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《短篇》紳士だった従僕が豹変しました 

作者: 米野雪子
掲載日:2026/02/10

両親が乗船した船が事故で行方不明になり、突然天涯孤独になった一人娘のアリスティア。生活費を節約するために、使用人を解雇しようと決心するも、紳士だった従僕の態度が豹変して婚約を迫られる。




それは、訃報を知らせる一通の手紙から始まった。



「…そん、な」



お父様とお母様が亡くなった。

船旅で交渉に行った貿易先の事故だった。

船は沈み、遺体も行方不明だという。


まだ現実が実感できないまま、

兄妹がいない私は、突然天涯孤独になった。


私は貴族学院を卒業したばかりで、偽善活動をしたりしていただけ。

女は家督になれない為、他家から婿を迎えなければならないのに、

お父様が婚約者選びに慎重で、私は特定の相手がまだいなかった。


家財道具や宝石も手放しても支障のないのを商会に買い取って貰おう。

それで当分の間の生活費は何とかなる。領地も一部でも譲渡を考えなくては。

とりあえず、家令以外の使用人は減らさないと…邸の管理費用が先行かない。



「ということなの…だから、申し訳ないけど従僕を解雇しようと思ってるの。

 勿論退職金は払います。5年間、誠実に勤めてくれて本当にありがとう」


「あっそ、了解」


「えっ⁉︎ な、なに、その言葉使いっ」


「なんだよ、俺はもうあんたの従僕じゃねえんだろ?」


「そう、だけど……猫、被ってたの?」


「ああ。その場に適した振る舞いを使い分けられるんでね」


「そそそうなのね……では、残りの御給金と退職金を渡すわ」


「なあ、あんたどうすんの?」


「どうするって…」


「一人で生きて行けるわけ?お嬢様は、まだ婚約者いないし、

 伯爵家の後継の婿を取るつもりだったから、領地経営教育も学んでいない。

 唯一の親族は、男爵位のあの叔父だけ」


「それは、これから考えます…」


「ボケーとしてるとあの叔父に、いいように利用されるぞ」


「ほ、他にどうしようもないわっ。今の私には後ろ盾がないもの…」


「最悪、手籠めにされてもいいってか?

