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7 小国の悲哀

 大国の北に位置するリューンは、周囲を山脈に囲まれ、荒地の多い国である。ミスリルを産出する鉱山が無ければ、忘れ去られそうなほどの弱小国。大国の庇護を得られなければ国としての体裁すら保てない。

 そんな国の姫に生まれたのが、我が子の不運だったのかと、リューン王は嘆き続けている。



 亡き妃は身体が弱かった。王太子を産んだのも奇跡と言われるほど。それでもと強く望んだ上で、命を懸けて姫を産み、病の床に就いてしまった。そして病床から王と子供たちの幸せを願い続け、姫が齢八つの時に、儚くこの世を去った。

 嘆き悲しむ王の慰めは、強く賢く成長する王太子と、妃の面影を濃く残す姫だった。

 姫は王の宝であった。思いやりにあふれた優しい気質も妃に似ているが、何よりもその髪の色。この世界では類稀(たぐいまれ)な銀髪、それも光を受けると青みを帯びる輝きが亡き妃を、またこの国でしか産出しない不思議な金属を強く思わせた。


 いつまでも、いつまでも手の届くところで笑っていて欲しかった。


 姫が美しく成長していくことは、国王の喜びでもあり、恐怖でもあった。どの国でも王女の役目は同じだ。繋がりを保つために他国へ嫁いでゆくか、国の大貴族に降嫁させて離反を防ぐ縁を築くか。

 他国へ嫁いでいくのは茨の道だ。こんな弱小国の姫は、他国の王宮では身分ばかりが高い、後ろ盾のない立場しか得られない。順当に言って側室扱い、上手くいってもお飾りの正室。

 そうして夫に顧みられない妻で居続けることが出来たら、まだ幸運なのだ。下手に目に留まり寵愛を受けてしまったら、それを良く思わない者たちから追い落とされる未来が待っている。嫌がらせに心をすり減らし、身体まで壊すか、あるいは罠に嵌められ失脚するか。万が一孕んでしまうと、その子諸共命を狙われる。


 国王の危惧をよそに、姫は成長する。愛らしい微笑みは次第に大人びて、気品と美貌を増してゆくと思うのは、父の贔屓目だけでは無いようだ。側近が侍女が褒め称えるたびに、リューン国王の憂いは色濃くなる。


 姫が十を過ぎたころ、国王は決断した。家族と限られた侍女の前以外ではベールを被るよう姫にきつく言い渡し、徹底させた。公式の場や国民の前に何度か姿を現すうちに、ベールを取らない姫の噂は、国中に広がる。誰が言いだしたのか、恥じるほどに醜いので人前に顔を晒せないという、不敬な流言も、咎めることなく放置した。

 これでいい、と思った。

 誰が好き好んで醜いと噂される姫に縁談など持ちかけるものか。そうやって適齢期をやり過ごし、王自らの眼鏡にかなった有望で誠実な若者を、跡継ぎの途絶えた公爵家の養子にして娶わせよう。それならばあの優しい、美しい我が娘の笑顔を、いつまでも近くに置けるのだ。



 その策略が裏目に出ることなど、国王は夢にも思っていなかった。


 ある日、リューン国の南に広がる大国から届いた書簡を読んだ国王は、激しく身を震わせた。

 差出人は大国の宰相。不穏な他国の動きに怯え、庇護を求めたことへの返答だ。

 不平等な同盟を選択しなければ生き残ることは出来ない、苦渋の選択であったこちらの足元を、思い切り見られた内容だった。

 ミスリルの独占交易については予想の範囲内だ。何もせずとも大国が利益を得ることになるのは苦々しいが、差し出せるものなどこれしかないと思っている。しかし―――――


「同じ名の姫を、同盟の証に我が国王の側にだと?」

 なんのために、姫にベールまで被せて不自由な生活を強いて来たのか、国王は慟哭した。

 逆らえば遠からず国は亡びる。王族は全て処刑され、畑は荒れ果てて民は流離い、鉱山の労働者は産出量を増やすために無理な労働を強いられる。あっという間に国土は不毛の地と化すだろう。祖先から引き継いだこの地を守るのは、王の務めだ。背に腹は代えられない。断ることなど、出来ないのだ。



