荒野のアルペジオ
どうしよう、本当にゲーム世界だよ。
僕は途方に暮れていた。
いわゆるゲーム転生をしてしまったからである。
前世の記憶があって、ここが大好きだったゲームの世界だとわかったのはいいけど、そのゲームの中身が問題だ。
ポストアポカリプス的世界観というか、戦争で荒廃した未来世界を舞台に、湧いて出るモンスターや山賊の類と戦いながら冒険の旅を続けるという、プレイするには楽しいけれどリアルでやるには厳しい設定だったのだ。
平和で豊かな時代に育った日本人に砂漠化した世界でのサバイバルはきつい。
風呂なし生活って耐えられるかな?
見渡す限り乾燥した大地で、田んぼとか無いからお米も無さそうなんだけど、何を食べるの?
そもそもこの世界に生きてた自分って何者?
前世の記憶「しか」ないんだけど!
財布ないか、財布。
どこかに免許証とかマイナンバーカードとか入ってないか?
混乱気味の自分の目の前で、ゲームのオープニングが繰り広げられていた。
年季の入った建物、車の修理屋らしい看板のかかった玄関から転がり出てくる二人の人物。
一目で親子とわかるその二人は喧嘩の真っ最中だ。
父親の方が息子の胸倉を掴んで、激しい口調で罵声を浴びせ始めた。
「バカかおまえは! ハンターになるだとぉ!? それがどんだけ危ない仕事かわかってんのかおまえは!」
「わかってるよ!」
「いいや、わかってねえ。ハンターなんぞになったらおまえ、あっという間にモンスターに手足食いちぎられるぞ! 一生、機械義肢で暮らしたいか!」
「そんなヘマはしないって。俺だってちゃんと戦えるよ!」
「ろくに町から出たこともねえガキが!」
「だから今から出てくんだよ。オヤジこそバカじゃねえの?」
「バカヤロー! もういい、とっとと出てけ! 二度とうちの敷居は跨がせねえからな!」
父親は息子を道路に放り出すと、ピシャッとドアを閉めた。
内側からガチャリと鍵をかける音がする。
閉め出された息子は、無言で起き上がり、服に着いた砂を払った。
「手ぶらでかよ。靴下の替えくらい持たせろっつーの」
吐き捨てるように呟いた途端、建物の二階の窓が空いて、そこからバックパックが降ってきた。
慌ててキャッチし、見上げた窓には目が覚めるような美人がいた。
「姉さん?」
「ごめんね、アルト。それくらいしか用意できないの。父さんには内緒にしとくから」
「ありがとう、姉さん。こっちこそ勝手なことしてごめんね」
「いいの。行くなら体に気をつけて。大怪我だけはしないでね。大好きよ、アルト」
「俺もだよ、姉さん。じゃあ行ってくる」
恋人同士みたいに指先でキスを送り合い、歩き出そうとした彼と目が合った。
ちょっとそこら辺では見かけないくらい綺麗な顔。
ゲームで見慣れた顔。
「……」
「……見てた?」
「……うん」
「どの辺から?」
「玄関から飛び出してきたとこから」
「~~! 全部見られてたとか、恥ずい!」
くぁ~、と変な声を出してうずくまる彼。
ゲームの主人公アルト(16歳)と僕との出会いだった。
※
「だからぁ、俺はシスコンとかじゃなくてぇ、姉さんが母親代わりで育ててくれたから、普通の姉弟より距離が近いっていうか、弟離れしてない姉っていうだけなんだよ」
「わかった、お姉さんの方がブラコンなんだね」
そういうことにしとかないとアルトがうるさい。
道を歩きながらしゃべっているんだけど、不審そうにこっちを見てくる人もいる。
どっちかというと町の人たちの方が僕には不審に見える。
だって道行く人が武装してるし。
顔の半分が機械になってる人とか、腕自体が武器になってる人とかいるし。
ゲーム世界、物騒。
僕とアルトは偶然の出会い(笑)で意気投合し、一緒に行動することにした。
前世の記憶しかない僕、家出した(追い出されたとも言う)アルト、どちらも行く当てのない者同士、年齢もたぶん同じくらい。
アルトによれば、少し歩けば大きな町があり、そこでハンター登録すればモンスターを討伐することでお金を稼げるらしい。
ゲームでもそんな流れだったから間違いではないと思う。
だけど僕には一つ思いついたことがあった。
「ちょっと寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」
「どこに行きたいんだ?」
「町はずれのジム爺さんの小屋」
『ジム爺さんの小屋』はゲームのストーリーとは直接の関係がない。
マップの端っこにあって目立たないが、調べるとささやかなアイテムが手に入る、ただそれだけの場所。
それでもゲームスタート直後のバックパック一つしか持ってないアルトと、それすら持ってない僕には大きな助けになるはず。
僕とアルトはてくてく歩いて町はずれの小屋まで来た。
老人が一人暮らししていたその小屋はオンボロで小さかった。
風が吹いたら倒れそうな薄っぺらい壁。
鍵の壊れたドアが風に揺れていた。
「ここには何も残ってないぜ。ジム爺さんが死んだ後、町の皆が片付けたからな。身寄りがいなかったから目ぼしいものは皆で分けたし。つっても大したもんはなかったっぽいけど」