 あいつのあんたを見る目つき、気がついてないの?」


「…その時は、死ぬわ」


「は?」


「もし、そうなったら一思いに死にます‼︎ 」


「あのさ、覚悟する所間違ってるよ。

 で、君の父上は何で俺を自分の娘の従僕にしたと思う?」


「あなたは元騎士だし、護衛もかねてるからでしょ?」


「こういう時の為に、俺はあんたを託されていたんだ。

 普通、年頃の娘に若い男を側仕えにする?」


「え…?」


「自分たちに何かあったときは、娘と婚約して保護してくれって言われてる」


「そ、そんなの初めて聞い…」


「あのね、俺は従僕である前に夫候補なの。はい、これ誓約書」


「…夫?………嘘、本当に書いてあるわ…」


「ほら、アホ面してないで、さっさと侍女に荷造りさせろ。

 必要最低限の物だけでいい」


「は?え?ちょっと!…荷造りですか?」



いつも丁寧で、礼儀正しい、紳士だと思っていた従僕が豹変した。

何だか違う人みたいで、動揺したし、落ち着かない。

もしかして、これが素だったのかもしれない。

圧に押され、よくわからないまま侍女に荷造りをお願いして彼に質問する。



「所で、どこに行くのですか?」


「俺の邸」


「え…」


「これでも子爵位」


「そう、だったの?なぜ従僕なんてしてたのですか?」


「病死した父親から一時的に継いだだけだ。

 ちょうど腕の怪我で王宮騎士を退団して、弟はまだ未成年だったし、

 その時は邸を管理するのも金がかかって困っていた。

 そこでお嬢様の父上が、娘の護衛も含めて従僕をして欲しいと、

 話を持ちかけられたんだ。夫になる件も含めてね。

 給金も良かったし、従僕してる間に資産も持ち直してるし、

 小さい村だけど今では後継者の弟と家令が、村の管理もしているから、

 お嬢様を迎え入れたとしても、全然余裕ある。心配しなくていい」


「そうだったの。知らなかったわ。ごめんなさい」


「教えなかったし」


「お父様との約束で…義務で私を娶るのですか?嫌では…ないの?」


「あんたこそ」


「え?」


「従僕だった男が夫になるんだ。伯爵家の深窓の令嬢が屈辱だろ?」


「そんな事は…ないわ」


「ふーん」


「な、何?」


「じゃあ、嫌じゃないんだ?」


「し、知らない人よりマシだわっ」


「両親が亡くなった場合、伯爵家の爵位継承権は形式上お嬢様に移る。

 だけどあんたは世間知らずだし、まだ未成年。後見人が必要だ。

 伯爵家を手に入れるために、あの叔父が後見人を名乗り出て、

 アンタを丸め込むだろうな。嗅ぎ付けてくる前に、さっさと去ろう」


「え⁉︎ 待って、伯爵邸を出ていくのですか?戻れないの?」


「この邸の管理と領地経営は家令に任せろ。もう話はつけてある。

 俺は従僕を辞めてあんたとの婚約の届け出や手続きがある。

 その間隙ができるから、それらが終わるまで一旦俺の邸に避難する。

 全て終わったら、婚約者同伴で後継者としてここに戻ってくればいい。

 あの叔父より早く事を進める為だ。つまり先手必勝だよ。

 おいサマラ、荷造り終わったか?」


「は、はい!こちらに!お嬢様馬車までお持ちします」


「いい俺が持つ。あと貴重品は金庫に厳重に仕舞っておけ。

 叔父が伯爵夫婦の訃報を嗅ぎつけて来て、家探しするかもしれない。

 その後で、侍女のお前は自分の荷造りをして護衛騎士とともに、

 外門に用意してある後続の馬車で俺の邸に来い。いいな?」


「はい!畏まりました」


「ありがとう、サマラ。では、私は先に行くわね」


「はい、お嬢様、お気をつけて!」


「行こう。おいで、アリスティア」



いつもと違う口調にドキリとする。


私の手をグイッと引いて歩き出す。

凄い…力…強い。

こんなに強引に手を引かれたのは、初めてで何だか落ち着かない。


ああ…私、リオンと夫婦になるのね。


ずっと側にいたのに、私たちは立場上壁があったし…実感がないわ。


彼と初めて会ったのは、私が10歳、彼は18歳だった。

長い黒髪を後ろで束ねて、宝石のような紫の瞳の端正な顔立ちの青年。

彼はもうその時から、すでに礼儀正しく、物腰が柔らかい上品な紳士だった。

騎士をしていただけあって、細く見えても体幹がしっかりしていて、

私なんかよりずっと大きくて、頼りがいがあった。


私には今まで側仕えに常に侍女と護衛騎士がいたが、

誘拐未遂に何度かあっていた。

私の外見はこの国では非常に珍しい色合いで、

ローズピンクブロンドの派手な髪色に、真っ青な空のような瞳。

人目を嫌でも惹く。これは母方の祖母の遺伝だ。

それに輪をかけて、大人数で連れ立っている姿は目立ちすぎて、

防犯の抑止欲になっていないと、お父様は考えたらしい。


そして、行動しやすい必要最低限の一人で、

護衛を兼ねた元騎士の従僕1人を付けるようにしたのだ。


実際彼が従僕で仕えてからは、私は危険な目に合わなくなった。

下着姿になる着替えや湯あみは、侍女が今まで通り世話をするが、

それ以外の私の世話は、従僕の彼に全て任されていた。



「アリスティア」

 

「え!あ、はいっ!」


「俺の屋敷まで馬車で4時間はかかる。寝てていいぞ」


「いいえ、眠くないです」


「俺の態度と言葉使いに、すげー戸惑ってるみたいだけど慣れてくれ」


「はい…」


「婚約者のうちは何もしない。結婚も嫌なら白い結婚でいい。

 だから、そんなに警戒するな」


「でも…お父様に頼まれたからって、あなたにだって選ぶ権利はあるでしょ。

 あなたこそ私でいいの?それが申し訳なくて…」


「俺は、あんたが好きだ。だから余計な心配しなくていい」


「え…?」


「何?無理してるとでも思った?」


「そ、そう。ならいいのだけど…?」



好き?……私を?



そんな素振り、今まで見せなかったのに…


ドクンと心臓の鼓動が動く。


私は、どうなのだろう…彼を好き?



ええ、好感は持っているわ。

彼は誠実だったし、忠実に仕えてくれた。

従僕としては信頼もしている。

でも、男性として私は彼を見ているのかしら。


こちらを見る宝石のように美しい紫の瞳と目が合い、

その目を細めて彼は妖艶に微笑む。

顔を少し傾けると両サイドの後毛がサラリ揺れて彼の頬にかかって…

その色気に心臓が飛び出そうになり、とっさに目をそらす。



「もしかして、俺のこと意識してる?」


「そ、そうね…今まで私たち、ずっと側にいたのに…

 その…立場上…距離があったでしょ?

 だから…少し自分の心の整理を…」


「俺と婚約は嫌?」


「い、いえ、嫌とかではなくてっ、

 今までの関係とは違ってくるのでしょ?だから、私…

 リオンにどう接していいか…分からなくて…」


「今ままでのお嬢様と従僕の上下関係とは違って、俺たちは対等になる。

 いや、男の俺の方が主導権握ることになるかな…」


「リオンが伯爵家の婿に入って、後継ぎになるからでしょ?

