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14 小国の兄妹

兄視点です。

そして新キャラ一人投下。

「帰ろう、ミスリル。わたしたちの国へ」

 兄の囁きに、妹は一瞬息を止めた。そのまま兄を見上げ、真意を捉えようと同じ色の瞳を覗き込む。その眼差しにはたくさんの感情が透けて見えた。

 少しして妹はぎこちなく微笑みながら言った。

「ありがとう、お兄様。でも、その気持ちだけで充分です」

 妹は知っている。兄の決意など、大国の王の気まぐれの前には、蝋燭の火の如きものと。

風向きが変われば消えても仕方ないと。そんな力しか我々には無いのだと。

「私は本気だよ、ミスリル」

 兄の言葉に妹は微かに首を振る。

 国の事を第一に。王位継承の可能性がある人間には、幼少期から徹底される教えが浮かんだに違いない。悲哀や屈辱を耐え忍び、国の存続を一番に考えるべきなのだ。それが、長い歴史の中をようよう永らえてきたリューン王族の生き方である。

 なのに、この妹を手元に置きたいがために、父は間違えた。でもそれを愚かだと非難など出来ない。自分だって大切に守ってきたこの美しい妹が、美しさ故に大国の餌食となることに我慢できないのだ。

 イスタルド王の思うようになど、させるものか。





 貢物を詰めた馬車とは別行動で、手練れの護衛一人だけを伴って、兄は大国の王城に着いた。夏至祭のために隣国から来たにしては、早すぎるほどの到着だったが、遠くの国からの使節団が着きはじめるであろう時期に合わせての王城入りだ。

 諸国との外交に時間を掛けたいという思惑もあったが、目的は行方知れずの妹のこと。

 大国が手を尽くしても見つからないと言うのは真なのか、そもそも何故妹が一夜で宰相預かりになってしまったのか。同行の者にも、街道の村々にも、そして我が国にも患者が出ていないのに、なぜに姫が疫病に罹る?

 僅かな手掛かりでも良いから、見つけ出そうと兄は大国に乗り込んだのだ。



 ぽつぽつと到着し始めた他国の客に、王城は賑わいを見せていた。客室の一つをあてがわれて、一息ついた後、見とがめられない程度に城内を歩く。

 日が傾きかけた庭園に足を踏み入れた時に、懐かしい香りが鼻をくすぐった。

 兄がその方向に目を向けると、付き従ってきた男が声を上げる。

「やはりこちらは暖かいのですね。あの薔薇がもう咲いている」

 視線の先には白い薔薇の木。リューン王宮の庭園では、特別な存在の花。亡き母がとりわけ愛した品種で、咲き誇る頃には庭園中がこの香りに包まれるほどなのだ。

 自然足が向き、可憐な花に手を伸ばした時に、甲冑が擦れるような金属音、それと意外な呼びかけの声を耳にして振り返る。少し離れたところを騎士らしき男が走っていた。その先に何があるのか、高い木がちょうど覆い隠していて、分からない。

 男と顔を見合わせ、そのまま気配を消し、耳を澄ませた。

 陛下、と叫んでいたところを見ると、どうやら薔薇の樹の向こうに見える東屋に、(くだん)の人物がいたようだ。上がった息混じりに騎士が伝えた内容は、この位置からもはっきり聞き取れる。


「森の家に入りましたが、察知されたようで既に逃げ出した後でした。今夜はトウル男爵と部下一名が家に残り、他の者は森の周囲や村などを探っています」

 誰かを追っているらしい。それに応える国王の声も、低くはあったが耳に届く。

「そうか」

「それほど遠くへは行っていないようですと、男爵が申しておりました」

 騎士たちが追っていて、焦り国王に報を入れる人物は誰の事か、ここまで聞けば気にはなる。


「だろうな。路銀は持っていないはずだし、何よりあの髪色だ。目立つことは間違いない」


 髪色、目立つ。その言葉に弾かれた様に、兄は顔を上げた。

「誰だ!」

 さすがに察知されたようで、護衛に咎められた。兄は感情を理性で無理やり押さえつけ、社交用の柔らかな笑顔を作り、姿を見せた。


 樹の向こうには、甲冑姿の騎士が一人と、制服を着こんだ護衛らしき者がふたり。その中心にいる、若くして威厳に満ちた男が国王か。

 微笑みを崩さずに挨拶をし、名乗る。こちらを認めた時に、一瞬だけ目が見開かれた。その表情に確信を深め、すぐに訊いた。陛下と呼ばれる男を見据えて、眉の僅かな動きも見逃すまいと注視しながら。