「分かりました」

 大国行きを打ち明けられた姫は、笑顔さえ浮かべて即答した。あんな国の後宮に、どのような地獄が待っているか。若いながらも聡い姫が知らないはずはないのに。何よりもベールを強いたときに、そう話したのは国王自身なのだ、決してお前を他国にやらない、と。

「そんな顔なさらないでお父さま。不幸になると決まったわけではございません。あちらの国王さまにはご寵愛の深い姫君がいるのでしょう?ならばきっと、後宮に留め置かれているだけの暮らしでしょうから」

 大国の後宮で、寂しく朽ちていくだけの生涯を送らせるために、我が妃はそなたを産んだわけでは無いのだ。そう声に出して言ったところで、覆せるわけでもない。

「ミスリル……父を許さずともよい」

 いっそ厭だと泣かれた方が――――――




「手紙を書きます、お父さま。お元気でいらしてくださいね」

 一国の王女としては粗末すぎる花嫁支度と、僅かな騎士と侍女を連れて、手中の珠だった姫は、父に別れを告げた。



 あれからリューン国の王は、窓から南の空を眺めることが増えた。

 すぐに騎士と侍女は、大国から突き返されてきた。それを追うように届いた書簡には、国入りまでの道中で姫が病に罹り、宰相預かりで療養すると記されていた。

 王は何度も、病状を尋ねる手紙を大国の宰相に宛てて出したが、返事は適当なものだった。姫自身の手紙すら無く、嘘を重ねられているように感じるが、指摘も出来ない。

 気を揉んでいるうちに大国と他国の間で戦が始まり、王の悩みは深まった。ようやく終戦、しかも大国の勝利と聞き、胸を撫で下ろしているときに、信じがたい知らせが届いたのだ。

 大国の宰相の失脚。

 

 宰相に預けられているという姫の身を、何度も問い合わせたが、納得できる返事は届かない。後宮に一晩しかいなかった姫、しかも行方を知る者は既に処刑されているという。

 

 それでも、大国の新たな宰相は、出来うる限りの手は尽くしてくれたようだ。没収された複数の館を全て調べ、領内に触れを出し、小隊に捜索させたと報告を受けた。それでも、姫の行方は、全く分からなかった。

 これで我が国が対等な立場ならば、声高に抗議も出来た。しかし同盟を破棄されて困るのはリューンなのだ。身が千切れるほど悔しい思いを、大国にぶつけることなど出来ない。


 新宰相は、そんなこちらの立場を思いやってくれたのか、ミスリルの買値を引き上げようと提案してくれた。リューン国の王としては有り難い申し出だ。

 しかしそんな事すらも、父としては切なく、哀しい。

 

 ここ数年でリューンの財政が安定したのは、大国からの恩恵だ。国の為に犠牲になり、行方も分からない我が娘と引き換えに得た金で、国を潤しているのだ。



「父上、御加減は如何でしょうか」

「ああ、リチャードか」

 姫を手放してから、気鬱の病に取りつかれているリューン王に代わって、実質政務を行っている王太子が見舞いに来た。国内から妃を得て、半年後には子供も生まれる。来春には譲位して、新国王となることは、既に公表してある。あとは。



「大国から返答が届きました。譲位前に謁見を許す、と。夏至祭に合わせて招かれております」

「そうか」

 王太子の表情は優れない。妹を殊の外可愛がっていた兄が、大国に向ける感情は王にも理解できる、それでも。

「リチャード、肝に銘じろ」

 王太子の眉が、片方だけ上がる。

「これからお前の双肩には、リューン国の民全ての命が乗っているのだ。忸怩(じくじ)たる思いはあろうが、それを出してはいかん。あの国にとって我らは、潰すことに痛みすらも感じぬ蟻のごとき存在なのだ」

「……忘れぬよう、努力します」

 妹に良く似た優しい顔立ちを歪めて、王太子が出した声がわずかに震えている。大国訪問は、戴冠前の最大の試練だ。あちらの国王に疎まれるようなことは、決してあってはならないのだ。




 ―――――――なぜ興味も無い姫を側室に呼んだ。そして捨て置いた。



 そう問うて罵りたい気持ちを押さえて、王太子は大国の王に会うために、小さな国を後にした。


 



 




閑話として載せてもと思ったけど本編扱いに。そして話が進んでない(汗)


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