 それは、私も納得してるから大丈夫よ」


「男女の関係においても、そうなるけど」


「だんじょの、かんけい?」


「……………」



そう言うと、彼は手を伸ばして、私の手に触れた。

私の手の甲をゆっくり、指先でなぞる。

ゆっくりゆっくり…

彼の指先からの体温を感じて、また心臓が大きく鼓動する。


私が固まっていると、そっと手を取り、

体を傾けて口付けを落とす。



「…あっ…」


「これ以上の事をするってこと。わかる?」


「…え、ええ…」


「本当に?」



突然手を引っ張られて、私の体は宙に舞い、

彼の膝の上に抱き込まれる。


長くて力強い彼の腕の中にスッポリ収まってしまい、

紫の瞳と目が合う。


私の顔は、瞬間的にカッと熱を持った。



「あ、あのっ何もしないって言ったわ!」


「へえ、本気にしたの?」


「だ、騙したのですかっ?」


「ねえ、よく覚えていて」


「な、なな何をですかっ?」


「男ってね、こんなもんだよ。

 いくら気取って紳士的な振る舞いをしても、

 頭の中では、好きな女を組み敷いて何度も何度も

 イカガワシイことを妄想してる色欲魔なんだ」


「…え…?…」


「俺もその男だって、こ・と」



私の頬に彼の指が先ほどと同じ動きをして、ゆっくりとなぞる。


いつも冷静で何の感情も移さなかった紫の瞳が、変化しているのが分かる。


今まで、こんな目で見られたことなかった…背筋に冷たい汗が伝う。



「何の汚れも知らない無垢なお嬢様を…俺がどうしたいか分かる?」


「い、いいえっ!」


「さっき言っただろ」


「わ、忘れましたっ」


「アリスティア」


「は、はい」


「俺以外の男は信用するな。分かった?」


「は、い…」



腰に回した腕で強く抱きしめながら、

彼は私のローズピンクブロンドの髪を撫でて、微笑んだ。

私の顔を覗き込み覆い被さる体勢の彼の圧迫感に息を飲む。


これ…私の力じゃ全然動けない。男性の力って凄く強い。


異性にここまで密着されたのは初めてで、

心臓がずっと、ドクドク大きく鼓動している。



「あんたは凄く魅力的だ。ほとんどの男が欲しがるだろう」


「この髪色と瞳の色が珍しいから…でしょう?」


「違う、それだけじゃない。

 あんたに近づいてくる男どもを蹴散らすのに、

 俺が今ままでどんだけ苦労したと思っている」


「そ、それは、ごめんなさいっ…知らなかったわ」


「それが俺の仕事だ。謝るな」



彼の顔が近づいてきて、私は益々深く抱き込まれた。

ビクリと肩を震わせると、彼は薄く息を吐いてフッと笑う。

今リオンの顔は私のすぐ横の耳に触れている。


これは…離してくれそうにないわ。


彼の肩越しから、馬車の窓に映る風景が見える。

そこはもう、私の知っている景色ではなかった。




* * * * * * *




「お父様から聞いたわ、あなたとっても勇敢なのね。

 もう、腕の具合は大丈夫?」



従僕として初めての顔合わせの時に、

まだ10歳の彼女から発せられた言葉だった。



「…はい。ありがとうございます。お嬢様はお優しいですね」


「命をかけてこの国を守ってくれている人に、

 感謝と敬意を伝えるのは当たり前だわ。

 あなた達のおかげで、私たちは平和に暮らせているのよ」


「もったい無いお言葉、ありがたき幸せにございます。

 今後は、従僕としてお嬢様を守らせていただきます」


「ありがとう、助かるわ。でも、ずっと自分以外を守ってるでしょ?

 あなたの事は誰が守ってくれるの?」


「その必要はありません、お嬢様。

 私はそういう務めなのです。どうぞ、お気になさらず」


「でも、そんなの不公平よ…私に何か出来ることはある?」


「…そうですね。お嬢様が安心して暮らせて、

 心から笑っていてくれたら、護衛冥利に尽きて、

 私は幸せになりますね」


「私が…本当は心から笑っていないって…分かるの?」


「はい。とても怖い目に合ってきたのでしょう?無理もありません。

 ですが、私が来たからには、そんな心配事など忘れるくらい、

 平穏に暮らせるようにします」


「…本当に?」


「ええ、お約束します」


「じゃあ、私はリオンの為に、心からの笑顔が出来る様にするわ」



今まで誰も、こんなに労ってはくれなかった。


できて当たり前、やれて当たり前、怪我して切り捨てられるのは必然だった。

そんな過酷な環境の中に身を置いて、感謝も敬意もない、

傲慢な王族と貴族達に傅いてきた。 



“あなたの事は誰が守ってくれるの?”