「うーん、確かに何もない……」
中には家具すらない。
作り付けの棚が虚しく壁に残るだけ。
窓にかかったカーテンは色あせて穴が開いている。
埃っぽい台所には、誰もが要らないと思ったんだろう、錆びたスプーンが一本残ってた。
住居部分の隣に建てられた納屋にも、干し草の山とガラクタが少々、他には空き缶が転がっている程度。
……この世界、缶詰あるんだな。
ゲームでは回復薬と斧などの武器が手に入るはずだったんだけど。
当てが外れた気持ちで干し草の山を眺めていると、ふと違和感に気づいた。
「なあ、おまえジム爺さんの親戚かなんか? 葬式には来てなかったよな?」
そんなことを言うアルトに手伝ってもらって、干し草をどかしてみると……。
「……地下室?」
地面に扉のようなものがあった。
蓋のようになっているそれを二人がかりで持ち上げると、ぽっかり空いた暗い穴があり、階段が下へと続いていた。
「行ってみよう」
「だな。俺、懐中電灯持ってる。使おう」
足元を照らし、用心しながら下りていく。
地下室の壁に明かりであろうスイッチを発見、ぽちっと押してみる。
電気が来ていたらしい。
眩しい光に照らされたそこには……。
「嘘だろ……」
「マジか……」
言葉を失う二人。
古ぼけた、でもきちんと手入れされてて十分に動きそうな、くすんだ緑色の車があった。
「車だぞ、車! すっげー、こんなの初めて見た。うちの店に持ち込まれる車はほとんど輸送用か作業用なんだ。ハンターの中には乗用車持ってるやつもいるけどさ。大抵は二輪だし。四輪の乗用車って珍しいんだぜ。これ輸送用のトラックと全然違うな。小さめだけど、何人乗れるんだろ」
アルトは興奮してはしゃいでいる。
車があれば町まであっという間だとか、モンスター狩りも楽々だとか言ってる。
車体は見た瞬間ジープかと思ったが、よく見ると細部が違う気もする。
屋根の代わりに幌がある。
車高が高くて、水たまりでもちょっとした川でもガンガン走れそう。
こんなのゲームに出てきたっけ?
「なんでこんな地下室に車が……」
「どうやって中に入れたんだろうな?」
どうやって中に入れたかも謎だが、どうやって外に出すかが問題だ。
元の持ち主(おそらくはジム爺さん)はこれをどうするつもりだったんだろう?
「なあ、これ俺たちがもらってもいいよな? いいって言ってくれ、頼む!」
「いいんじゃないかな。他の物も町の人たちで分け合ったんでしょ?」
「うん、まあそうなんだけど……。ていうかおまえが爺さんの親戚なら、おまえが相続すべきだったんじゃ? 今更だけど!」
うわー、とアタフタしているアルトに、相続人ではないと言うべきか迷う。
こっちの世界での自分が何者なのかわからないからなぁ、ジム爺さんと親戚なのか、赤の他人なのか、それすら判然としない。
「うーん、まあ葬式の後の形見分けには問題なかったということで。これ(車)については所有者不明の発見物ということで、もらっちゃっていいと思う」
「所有者不明って……」
「そりゃジム爺さんの物だった可能性が一番高いけどさ。そうじゃない可能性もあるし。誰の物かわからないんだから、遺跡の発掘品なんかと同じ扱いでいいと思うよ」
この世界、割とあちこちに工場跡や倉庫跡などの『遺跡』があり、そこで発掘された物は発見者が自分の物にしていいのだ。
「発掘品と同じ……いいのかな、それで」
「怒られたらその時はその時だよ。誰もこの車の存在を知らない。ほっといたら朽ち果てるだけだ。僕たちが有効に使う方がいい。これを動かす方法が見つかればの話だけど」
前世の常識では、身寄りのない人が亡くなったら残った財産は国の物になる。
だけどこの世界では国家がそんな風には機能していない。
だからジム爺さんの遺品も町の皆が適当に分けちゃったわけで。
この車も葬儀の直後に発見されていれば、町の誰かの物になったんじゃないかな。
たぶん、一番偉い人の物に。
「おっしゃ! だったら探そうぜ、こいつを動かす方法を!」
というわけで二人で手分けして探しまくった。
そして二人とも疲労困憊する頃にやっと見つけた。
隠し扉(電動シャッター)が開いて、地上へと続くスロープが見つかり、その先には出口があった。
車のエンジンがかかるかどうかが心配だったけど、運転席に座ってみたら、ちゃんと始動できた。
インパネが前世の自動車と全然違ってて、燃料とかどうなってるのかさっぱりだけど。
僕もアルトも自動車の運転免許なんか持ってない。
そもそもこの世界に免許センターがあるのかさえ知らない。
それでも二人で車に乗り込んだ。
ハンドルを握るのは僕。
助手席に座るのはアルト。
彼の方が主人公なのに、いいのかな。
「おまえジャック付いてるだろ。これ差し込んでみろよ」
アルトがそんなことを言って、どこからかケーブルを差し出してきた。
彼にこめかみをチョイとつつかれて、自分でそこを触ってみて愕然とした。
なんか金属っぽいパーツが付いてる!
