると首が飛ぶぞ」

 ドアに触れかけていた侍従は、ひいっと小さく叫んで飛び退いた。




 飾られていた陶器の類をあらかた床に叩きつけても、激高する己を押さえられない。

たかが女ひとり、これほどまでに翻弄されるのが忌々しい。兵士たちを差し向けて牢にでも入れてしまおうか。広場にでも晒して事情を知る者を探そうかなどと、惨い考えが頭に浮かぶ、だが。

「あの娘なら、黙って受け入れるのだろうな」

 剣を抜いても、首を差し出すような娘だ。国王の権限を振りかざしても、痛めつけても話すことは無いのだろう。クラウドとて娘に無体なことをするつもりなど、ない。

 ただ、娘の名が知りたかった。一瞬だけみせる僅かな笑みではなく、遠くから垣間見た花が咲くような笑顔を自分に向けて欲しかった。それだけの事なのに叶わない。


「夫がいるなどと……拙い嘘をつきおって」

 顎を掬っても、口付けされると分からないような女に、夫などいるはずも無い。手も付けられずにあの様な所にひとり置かれている娘が、哀れにも思えてくる。



 忘れよう。

 あの森にはもう行かない。娘など初めからいなかった。森の魔物にでも魅入ってしまうところだったのだと己に言い聞かせてしまおう。

 


 それからクラウドは、森に迷い込む前の自分に戻ろうと努めた。脳裏に焼き付く娘の姿を振り払うように執務に没頭した。そんな国王を遠巻きに、臣下たちは囁きあう。

 何があったのだ、王の機嫌を誰が損ねたのだ、諸国から多くの客人が集まる夏至祭を前にして大丈夫なのかと。



夏至祭まであと十日、遠来の客が乗る馬車が王城を目指し、集まり始める。

隣国の王太子が馬を降りた時、クラウドは雑事に追われていた。謁見はその翌日に予定された。

宰相は慌てた。まだあの件を国王の耳に入れていない。話すきっかけを今日まで掴めなかった自分の臆病さを恨めしく思いつつ、御前に立つ。


「リューン国について、お耳に入れておかねばならないことがありまして」

 なんだ、と応えるクラウドに、意を決して話し始める。

「実は、話は五年ほど前に(さかのぼ)りますが」

 話しながら宰相は、背に伝う冷や汗を感じた。 




思いっきりすれ違わせてみました(笑)国王と名乗らなかったクラウドが悪い。結構間抜けですね王様。

二人のシーン書いてて思った、昼ドラかよと。

タグに「ベタで何が悪い」を追加しておこうと決意しました。



予告・そろそろ姫視点でも……やっぱ「顔か、顔なのか」のご意見にお答えしとこうかなと思いまして。

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