なんだ、この娘は。


純粋で無垢で善良。



彼女のこれは、駆け引きだらけの貴族社会では、弱味にしかならない。

だが、そのままでいて欲しいとも願ってしまう。


伯爵にゆくゆくは夫になって欲しいと、話を持ちかけられた時、

正直断ろうと考えていた。こんな手を使わなければ、どこにも貰い手のない

問題のある令嬢だと思ったからだ。


この美しい見た目のせいで、何度も誘拐未遂に合い、

秘匿にされているが、王太子もデビュタントで彼女を見初めていたという。

伯爵夫妻は、彼女のこの純粋さを失わせないように、

ずっと守って大事に育ててきたが、周りは彼女を放っておかない。


それで白羽の矢が立ったのが、宮廷騎士団で最年少で副団長になり、

仕事中の負傷が原因で退団した俺だった。


俺は異例の出世のせいで、騎士団内では酷い妬みに合っていた。

退団のきっかけになったのは、王女の馬車の護衛を任された時のこと。 

俺と数名の部隊は馬車の前の先行騎乗していた。

そこに夜盗の集団が騎士団の3倍はあろうかという人数で襲いかかってきた。


だが、俺の部隊員は非協力的で援護にくる奴はいなかった。 

俺は次々くる夜盗と交戦し続け、時折、死を覚悟しながら戦った。

そして、なんとか王女を守り切った。


しかし、腕の靭帯を損傷して肘に強い痛みが走るようになり、

この腕では今後騎士として、同じ働きで貢献できない。

それに、あんな信頼できない連中とやっていけるか分からなかった。

今回は無事だったが、次は死ぬかもしれない。

だから俺は、ありがたく褒賞と勲章を受け取って退団した。


すっかり、やさぐれて無職になった俺に、更に追い討ちで父親の病死、

資産運営で苦労している時に、伯爵からこの話が来たのは正直助かった。


仕事依頼の受諾の礼にと、伯爵がいい医師を手配してくれ、

まだ関節がグラつく時があるが、肘の痛みも殆どなくなった。


俺は、この伯爵家に恩がある。

貴族では珍しく良心的な家族。


そして、年を重ねるに連れて美しくなってゆく、

この危なげな娘を守るために、俺は夫となることを決心したのだ。




* * * * * * *




「アリスティア、起きて」


「ん…」


「俺の邸に着いた」


「…………」



目の前に紫の瞳が至近距離で覗き込んでいる。


あろうことか、彼に抱きこまれたまま、

どうやら私は寝てしまったようだった。


彼は、呆けている私の額に顔を近づけて口付けを落とす。

柔らかな感触と体温に私の顔は、また熱を持った。



「おはよう眠り姫。ふっ、顔真っ赤だぞ」


「あああなたのせいでしょおっ‼︎」


「夫婦になるんだから、慣れてもらわないとね」



彼の子爵邸は、森の中に隠れるようにひっそり佇んていた。

古い煉瓦の壁に蔦が絡まり、ハーブが自然のまま植えてある。

童話に出てきそうな可愛い雰囲気に、私は密かに喜んでいた。



「小さい邸だけど、ここ静かだし、

 過ごしやすくて隠れ屋にはピッタリなんだ」


「素敵ね…私、好きだわ」


「俺は?」


「え」


「チッ…引っ掛からなかったか」


「リオン?」


「ほら、いくぞ」



口の悪い男に豹変した彼を見て、

少しだけ、あの礼儀正しい紳士なリオンが恋しくなった。




* * * * * * *




「兄上、お帰りなさい!」


「ああ、悪いな急に。1週間ほど世話になる」


「何言ってんの?兄さんの実家なんだから、いつでも帰ってきてよ」


「こいつ、俺の婚約者。話してただろ」


「初めまして、アリスティア・ルル・ヴァリスと申します。お世話になります」


「初めまして!お待ちしてました。俺は、弟のレインです。

 うわー兄上の言う通り綺麗な人だなぁ…」


「部屋は用意できてるか?」


「うん。勿論」


「彼女を休ませたい。すぐ案内してくれ」



人懐っこい笑顔で迎えてくれた、リオンの弟のレイン。


内装も可愛い感じだった。落ち着いた赤と緑の花柄の壁紙で、

森の中の邸って雰囲気で童話の世界に入り込んだみたいだった。




* * * * * * *




「お嬢様、お疲れですか?」


「リ、オン…?」


「紅茶でもいかがです?

 お嬢様の好きなダージリンがございますよ」


「ええ、いただくわ。あの…お父様とお母様は?」


「執務室にいらっしゃいます。

 今、ご用意しますので、少々お待ちください」


「そう、ありがとう…」



ああ、私、悪い夢を見ていたのかしら。

そうだわ、お父様とお母様も生きている。

リオンも紳士な従僕のまま。


良かった…こっちが現実だったのね…



「おい、晩餐の時間だ。起きろアリスティア」


「…え?」


「どうした?」


「リオ…ン?」


「寝ぼけてんな…もう少し寝るか?」


「お父様と…お母様は?」


「船の事故で行方不明だ。…忘れたのか?」


「嘘…こっちが、現実なの?」


「アリスティア?」



ああ、そうか。


船の事故も、両親の行方不明も、知らされたのは一通の手紙のみ。


両親の死を実感できていなかったのだ。


そして、従僕との突然の婚約。


心がついてこないのだろう。



「……私、ひとりぼっちに…なったの?」


「俺がいる」


「お父様…お母っさまっ…ううっ…ひっく……」


「大丈夫だ。泣きたい時は泣け…アリスティア」



震える細い肩を抱き寄せて、一緒にベットに横になる。



ずっと側にいたから、分かる。


こいつは、周りの期待通りの人物像を演じている。



純粋で無垢で善良。



それは、彼女の両親が望んだ女の子の理想像だった。


お前はそうなんだと、毎日言い聞かせて彼女に思い込ませた。

感受性の強いアリスティアは、期待に応えようと抵抗もなく洗脳を受け入れた。

15年間そんな生活をしていれば、そういう振る舞いが自然に身につくし、

自分の本質だと本気で思い込んでしまうのだ。


最初の1年間は、俺も天然記念物だと思っていた。


だけど時折いつもの振る舞いと反して、我慢しているのが分かるようになった。


例えば、野に群生して咲く花々。

可愛くて小さな花を彼女は欲しがったが、

両親が、摘んでしまうと小さな花は、すぐ萎れてしまって可哀想だよと諫める。

彼女はすぐに「そうね、可哀想ね」と素直に従い両親を喜ばせる。


あの我慢して悲しそうに微笑む顔に、両親は気がつかない。


俺は伯爵夫妻を説得し、枯らさない前提で根っこから掘り出して、

鉢植えでアリスティアにプレゼントした。


彼女の驚いた、あの心から嬉しそうな顔。


「本当にいいの?お父様とお母様は、本当に許してくださったの?」

と自分の気持ちより、一番に両親の顔色を気にするのだ。


俺はこの5年の間に、彼女の意識を少しずつ変えていった。


でなければ彼女は、この駆け引きだらけの表と裏を使い分ける貴族社会で、

騙され利用される弱いだけの存在に成り下がってしまう。


なんでも言うことを聞く、大人にとってのいい子。

言いつけを守り、思考が育たないままのいい子でいた理想の娘。


その中で、自分の身を守る術を教えなかった伯爵夫妻に、

俺は疑問と怒りを覚えた。



偽りの光。傀儡の天使。



汚い世界の中で、光にすがりたい気持ちは分かる。

だけど、それをアリスティアに強要して求めるのは間違っている。


光は自分の中で見出すものだ。


彼女の “あなたの事は誰が守ってくれるの?”