ピアスとかじゃなくて、機械って形の!
慌ててルームミラーで確認すると……。
……僕の頭に何かのコネクタみたいなのがある~!!!
僕は、ロボット、だったんだろうか……?
「車と繋いどけば、AIが操作の仕方を教えてくれるんだろ? いいよな、ジャック、便利だよな。付けてるハンターたまにいるけどさ」
ロボットではないらしい。
この世界では普通のことなんだろうか。
ゲームでそんな設定あったかな……?
恐る恐る、アルトが差し出すケーブルをこめかみに差し込むと、それはしっくりとハマった。
ピーーン……と耳鳴りみたいな音が聞こえた。
何かが起動する感覚。
僕の脳内で展開されていく様々な情報。
きっと今僕が見ているものはアルトには見えていない。
音も僕だけにしか聞こえていない。
言葉で説明できない様々な何かが僕の脳を駆け抜けて……。
わかる、この車のプロパティが。
構造も、動かし方もわかる。
へえ、燃料要らないんだ。
バッテリーは?
ああ、そんな感じなんだ。
君、いい車だね。
車体が凄く頑丈に出来てる。
オフロードでもガンガン走れそう。
えっ、僕の名前を登録するの?
そうだね、僕の名前は……。
※
二人の少年を乗せた車が荒野の一本道を駆けていく。
車は力強く、その車体は時折襲い掛かってくるモンスターをものともしない。
「アハハ、いいな、これ! 車の中から撃てば安全じゃん! 楽々討伐!」
「調子に乗ってやりすぎないでよ。弾薬には限りがあるんだから」
「わかってるって! モンスター狩り最高ー!」
アルトはノリノリで小型モンスターを撃っている。
銃と弾薬もジム爺さんの地下室で見つけた。
僕は銃なんか使い方を知らないから、これはアルト用だ。
カーラジオから流れてくる、疾走感のある明るい曲。
この世界、ラジオ放送あるんだね。
それにしてもノリのいい曲。
アルトがノリノリなのはBGMのせいもあるかもしれない。
「ハンター登録できる町まで、あとどれくらい?」
「さあ? 行ったことないからわからない。AIに訊いてみろよ」
「……このスピードなら約1時間だって。車で1時間もかかる距離を、最初は歩く気だったってことか! 行ったこともないのに、モンスターも出るのに! 家族に心配されるわけだよ!」
「誰かに乗せてもらうって手もあるだろ?」
「そういう行き当たりばったりなところが……」
さらに説教しようかと思ったけど、やめた。
アルトがそういう性格だからこそ、出会ってすぐに友達になれたんだし。
ゲームの主人公って無謀なのがデフォルトなのかもね。
無謀さは事件を呼び寄せる鍵。
これから彼はいろんな事件に飛び込んでいくことになる。
ため息一つ。
ラジオから流れてくる曲に身を任せる。
たぶんエレキギターかなんかの、キラキラした旋律が心地よい。
この世界の人も楽器を演奏したりするんだ。
危険な世界だけど、悪くない。
「町についてハンター登録できたらさ、おまえの分の銃も買おうぜ。使い方は教えてやるから」
「そんなお金ないよ!?」
荒野の一本道を車は走っていく。
砂煙を上げて、どこまでもまっすぐに。
<完>
※SUNOで作ったAI作曲の歌「荒野のアルペジオ」からイメージを膨らませて……。