「目立つ髪色の娘とは、いったい誰の事でしょうや」


 国王は眉間に縦皺を作り、視線を落とした。もうそれだけで兄にはわかった。返事を待つ間、兄は、夫とは名ばかりの人物を、睨み続けた。




 その場での返答は無かったが、代わりに晩餐に招かれた。明日に顔合わせを予定していたはずだが、兄もそれまで待つつもりは無い。

 晩餐の間は給仕や侍従たちが控えており、さすがに国王に尋ねることは出来なかった。お決まりの挨拶や国元の話を進めながら、白々しい雰囲気で食事を共にした後、酒を前に人払いがなされ、国王はようやく事実を口にした。

「先の宰相の謀略に翻弄され、長らく行方知れずだった側室そして貴殿の妹御であるミスリル姫の行方が判明した。ここから馬で半日ばかり行った森の中でひとり暮らしている。騎士たちに迎えに行かせたが、怯えて逃げてしまったようで」

「なんと!」

「森からは出ていない様なので、また日が昇り次第探して保護することになっている。リューン国王、ならびに貴殿にはひとかたならぬ心労を掛け、申し訳なく思う」


 国王はグラスを手放して、兄を正面から見、言葉と共に頭を僅かに下げた。この規模の国の王が、このように小国の王族に謝罪することなど、聞いたことも無い。

 しかしそれで畏まるほど、軽い問題ではない。兄は国王の謝罪には答えずに、言い募った。

「陛下のおっしゃることが上手く理解できないのは、何故でしょう。我が妹は小国と言えど、王族です。生まれてこのかた、人に傅かれて生きてまいりました。その妹が、森で一人暮らすなど、私には考えられない。そもそも何故、そのような事態になったのか、経緯からお聞かせ願えますか」


 部屋の中には国王と自分以外居ない。秘密裏に事を勧めたい意図を逆手にとって、本来なら許されぬ言葉を兄は吐き続けた。無礼を咎めないのは、それだけ国王自身が罪悪感を抱いているからなのだろうが、それで追及を緩めるつもりは、さらさら無い。


 先の宰相が、寵姫だけしかいない後宮に不満の声を上げる国内の貴族たちの目を欺くだけの目的で、不器量と噂されていた妹を後宮に入れた。しかし噂とは逆だったことに慌てた寵姫と宰相が、もっともな理由を付けて妹を王城から追い出した。髪の色が目立つので、館に留め置くことも出来ず、人と交流しない変わり者の女のところに預け、その一年後に宰相と寵姫は失脚、処分された。

 粛清の陰に妹の存在は忘れ去られ、何も知らされぬままに月日が流れた、と。


「国王には与り知らぬことだったと、貴方はそう思っていらっしゃる?」

 問いかけた声が怒りに震えていることは、充分に伝わっているはずだ。

「先王が崩御された時、貴方は成人したばかりだった。若くしてこの大国を治めることが容易いとは思っていませぬ。経験豊かな宰相の支え失くしては立ち行かなかったこともおありでしょう。わたしも二十歳で即位したなら、側近の裏切りに気付けると自信を持ってはいえませぬ。ですが」


 兄が見つめる男は、大国の王に相応しく、このようなときにでも威厳を失わない。口調は終始落ち着いていて、先程の謝罪さえ、独りで聞いていた故に、事実だったかも怪しく思えてくる。ただ兄の舌鋒に耳を傾け続けている姿勢だけに、国王の後悔が感じられるのみだ。

 まあいい、どうせ非公式の場で、聞いているのはこの男だけなのだと、この時ばかりは生まれ育った国のことを忘れて言葉の刃を振るった。


「イスタルドから見て蟻のごとき小国の者でも、我らは王族なのです。城に迎えることを決めたのも王である貴方だ。一目も会わぬまま放り出して忘れていたなどと、どの口が言いますか。馬鹿にするのも大概にして欲しい」