あの言葉で俺も救われた。だけど…


君こそ。


本当の意味で、君は守られてなんかいない。

君の本当の心を両親でさえ知らない。

そんな君を誰が守ってくれるというんだ。




* * * * * * *




3日間、塞ぎ込んで部屋から出ない私を

リオンは無理やり引っ張り出した。



「こ、こんな夜中に出かけるの?」


「ああ、だからいいんだ。

 今日が一番綺麗に見える。ほらこれ着ろ」



手渡されたのは、白いローブと、青の革手袋。

星空が美しく見える場所があるから、といきなりリオンに誘われた。

いそいそと準備して玄関に行くと、馬を伴ったリオンが待っている。



「馬は夜走れるの?危なくない?」


「ランタンがあるし、ゆっくり行くから大丈夫だ。

 ほら、おいで」


「は、はいっ」



ランタンが道の行く先を照らし、馬は難なく走っていた。

夜に馬で走るなんて初めてで…昼間と全然違って…凄く神秘的…

まるで、暗い夜の空をを飛んでいるみたい。

30分位走っただろうか、広い丘のような所に付いた。



「ここだ。上見てご覧」


「え……上?」



満点の星空。

まるで手を伸ばせば届きそうなくらい、側にある。


なんて…綺麗……


どんな高価な宝石より輝いて…決して手に入らない瞬く美しさ。


私が言葉も発せずに見ていると、

あまりに自然にされて、しばらく気が付かなかったが、

リオンは私の体を支えるように後ろから抱きしめた。

大きな体…私をすっぽりと包み込んでいる。

それに、凄く暖かいわ…



「首痛くなるから、馬降りて見るぞ」


「あっ、うん。凄すぎて…見とれちゃった…」



馬から下りると、リオンは大きなブランケットを地面に広げて敷いて、

そこでゴロンと仰向けになり、手でトントンとここにおいでをする。

はしたないと思いつつ、好奇心が押さえきれず、

おずおずと彼の隣で寝ころんだ。



「この方が見やすいだろ?」


「うん…あははっ。そうね。凄い気持ちいいし…綺麗…」


「アリスティアに見せたかったんだ。

 この領地は自然が豊かだから、季節ごとに違う風景を見せてくれる」


「うん…連れてきてくれて…ありがとう…」



しばらく何もせず黙って星空を眺めた。


そして…私は…自分のちっぽけさを感じて…

自然の偉大さに感動して…心を空っぽにした。


ただ綺麗な空間に身を委ね、吸い込まれそうな星空を見ていた。



「真っ暗で…透明で…あの空間と一体化してるみたい…」



ポツリと言った私の言葉に、小さく「そうだな」とリオンが返事をして、

私の手をふんわり握りしめた。



私は…大した存在ではない。



世界は広く、色々な国があって、沢山の人達が生きている。

私は、その中の一人なだけ。



お父様、お母様、私…ずっと我慢してたの。



二人を失望させたくなくて、ずっと二人が望むいい子でいたの。


だって、そうしなきゃ、

お父様もお母様も私を見てくれない、愛してくれないと思ったから。


でも、成長するにつれて、ずっと自分の心に違和感があった。 




本当は嫌だった。




純粋で無垢で善良。


違う。私は、そんなんじゃない。


ずっと、周りから作りあげられた偶像が、息苦しくて仕方なかった。


でもリオンは、なぜか私がしたかった事を少しずつ叶えてくれた。


彼には…バレていたのかしら。



「満点の星空はいかがですか?お嬢様」


「えっ、リオン?」


「なんだよ、急に可愛い顔になりやがって、気に入らねーな…」


「ちょっと、素に戻らないでよっ!」


「従僕モードのがいいのかよ?」


「いいというか…慣れているというか。だって、5年間あなたそれだったのよ?

 従僕モードを刷り込まれていたから、慣れないのよ…」


「じゃあ、尚更こっちに慣れてもらうために従僕モードは封印だな。

 過去の俺に縋られても迷惑だし」


「え〜…分かったわ…慣れるようにするわよ」



横に顔を動かすと、彼と目があった。

そして、リオンが綺麗な唇の端をあげて微笑む。


満点の星空が紫の瞳に映って、小さな宇宙のような、宝石のような輝きを放ち、

本当に綺麗で、彼をじっと見つめてしまっていた。

   

するとリオンは、体を起こして私に覆いかぶさり頬に優しく口付けを落とす。

そしてそのまま、背中に腕を回して抱き寄せた。


あったかい…


美しく瞬く星空の下、

私たちはお互いの鼓動しか聞こえない、二人きりの世界で、

長い間抱き合って過ごした。




* * * * * * *




「アリスティア様」


「はい、あ、レインさん」


「明日、伯爵邸に戻られるんですよね?」


「はい、お世話になりました」


「いいえ。小さな邸ですけど、いつでも来てください。

 それと、お礼を言いたくて…」


「お礼?」


「はい、兄上のことです」


「そんなお礼なんて、私の方がお世話になっているんですっ」


「いや〜、兄上外面いいから落ち着いて見えますけど、騎士を退団した時、

 めちゃくちゃ荒れてたんです。その直後に父上が亡くなってしまって、

 バタバタして、自分の心の傷を癒す時間もなかったと思います。

 でも、あなたの従僕になってから、何だか楽しそうで…」


「え…楽しそう?」


「アリスティア様の前では、感情出さなかったでしょ?

