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3 女嫌いの王

「R15は保険」だなんて嘘つきましたごめんなさい。


書いてみたら結構えぐかった王様事情です。

淡々と書いたつもりですが、残酷な描写ありのタグも追加しときました。

苦手な方は回れ右でお願いします。

 王城で定期的に催される夜会は、クラウドの憂鬱の種である。貴族たちは手間暇をかけて飾り立てた娘を連れ、挨拶のたびに前に押し出す。それはある程度無視できるが、近隣の王家から招いた姫などは、一応持て成すのが国王の務めでもあり、ダンスの一曲も踊らねばならない。


「お疲れの様ですわねクラウド陛下。静かなところで休みませんこと」

 今宵来ていた隣国の姫は、大胆にも自ら誘いをかけてきた。余程自信があると見えて、曲線美ともいうべき姿態を華やかな最新流行のドレスに包み、豊かな胸の谷間を見せつけている。すり寄るたびに鼻に付くのは、薔薇に見せかけていながら、催淫効果のあると言われる香りだ。鬱陶しいことこの上ない。



「気遣っていただき感謝しますレディ。どうもあなたの纏う香りに少々頭痛がいたしまして」

「まあ!」

 唖然とする姫に失礼、と言い捨ててテラスへ出た。そのまま闇に身を隠し、私室へいったん引き揚げる。


「陛下、客人たちが探しております。広間にお戻り願えませぬか」

 侍従の懇願に、もう少しだけ待つよう答え、椅子に深く凭れて溜息を吐いた。


 


 父なる先王が崩御し急ぎ戴冠したころ、クラウドには寵姫がいた。とある子爵の娘、エイダ。クラウドの成人を祝う夜会が、ちょうど社交デビューだったエイダは、黄金の髪と空色の瞳が薄桃色のドレスに映え、誰よりも美しく輝いていた。

 ダンスを申し込むと頬を赤らめ、でも羽のように軽くステップを踏む。クラウドの囁きに応える声は耳に心地よく、小首を傾げた時の上目遣いが胸を焦がした。

 身分が低いため、側室にしか出来ぬのに、不満ひとつ洩らさず尽くしてくれていた。

 閨では恥らいながら少しずつ花開くように溺れていく姿が、クラウドに男としての自信を持たせてくれた。

 夢中であった。彼女の願いなら何でも叶えたかった。

 夜会には誰よりも華麗に着飾らせ、常に隣に置き、彼女としか踊らない。正妃を娶る前に生まれた子供は臣下に下げ渡す決まりでも、エイダとの子ならば手放す事は難しいと、懐妊もしないうちから声高に話すほどだった。




 戦が始まった。

 属国より献上された白銀の鎧を身にまとい、クラウドは指揮を執る。

 若き王と侮られたのが却って功を奏し、予想よりも早く敵を追い払うことが出来た。

 勝鬨(かちどき)を上げる兵士たちに応えながら、心はエイダのもとへと急いていた。





 兵士たちと共に帰還せず、そちらには秘密裏に影武者を立てた。なに、同じ黒髪を持つ男に鎧さえ着せておけば、遠目にみる兵士や民にはわからない。

 そうして僅かな供と馬を夜通し走らせ、夜明け前に王城へ着いた。

 慌てる夜衛には目も止めず、後宮深いエイダの居室へとまっすぐ向かう。寝室前の護衛が声も出せぬ間に、ドアを大きく開いた。


 必ず帰ってくださいませと、泣きながら見送ってくれた愛しい人が眠っているはずの部屋。散らばった衣装に既視感を覚えつつ、眠っているひとを見下ろした。



 クラウドがエイダを何度も抱いた広い寝台に眠っていたのは、誰よりも大切にしていたはずの寵姫と、そして。


「侯爵、貴様が何故ここにいる」


 戴冠以来、若い王を陰に日向に支え続けてきたはずの宰相が、太った醜い身体を寵姫の肢体に絡めて眠っていた。



 その場で切って捨てようとしたクラウドを諌めたのは、後宮手前まで共にいて、騒ぎを聞きつけ飛び込んできたウィルだった。

「切ってしまえば姦通しか問えませぬ陛下!徹底的にお取調べを!」

 ウィルの叫び声に少しだけ脳が冷え、宰相を石牢に追いやり、寵姫はそのまま後宮に幽閉した。



 戦などよりも厄介だった。

 長きにわたり治政の中心にいた宰相は、巧みに私腹を肥やしていた。そしてクラウドが戴冠してからは手口がもっと大胆になっていた。

 子爵令嬢であるエイダをクラウドに近づけたのも、宰相だった。エイダが子供の頃からその美貌に目を付けて、自らの金を掛けて過ぎた教育を受けさせ、身体を磨き上げた。

 産まれた時より側にいたクラウドが、どのような女に惚れるかなど、分かり切ったこと。

 クラウドが気に入るような所作や受け答えを徹底させ、さらには破瓜だけを避けて、成人前から閨での奥義を自ら仕込んだ。

 エイダは賢い娘だった。その賢さは宰相の導きで、演技力の方に開花した。



 満を持して臨んだ夜会で、まんまと二人はクラウドを釣り上げた訳だ。



 自ら作り上げた女にクラウドが嵌っていく様子を、宰相はほくそ笑みながら見ていた。

 身分の差で側室にせざるを得なかったのも作戦のうち。のめり込んだクラウドは近いうちにエイダを懐妊させるであろう。子供をわが手に残そうとするクラウドに、宰相はエイダを我が養女にと持ちかけて恩を売る。そしてエイダが正妃に付いた暁には、後ろ盾として今以上に権勢を振るう。



 筋書き通りに事が運び、気が緩んだのだろう。国王自らが出陣している隙に、自分が育て上げた女の味を確かめたかったのかも知れない。既に政敵なき王城で、宰相は大胆にも後宮に忍びこんだ。咎められるものはいない。皆自らの身が可愛いからだ。



 怒りに震える国王に怯えたのは、側近を初めとした王城の人間たち。

 帰還と共に伝えられる戦の話に、誰に付くべきだったかを誤ったことを悟ったようだ。

 だが、手のひらを反して尋問に答え、命乞いをする者たちの証言は、二重三重にクラウドを苦しめた。


 姦通の件は箝口令を敷き、あまりにも大がかりになっていた横領や背任の罪で宰相を処刑した。侯爵一族も根絶やしに。エイダの実家の子爵家も、適当な罪名を付け同様に。

 汚職に係わった者は皆、領地を取り上げ追放した。

エイダ本人には毒を飲ませ、病死として始末した。ただし死体は打ち捨て、側室エイダの墓は空である。


 後宮は潰した。元より側室はエイダ一人きり。寵姫付きの侍女は密かに処刑し、残りの侍女たちには口止めして暇を出した。女官長は責任を取らせるため修道院に幽閉した。



 全ては戦勝の祝いに紛れて処理された。



 数年が過ぎた今、当時を知るのは王城の中でも一部の者たちである。現宰相、審議官、そして近衛のウィル。

 他の者たちは、寵姫を亡くした哀しみが未だ癒えていないと、信じている。




 しぶしぶ夜会に戻ったクラウドは、擦り寄る令嬢たちを適当にかわして、早々に引き揚げた。

 そして今日もひとり眠りにつく。

 散々鼻を掠めた香水の匂いは悪夢を呼び起こす。城はこの香りに満ちている。



「気晴らしが要るな。また近いうちに狩りにでも行くか」と、うなされた翌朝、窓の遠くに広がる森を眺めながらクラウドは呟いた。



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