1 邂逅
どこかで読んだような王道展開予定で(笑)
更新は亀並みです、きっと。
その小さき国は稀少な金属と加工技術で、周囲の国と渡り合っていた。しかし他の国は、小さき国を滅ぼしてでも欲しいと狙う。小さき国は軍も小さく、戦になれば勝敗は目に見えていた。
隣の大国は、金属と技術を含めた小さき国を守ってやる代わりに、優先的に交易したいと名乗り出る。その証として、小さき国の王女を大国の後宮に迎えると約束させて。
小さき国の王は、心を痛めながらも、まだ成人前の王女を手放すことに同意した。
王女の名はミスリル。年は十五。稀少な金属を思わせる、青みを帯びた銀の髪を持つ、美しい娘だった。
大国の後宮に、ミスリルは迎え入れられた。護衛も侍女も返され、ただ一人で。
父王が娘を思い、夫へと持参させたわずかに青みを帯びた白銀に輝く鎧は、あっさりと取り上げられ、お返しにと青き石のついた指輪だけが与えられた。国王の側室であることの証と教えられて。
初めて過ごす夜には、国王の渡りがあるのが決まりで、ミスリルも丁寧に湯浴みをさせられ、磨きあげられて寝台の上で待ち続けたが、朝日が射しても国王は現れなかった。
翌日には、身体を壊しているので静養するようにとの沙汰が下り、馬車に詰め込まれ王城を後にした。
即位したばかりの若き王クラウドが、寵妃エイダを愛するあまりに、新たな側室を拒んだ為と、王城では噂された。
幼き側室の行方を知るものは少なかった。湖畔の離宮か、山に近い別邸か、はたまた王領の屋敷か。貴族たちの憶測も長くは続かない。一度も抱かれぬ側室より、同じ名の金属を用いた白銀に輝く鎧を着けた国王の勇姿の方が、価値ある噂話なのだ。
神の加護を約束されていると言い伝えられてきた金属でつくられた鎧は、他国からの侵略を防ぐ戦で、先陣を切って戦う国王を守り、兵士たちの士気を高めた。勝利の美酒に国民は酔い、若き王を慕う。盤石な地位を得ることに白銀の鎧は大いに役立った。
その陰で、あっという間に側室ミスリルの存在は忘れられた。 そして五年の時が過ぎた。
王都から半日ほど馬を走らせた所にある、王家の狩猟場に近い森の中。古びた家に、一人で娘は住んでいた。
初めの三年は、魔女と呼ばれる老婆が共に暮らしていた。何も知らぬ娘に、根気よく家事や畑作り、山羊や鶏の世話をさせ、薬草の見分け方、罠の掛け方、小さな弓の使い方を教え込んだ。
やがて魔女は亡くなり、それからは月に一度、馴染みの年老いた商人が薬草やチーズ、それに凝った図案の刺繍と引き換えに生活に必要なものを届けてくれる程度だ。
青銀の髪は一つに括られ、滑らかだった指はささくれが目立つ。しかし偶然深き森に迷い込み、彼女を見る事が出来た者は、妖精が現れたかとでも思うだろう。
その妖精は、粗末な衣服に身を包み、畑や山羊小屋、厨房を忙しげに動き回っていて、生活感に溢れているのだが。
たったひとり、彼女は毎日を過ごす。空や雲、花や鳥や山羊に惜し気もなく笑顔を振り撒きながら。
その日クラウドは、狩猟に興じていた。小煩い貴族や追い縋る近衛達を、馬を巧みに扱いかわして、猟場外れの森に迷い込んだ。泉を見つけて喉を潤そうと近づいたとき、水浴びをする娘を見つけて、反射的に姿を隠した。
見たことのない美しい娘。青みを帯びた銀の髪をほどき、丹念に洗い清めている。小さな紅き唇からは、聴いたことも無い旋律がこぼれて、いかにも楽しげだ。やがて泉から歩み出て、見られているとも知らずに白い身体を木漏れ日に晒す。小柄な、でもほっそり、すんなり伸びた四肢。形良くたわわな胸。くびれて緩やかに曲線を描く胴。
水気を拭き取り質素な衣服を見に纏い、娘が立ち去るまで、クラウドは早鐘のように打つ胸を押さえて、動くことも出来ずにいた。
城に戻り、腹心である宰相に、森の娘について尋ねるが一笑に付された。あの森には変わり者の魔女と呼ばれる老婆が一人住むだけだ。きっと惑わされたのではないかと。
「そんな事より陛下。そろそろお決めくださいませ。世継ぎは治世の安定のために不可欠。国王として大事な勤めにございます」
そんなことは分かっている。しかしあれ以来、女を侍らす気にもなれない。夜会に来る貴族の娘も、他国から送られてくる王女の絵姿も、若き王クラウドの関心を引かないのだ。
戦は終わった。国内の憂いは潰した。他国との関係も安定している。既に賢王との呼び声も高い。
ただひとつ、側近が気に病んでいることは。
「わかってはいるのだ。あまりせっつくな」
森の魔女の事はすぐに記憶の底へ沈んだ。それから数週間後。
軍での儀礼で白銀の鎧を身に着けたクラウドは、唐突にあの娘を思い出した。
魔女の謀りか、それとも別の何かか、ひとつ見極めてやろうと、クラウドは側近に明朝から狩りに行くと告げた。