 従僕に徹してましたから。すっごいデレデレでしたよ。お嬢様が可愛いって」


「ええっ!そ、そんな素振り一度もっ…」


「邸に帰ってくると、今日はお嬢様はあーしたこーした、こう言っていた。

 可愛いすぎる。でも無垢すぎて心配だとか、もう大騒ぎでした」


「い、イメージが…」


「もう、父性爆発って感じでした」


「あの、騎士は怪我で退団したのでしょう?荒れていたってことは、

 やっぱり辞めたくなかったのかしら…」


「いいえ…その、妬まれていたんです。異例の最年少の副団長抜擢でしたし。

 兄上だけあたりが強くて…あの怪我の原因も…それ絡みです。

 元気になったのはお嬢様のおかげなんです。

 今後も兄上のことよろしくお願いします」


「え、ええ。勿論よ」



そういえば、私、彼の過去の詳細を何も知らなかった…

今度、話してくれそうな雰囲気の時に聞いてみようかしら。


こうして、私は少し元気を取り戻しつつ、

無事にリオンとの婚約も受理されて、1週間後に伯爵家に戻った。




* * * * * * *




「叔父様…」


「おお、やっと戻ってきたか、アリス!」


「…何の御用でしょうか?」



門の前に馬車が止まっていると思ったら、叔父様だった。

お父様の弟のドレロ男爵。


過去に不正な取引を働き、降爵された人だ。

お父様とお母様は縁を切っていたが、時々金の無心に来ていた。

毎回追い払われていたが。


私も押し掛けられた時に、何度か顔を合わせていたが、

妙に目がギラギラして小太りな体型は、正直好きではなかった。



「俺が相手するから、下がってろ」


「リオン…」


「お久しぶりです。何の御用でしょうか?ドレロ男爵」


「な、なんだ、そこをどけ。私はアリスに話があるのだ」


「俺がお相手します。ヴァリス伯爵家の次期当主には俺がなりますから。

 アリスティアと婚約が受理され、国王陛下より正式に承認いただきました」


「は?嘘つくなっ!従僕風情が何をふざけたことをっ…

 そうか、お前っ、アリスを丸め込んだな?両親が死んだのをいいことにっ!

 なんて汚い奴だ‼︎ 」


「おや、ヴァリス夫妻の訃報をご存知でしたか?

 ご連絡していないはずですが…」


「自分の身内の事だっ。見張って…んんっ…色々情報は入ってくる…

 アリス騙されるな‼︎ この従僕は、ここを乗っ取る気なんだぞ?

 それより、血縁の叔父の私が後見人になるのが筋だろう。

 だから迎えにきたんだ。可哀想に、寂しかっただろう?」


「俺は初めから夫候補として伯爵に雇われていたんです。誓約書もあります。

 アリスティアもこの婚約を受け入れています。なので、あなたは不要。

 それに身内とはいえ、縁を切っている犯罪者に、

 伯爵夫妻が大事な娘を預けるはずないでしょう?」


「な…貴様っ!無礼だぞ‼︎ それに他人が口出しするな!」


「お帰りください、叔父様。彼はもう他人ではなく私の婚約者です。

 私はあなたとは行きません。リオンと伯爵家を継いでいきます」


「なんてことだ、すっかり騙されて…君はもっと素直で純粋だったはずだろ?

 ああ、そいつに毒されてしまったのかい?でも君は私が好きだろう?

 いつも可愛い顔で、こちらを見返してくれたじゃないか。

 ほら、私達の仲を邪魔する両親はもういない。我慢しなくていいんだ。

 さあ、可愛いアリス一緒に行こう。な?いい子だから」


「は?キモ」


「…ん?…なんと、言った?」


「気持ち悪い‼︎ 誰があんたなんか!さっさと消えてよ!

 何度もきて、お父様もお母様も、いつも迷惑していたのよ!

 しかも、何を勘違いしてるの?超きもい!あんたなんか大嫌いよ!」


「ぶはっ‼︎ あはははははっ!…あ〜、よく言ったアリスティア」


「な、ななななっ‼︎ 」


「お帰り願いましょうか、男爵殿」


「は?おい、なんで剣を抜いて…」


「接近禁止令が出ているにも関わらず、何度伯爵家に金の無心に来ていました?

 その度にアリスティアに、気持ちの悪い視線を送っていたのを

 俺が気づかないとでも?もう、いい加減我慢の限界ですよ」


「ま、待てっ、帰る、帰るから!」


「二 度 と 来 る な。

 今度姿を見せたら正当防衛として遠慮なく殺す。

 俺は本気だ。分かったな?」


「は、はいっいぃぃ〜…」



情けない後ろ姿を見ながら、剣を鞘に戻す。

ガラガラと去って行く馬車を見送り、アリスティアの手を取り歩き出した。



「殺しておいた方が安全なんだがな…まあ、いいか。いつでも消せるし…」


「え?何か言った?」


「いいや」


「私…怒りに任せて、とても下品な言葉を使ってしまったわ…」


「はははっ、あの阿呆には、あれくらいでいいだろ。ほら、帰ってきたぞ」



そして、久しぶりの伯爵邸に足を踏み入れた。




* * * * * * *




俺は領地経営の教育は伯爵から学んでいたから、もう執務をこなしていた。

正直、机上作業より体を動かす方が向いているが仕方ない。

あの可愛いお姫様の為だ。


すると、ドアがノックされる。



「リオン?」


「ん〜?どうした?」


「ごめんなさい。お仕事中?」


「いいよ。少し休憩する」


「ねえ、私に我が儘になれって言ったでしょ?」


「うん。いい子ちゃんしなくていいってね」


「そ、それでね…」


「うん」


「いつも我慢してたお茶の時間のケーキ、3つも食べちゃったの!」


「………ん?」


「どうしよう、バチが当たるかしら…」


「ぶっはぁっ!はははははははははっ!」


「え?ちょっと、何笑ってるのっ‼︎ 」


「ははははっ、いや、だって、我が儘って…それくらいで?

 あ~〜〜可愛い。まだまだ、だなぁ〜〜〜はははははっ‼︎ 」


「で、でもっ嗜好品なのよっ!ケーキって凄く贅沢なのっ!

