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2 住まい

 この間は護衛からも逃れて一人きりで森に入ったが、国王という立場で、そうもいかないのは分かっていた。仕方なく一人だけ同行させる。

 ウィルは近衛の中でも最年長。先王から引き継いだ騎士だ。近衛の中で最も腕の立つ、信用のおける男で、口も固い。

「森の魔女の噂は聞いたことがありますが、わたしが子供の時分であります」

「では、娘、いや孫かも知れぬな」

「森深くで女が二人……とても生活できるとも思えませぬが」

 あの森は前宰相であった侯爵の領地だったはずで、失脚した後は国王の私領となっていたが、何かを生み出す土地でも無いので、放置したままであった。

「あれから誰かが入り込むこともなかったでしょうし」

 前宰相一族は、全て処刑したはずだ。もし誰か居たとしたら、生き残りである可能性も高い。

「まあよい、行けばわかるだろう」




 まずは泉へと向かった。

「このようなところがあったのですね」

 感心しきりのウィルと泉周囲を歩く。娘が水浴びしていた辺りにたどり着くと、ウィルが声を上げた。

「このあたりから温水が湧きだしていますな。泉の水と混じりあって、湯浴みには最適な温度です。ここを使っているのなら、近くに家があるはず」

 ウィルは空を見上げ、何かを探す。

「竈の煙でも、と思いましたが、木々に阻まれて見えませんな……おや?」

 次に地面を見て、口調が変わった。

「陛下、ここだけ草を踏んだ後が……おそらく通り道かと」



 木々の間の道ともいえぬ道を、二人は歩いた。

 と、突然カラン、という音と共に、鳥が一斉に羽ばたく。

如何いかがしましたか」

「縄……それと」

「ああ、鳴子ですな。ますます怪しい」

 ウィルが木切れを組み合わせたものを手に取り眉を顰めた。

「どうしますか。一度引いて何人か連れて仕切り直しをしたほうが」

 相手に戦意があった場合、陛下の身がと案じるウィルを制した。

「一度引くと逃げられるかもしれぬ、このまま進むぞ」



 ほどなくして開けた場所に出た。獣除けに板を張り巡らせた中に、石造りの古びた家と小屋、小さな畑や花壇がある。細々と手が入っているようで、荒れた印象は無い。

「やはり誰ぞが暮らしておりますな」

 人影は無い。

「家の中でしょうか」

 呼び鈴すらも無いドアを、ウィルがノックした。返事は無い。

「国王の土地に勝手に住んでいるのだ、かまわん、入るぞ」

 家の中も小奇麗に整えられている。玄関すぐの居室には一人掛けのソファーとテーブル。厨房にあるかめには、清浄な水が溜められている。(かまど)の灰も温かい。

「ほう、焼き菓子ですか」

テーブルにはクッキーが網の上に並べられていた。

「荒熱を取っていたのでしょう」

 ウィルがひょいっとひとつ取り上げ、口に運ぶ。

「素朴な味がします。陛下もどうですか」

「お前……毒でも入っていたら如何する」

「これは失礼。育ちが出ましたか」

 ウィルは庶民の出で、騎士としての腕を買われ男爵家の養子になった男だ。いつもは礼儀正しいのだが珍しいと呆れ、勧められるままにクラウドも焼き菓子をひとつ取り、噛み締めた。

 茶会で供されるような味ではない。しかし口でほどける香りと甘みは、頬を緩ませるのに充分だった。旨いな、と自然に口に出た。

「魔女殿はなかなかの料理上手なのでしょう」

 ウィルがおどける。クラウドもつられて笑った。


「王城より、このような家の方が落ち着きますな」

「無駄口はそのくらいにしておけ」

 首をすくめたウィルに、人を探すよう命じ、クラウドも家の中を見て回る。


 小さな家だが、造りはしっかりしていた。手入れも行き届いている。

居室の他には部屋が二つ。一つは寝室らしく、小さなベッドが二つ。片方は使われていない様だ。クローゼットには女物の簡素な服が数枚。チェストにはシャツやズボン、下着に小物類。ちらっと見てはすぐ閉める。

 女が生活している割には、余計な飾り物が無い。


 もう一つの部屋は書斎だった。小さな机と壁一面の書棚。溢れて積み上げられた本。多くが古いもの。

どこもかしこも埃ひとつなく、床も綺麗に磨かれている。


「中には居ないようです」

「ああ」

「女の一人住まいと見て良いでしょう。齢は分かりませんが」

「そうだな」


 華やいだものが無いので、若い娘とは限らない。


 二人は裏口から外に出た。物干し場にはためくシーツや衣服、井戸の脇に立てかけられたたらい、畑にも水が撒かれている。

「ああ、鳴子と鳥の羽ばたきで感づかれたようです」

 ウィルの示す先に、かごが一つ転がっていた。土にまみれた野苺の赤が、やけに鮮烈にクラウドの目を刺す。

「逃げられましたな」

 ウィルが溜息を吐く。


「如何いたしますか陛下。騎士達に指示して、女を連れてくるようにしましょうか」

「いや、よい。そのまま捨て置け」





 収穫も無いまま王城へ帰り、クラウドは今日も一人豪奢な寝台で眠る。

 

 夢を、見た。


 青みを帯びた銀の髪の娘が、歌いながら苺を摘んでいた。声の美しさに惹かれて手を伸ばした途端、するりと逃げられ姿は掻き消えた。



お気に入り登録・評価ありがとうございます。


王道を合言葉に励んでいますが、まだまだ地味展開ですねすみません。

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