 おそらく大国の王は、これほどの罵倒を受けたことがないはずだ。機嫌如何では兄の首など、簡単に飛ぶ。

 しかしその罵倒を、国王は敢えて受け止めた。


「貴殿の言うこと、いちいち尤もだ。今回の事は全てこの王が、愚かだった故に起こったのだと心得ている。申し開きのしようも無い」


 大国の王にしてみれば、非公式でもこの謝罪が精いっぱいなのは小国の王太子にも理解できた。しかし問題はこれからだ。そのために人払いまでして兄に謝罪したのだろうと言うことくらい、分かる。

 感情論はさておき、今後の対応が重要なのだ。


 現宰相が部屋に呼ばれ、善後策を話し合う場に、兄はそのまま留められた。


 兄自らが森まで迎えに行くと言う主張は、あっさり叶うこととなった。怯えて隠れる娘にとって、この国で信用できるものなどいないだろうと、国王自身が言ったのには少々驚く。そして国王も共に行きたいと言ったが、各国の賓客が続々到着する中で王城を離れては目立つと宰相に諌められてしぶしぶ諦めたようだ。


 何度か書簡をやり取りしたことのあるこの国の宰相は、文官上がりの匂いが濃い、壮年の男だった。実務には優れているが、国王の抑えが効くタイプではない。その男の言葉で引き下がるのは、国王が自らの立場を弁えていると思っていいのだろう。


 森を出た後は、一旦宰相の屋敷で準備を整えてから、王城に迎え入れると説明された。

「こう切り出すとご立腹されるやも知れませぬが」

 宰相は前置きを入れて、説明する。

 一連の事実は、両国の関係から見て、伏せたほうが良いと判断するがいかがかと。五年前の侍医の診察で病が判明し、その後片田舎でずっと療養を続けていたが本復したので、兄の来訪を機に城へ戻るよう王命が出た。そう口裏を合わせてもらえないかと宰相が頭を下げた。


「仕方ありません」

 国王に冷えた視線を投げたまま、兄は了承した。

 兄とて、妹が忘れ去られていたと言う事実が公表されるのは本意ではない。非が無いとはいえ、事実を知った者たちから噂は広まり、無垢な妹が嘲りに晒されるのは明らかだ。吟遊詩人の題材になり、長く語り継がれては堪らない。




 それ以上の事は話さずに、部屋を出た。廊下に控えていた男が、表情を変えずに兄だけに聞こえるほどの小声で首尾を尋ねる。客室に戻り仔細を伝えると、歯ぎしりせんばかりに悔しがっている。

「あの森でしたか……村までは探したのです、魔女一人だと聞いてそのままにして……私が迂闊でした」

 項垂れているのは、リューン国筆頭公爵・トーレス家の三男、アレクセイ。文武共に優れた男で、騎士から側近に取り立てたのは、三年前の事だった。それからすぐに密命を出して、例の宰相の旧領地を隈なく調べさせた。妹を見つけたなら、イスタルドになど知らせずに帰国させろと言い含めて。それが何を意味するかも、この男なら理解していたはずだ。

「過去を悔やんでも致し方無い。すべてはこれからだ。明日に備えて休むとしよう」

「はい……」

「お前にミスリルを探させた父王も、そして私も、あの頃から考えを変えてはおらぬ。出来る限り足掻くつもりだ。いいな」

「それは願っても無いことですが、決してご無理はなさいませぬよう」

「分かっておる」



 この大国に忘れられ、捨てられていた妹が、何事も無かったかのように王城へ迎えられて側室に納まってしまうのは兄として腹の虫が収まらない。何よりもそうなれば、妹はこの大国の、唯一の妃だ。今後正妃を娶るときに疎まれるやも知れぬ。それ以前に、寵を求める者たちの目の上の瘤とされるだろう。平穏な生活など望むべくもない。


 何とかしなくては、兄は焦り、考えを巡らせる。





 五年ぶりに再会した妹は、兄に縋り泣き続けている。三年はどこの誰とも分からぬ女が一緒だったと聞くが、残り二年は一人孤独に耐えていた健気な妹が、これからも謀略の餌食になり続けるのは、兄としては耐えられない。



「帰ろう、ミスリル。わたしたちの国へ」



 小国の王族が、長い間生き残ってきたのは何故か。大国の王よ思い知るが良い。







兄にシスコンと言うと、「シスコンで何が悪い」と帰ってくると思う、絶対。

そんな兄、愛妻もいます。来春子供も生まれます(確か本文に書いてたはず)でもシスコンは一生の病ですきっとw


そして騎士キャラひとり追加しました。もちろん国王を苛めるためですw

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