 甘いものは肌にも良くないから、1日1個ってお母様にも言われててっ!」


「はいはい。そんな事でバチ当たるって……じゃあ、俺なんか死刑じゃん」


「え」


「はあ~、まだ人並みのになるまで時間かかりそうだな。このネンネ姫は」


「ねえ…リオンは、どんな事を望んだの?」


「内緒」


「ええ?教えてよっ‼︎ ずるいわ、私ばっかり笑われるなんてっ!」


「いや、言えないから」


「どうして?」


「…聞きたいの?」


「はいっ‼︎」


「後悔すると思うけど」


「…え…どういう感じのことなの?」


「下品なこと」


「分かりました。遠慮します」


「何だよ、急に冷静になるなよ。じゃあ、教えてやるわ。

 俺はアリスティアと…」


「いやーーーーーっ‼︎ 聞きたくないっ‼︎ 」


「あ、逃げた」



こんなくだらない毎日の会話で、私たちは少しずつ従僕と令嬢ではなく、

友人以上恋人未満のような関係を深めていった。




* * * * * * *




領地視察の帰り道、二人で馬に相乗りしながら、

流れる景色をのんびり見ていた。

ふと、後ろから私を支えながら手綱を掴むリオンの腕が視界に入り、

私は気になることを聞いてみた。



「リオンって、もう腕はほとんど完治してるんでしょ?」


「あ?ああ」


「騎士に、戻りたくないの?」


「もういい。あの組織が肌に合わねーから」


「そうなの…」


「お前の為に戻らないんじゃねぇよ。気にするな」


「私専属のままで、満足ってこと?」


「うん。元々強くなりたくて、騎士になったんだし」


「強く?」


「俺、母親いないだろ?」


「え、ええ」


「殺されたんだ。俺の目の前で」


「…!っ、……」


「街で買い物中に、護衛騎士もいたのに隙をついて襲われた。

 相手は、その日食うのにも困っている平民。

 貴族だから、金目の物があるとでも思ったんだろう。

 俺はまだ子供で…何もできなくて…母は俺を庇って刺されて死んだ」


「……だから、騎士に?」


「そう。もう二度と大切な人を失わない為に、守る力が欲しかった。

 強くなれるなら、手段は何でも良かったんだ」


「…リオ…ン…」


「騎士はもうやめたけど、アリスティアは絶対に守ってやる。

 だから、安心して自分の生きたいように生きろ」


「だ、だめよ。そんなのっ!私ばかりっ!あなたのことは誰が守ってあげるの?

 リオンは何か不得意なことないの?私がその部分を守ってあげるからっ」


「…じゃあ、暗闇が怖いから毎日一緒に寝て」


「え…それ、本当なの?」


「うん」


「え〜……」


「なんだよ」


「ふふっ、子供みたい。暗闇が怖いなんてっ!」


「そうだよ。だから一緒に寝ようアリスティア」


「もう、あなたって、何言っても茶化して返すのね!私を揶揄って楽しい?」


「何?俺に勝ちたいの?」


「悔しいんだもの!」


「ふふっ、可愛い」



体を屈め彼女の耳に口付けすると、体がピョンッと跳ね上がる。

この可愛い反応にもっと虐めてやりたくなるが、

程々にしないと、このクソ真面目なお嬢様には嫌われる可能性がある。

俺はグッとここで我慢した。



「な、何っ⁉︎ 今、みみみみ耳にっ!」


「ほら、馬から落ちるぞ、暴れるな」


「リオンっ‼︎ い、今に見てなさい!」


「はいはい。楽しみにしてるよ」




* * * * * * *




「お綺麗です、アリスティア様」


「サマラ、私悔しいわ」


「どうしたのですか?こんな晴れ舞台の日に…」


「だって、一度もリオンに口喧嘩で勝てないのよ」


「ふふふっ、まあ…」


「あーいえばこーいう…何なのかしら、あの頭の回転の速さ」


「お嬢様も随分、自己主張するようになりましたわね。

 表情がくるくる変わって、いっそう可愛らしくなられました。

 サマラは嬉しいです」


「そ、そう?リオンは、まだまだだって言うけどっ」


「リオン様は、わざと煽っていらっしゃるんですよ」


「…わざとって、どういう事?」


「お嬢様が怒るような事をわざと言って、

 感情を出させているような気がします」


「…そう、なの?」


「お嬢様が大好きなんですねぇ…ふふっ」


「…………」


「さ、行きましょう。リオン様がお待ちですよ」


「う、うん」



婚約から1年後。私は16歳になり成人した。

そして、今日はリオンと私の結婚式。

長く伸びた赤い絨毯のバージンロードの先の壇上に、

白い騎士服を着こなした、リオンが待っていた。


かっこいい…


前から綺麗な人だと思ってたけど…何あれ。

少しだけ微笑んで、優しい紫の瞳が私を見ている。


リオンに差し出された手に、自分の手を乗せる。

感覚がふわふわして、何だか…夢みたいだわ。


叶うことなら、お父様とお母様にも見てもらいたかった。


初めての誓いの口付けは、何だか夢心地で良く覚えていなかったし、

その後のささやかなガーデンパーティーも、夢みたいだった。

私はずっと笑っていた。そして、みんなも笑顔で祝ってくれて…

ああ、そうか。私、幸せなんだわ。


ふわふわした気分のまま、私は初夜を迎えた。



「あ〜疲れた…」



バタンとドアが閉まり、リオンが寝室に入ってきた。

彼は乱暴に上着を脱いで、ソファに投げる。

もう私は初夜用の清めは終わっており、寝間着姿だった。



「俺も体洗ってくるわ。疲れてたら先に寝ていいぞ」


「え?あ、うん」



あれ?

