水鏡
「お前ぇ……どうしてぇ……!?」
胴体を貫く刀が、ゆっくりと傷を抉る様に捩じ込まれていく。
「策士策に溺れるとはこの事ね。彼にずっと張り付いていた事、私が気づいていないとでも思った?」
そして、無理矢理引き抜かれる。
「ぶっ」
糸の切れた人形の様に力無く地面に倒れ伏す。さっきまでと違い、明らかにダメージを受けている。
いや、それよりも。
「ずっと張り付いていた……?」
「そう。最初に切り落とした時に、一本だけ貴方の頭髪に紛れ込んでいた。そいつが本体だったわけ」
そりゃあいくら走っても結界から出られる気配がしないし何度も目の前に現れる訳よね、と彼女は鼻で笑う。
「タネが割れたらこの程度。悪知恵と回復速度しか取り柄のないただのタコよ」
「た、タコ?」
「………知らないのなら良い」
ただ僕からしたら彼女の手品の方もネタバラシして欲しい。どうやって僕とこの化け物の目を欺いたのだろうか。
「お……の、れ……」
「ん?」
「おのれぇっ!」
怨嗟の籠った声がした次の瞬間、風を切る音が。それとほぼ同時に、僕の目の前で何かがぶつかり合う。
一瞬だけ見えた。刀と触手だ。
「チッ、コアは潰した筈でしょう。ハイエンドじゃあるまいし」
コア。魔獣の体内にあるとされる、魔素の供給器官。やはり目の前のコイツは魔獣なのか。
しかし、それだと変だ。
コアは基本的に一体の魔獣に一つ。それを破壊されたのなら、肉体を維持できずそろそろ崩壊を起こしてもおかしくない筈だ。
だというのに、目の前のコイツは何だ。
胸の傷からは絶えず魔素が漏れているあたり、確かに彼女はコイツのコアに深刻なダメージを与えている。しかし、一向に肉体の崩壊が始まらない。
「(そもそもコイツ、何で当たり前の様に人語を話しているんだ?)」
傷から漏れる液状の魔素とコア、どれも魔獣の特徴だ。
しかし人語を理解し、使いこなす魔獣なんて聞いたことがない。
「その、ハイエンドだとしたら?」
「冗談」
目にも止まらぬ速さで繰り出される触手による斬撃を、全て刀で弾き返す。
両者とも凄まじいスピードだが、目の前の彼女の方が一枚上手な様だ。
攻撃を仕掛けた筈の触手は、逆に先端が切り落とされている。
しかし、数秒と待たずに元通りに再生してしまう。
「別に、まだコアがあるのか」
また右目が熱くなる。漸く治りかけていたのに、また視界が。
瞬きして見えたその光景にゾッとする。
目の前の彼女が、僕の背後から伸びる触手に脇腹を貫かれてしまっている。
どうやら避けようと体を捻った様だが、避け切れていない。
ビシッ
「危ない!後ろ!」
僕の声に遅れている方の彼女が振り返る。次の瞬間、僕たちの背後にある扉が決壊する。
「ッ!」
襲いかかる触手を刀で迎撃する。
胴体を貫かんと放たれた刺突は軌道をずらされ、彼女のフードを引き裂きながら、その勢いのまま壁に突き刺さる。
同時にフードの中に隠れていた彼女の長髪が現れ、何か固いものが床に落下する。
「刀が!」
刀の刀身が、丁度真ん中あたりで折れてしまっている。
「形勢……逆転って、とこねぇ?」
ボタボタと魔素を垂れ流しながら化け物は笑う。
「さっきはよくも甚振ってくれたなぁ?楽には死ねんと思え」
勝ちを確信したのか、舌舐めずりする様に触手をクネクネと顔の前でくねらせている。
しかし、目の前の彼女は一歩も動かず、自身の髪をそっと撫でる。
「言った側から、また油断」
馬鹿は○ななきゃ治らない(おい!)
ハイエンド・・・他の魔獣とは一線を画する強大な魔獣。体内に複数のコアを保有し、また魔素とは別の禍々しい黒い粒子を使用しているとの情報がある。現在2体の存在が確認されており、内1体は既に討伐されている。