初夜って…男女の行為をするんじゃなかったっけ?

もしかして、リオン、私のことまだ子供だと思ってる?

ムッとしたが、反面ホッとしたのも事実だった。


それに、楽しかったけど、慣れない環境で…疲れた…



「…い…おい、おいっ!」


「……ん…な、にぃ……う〜…ん…」


「本当に寝るって、どういうつもりだよ、てめぇ」


「寝ていいって…リオンが…言った!…おやすみぃ…」


「待て待て、起きろ」



寝ていいと言われたのに、リオンに揺り起こされた。

不機嫌な寝起きで半目の私に、お風呂上がりで色気たっぷりの

リオンが覆いかぶさっている。



「今夜は何か、わかってる?」


「初夜、でしょお?ふあぁ〜…」


「ほお、いい度胸してんな。お前」


「なぁによぉ、いっつも子供扱いしてるくせにぃっ!」


「してねーよ」


「してるっ!」


「今夜から、妻として扱うから拗ねるな…俺だってずっと…我慢してたんだ」


「我慢?なんで?」


「未成年に手を出せないだろ。馬鹿が」


「馬鹿じゃないもん!」


「お前まだ寝ぼけてるな…

 じゃあ、いいんだな?俺がこれからすること、嫌がるなよ?」


「うん、だって夫婦になるんでしょ?」


「よし、言質取ったぞ?」


「…リオン…」


「ん?」


「私、ちゃんとあなたが好きだから、心配しないで…」


「……………」


「何があっても嫌いにならないから、私のこと子供扱いしないで。

 ちゃんと女性として見てよ…」


「見てるよ。ずっと前から…ったく、何の苦行だと思ったよ。

 人の気も知らないで…」


「え…」


「ずっと前から好きだったよ。アリスティア」


「ほんと?」


「なんだよ、冗談言ってたと思ってんのか」


「ううん。私も好き」


「ふふっ、可愛い奴め…」



妖艶に笑うリオンに結婚式の誓いの口付けより、深い口付けを何度もされた。

その後のことは、よく覚えていない。

何だか訳がわからないうちに朝になって、裸の彼に抱き締められていて、

目が覚めた後は、すごく体のことを心配された。


こうして、リオンと私は夫婦となった。




* * * * * * *




いい子ちゃんを脱し始めた、アリスティアは好奇心旺盛で、

商会と懇意にし、新しいお菓子や雑貨やアクセサリーを発見したり、

新たに開発したりしていた。


そして、貴族間のお茶会の交流に頻繁に出るようになった。

無垢で気弱で人に流されやすかった以前の彼女は鳴りを潜め、

俺との口喧嘩の成果か、口達者になり駆け引き上手になっていた。


今では茶会に引っ張り凧で、新しい物好きの令嬢達に、

魅力的な商品の話題でその場を盛り上げ、広告塔の役割も担っていた。



「ただいま〜」


「おかえり。お茶会楽しかった?」


「うん!また新しいアクセサリー売れたわ」


「商売上手だな…」


「でも、ケーキまた3つも食べちゃった!」


「はははっ、悪い子だな」


「晩餐はシェフにお願いして、少なめにしてもらわなきゃ…」


「大丈夫だよ。アリスティアは細いから」


「まあ〜、そうやって油断してるとあっという間に太るのよ!」



貴族らしい本音と建前を使い分ける、強かさを身につけるようになったが、

彼女は俺の前では、可愛らしいままだった。


偽りの光。傀儡の天使。


それでも、彼女の存在は救いの光だった。

でも、俺にとってはどちらの彼女も偽りではなかった。



「あ、昔あなたの部下だった騎士団員の人にね、王宮で会ったわ」


「そうか、何か言われなかったか?」


「あいつ元気ですか?戦えない落ちぶれた騎士でも、あなたのような

 令嬢に見初められて、やっぱ外見がいい男は徳ですよね。ですって」


「…相手にしなくていいぞ、あんな奴ら」


「腕はもう完治してるし、とっても強いの!私をいつも守ってくれて、 

 優しくて、私にはもったいない夫です。彼が優秀だからって妬んで、

 忠誠心より私情を優先して彼を貶めた、騎士の風上にも置けない

 あなた方には、彼が騎士を辞める機会を与えていただいて、

 心から感謝していますわっ‼︎ って笑顔で言ってやったわ!ふんっ」


「はははははっ、全く…強くなりすぎだろ」


「本当のことよ。リオンは何も悪くないじゃない。

 もっと言ってやればよかったわ」



すっかり逞しくなった、アリスティアを抱き上げる。

彼女は照れることなく、俺の額に口付けを落とす。



「今のリオンを見て、お母様はきっと誇りに思っているわ。

 私にもし息子がいたら、絶対誇らしいもの」


「そうかな…だといいけど。でも、あまり周りに噛みつくな。

 俺のことで、要らぬ敵を作るかもしれない」


「嫌よ。私もあなたを守るって言ったでしょ?」


「俺は、お前に守ってもらうほど弱くないぞ」


「あら、でもリオン暗闇が怖いんでしょう?」


「あ、てめぇ」


「うっふふっ♪ 私の勝ちね!」



最近…こいつに敵わなくなってきた。


純粋で無垢で善良だった深窓の令嬢は、

実直で策士な才女になった。



今の俺は、

この先、愛らしい妻に振り回され続ける

幸せな人生になることをまだ知らない。





最後までご拝読、ありがとうございました。

可愛い二人のやり取りにニヤニヤしていただいたら幸いです。

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