8話:完璧と新居
【サクラ】
「あたしのは?♡」
ベラちゃんばかりに焦点を当てていたからか、モネちゃんが軽く聞いてきた。
軽い調子だけど、部屋の空気は変わり、少し鳥肌が立つくらいだった。
端末でモネちゃんの結果が書かれたページに行き、私は一瞬だけ思考を止めた。
モネちゃんは説明する必要がない。
数値も波形も、挙動も。全てが嘘をつかず、完璧だから。
能力の発言条件も、影響範囲も本人の意思と完全に同期している。無駄も、漏れもない。
それは扱えているというより──。
「....モネちゃんは問題ないよ」
それだけで十分な言葉。モネちゃんは一瞬だけ眉を上げて、小さく笑った。
説明されないことが、軽く扱われているわけじゃないって、ちゃんと分かっている。
管理する側から見ても、完成している能力。
体と頭が合っていないベラちゃんに対して、モネちゃんは必要な分を自分で循環させている。
同じ場所にいて、同じ時間に能力を使っても結果がまるで違う。
この2人は生まれる前から、出会う運命だったのかもしれない。
片方が溢れ、片方が制御する。偶然にしては出来すぎな気もする。
「今日はもう解散しよっか。2人ともゆっくり休むように」
私は2人よりも先に、扉へ向かった。
背中越しに返事は聞かない。必要ない。
【11月11日・13時58分】
扉が閉まる音がして、足音も遠ざかる。
それだけで部屋の空気が少し緩んだ。
「あ''ぁ''ー」
「圧迫感えげつなかったな♡」
ベラは背もたれに体を預け、ゆっくりと視線を天井に向けた。モネも深く腰を沈め、足を組み直した。
張り詰めていた神経がひとつずつ解けていくのが分かる。
それから30分間、言葉はなかった。
無機質な部屋には、時計の針の音だけが響いている。
すると、時計の針の音に紛れて足音が聞こえてくる。
「水河と永井だ。入るぞ」
ドアが開き、2人が立っていた。
永井はこれまで通り、笑顔で手を振っている。水河は手を差し出し、告げた。
「このスマホから給料の確認をしておけ」
「....水河さん!♡」
モネが目をキラキラ輝かせている間に、ベラは給料の確認をした。
試験を受けただけでも、報酬は発生するらしい。
初めて持つスマホ。開いた瞬間、口座の画面が映った。
620000
画面いっぱいに表示された数字を、ベラはしばらく見つめていた。実感が湧くまでに、少し時間がかかった。
試験の記憶、イタチの生気。それから右腕の重さ。
それら全部が、この数字に繋がっている。
「モネ、給料入ってんで」
「2人で100万超えてんな♡」
永井は2人の様子を見て、満足そうに笑った。
ベラはスマホを閉じ、ポケットに入れた。重さはないのに、落とせないものを持っている気分だった。
モネは背伸びをして、椅子から立ち上がる。
「給料入ったしイケメンおるし、飲みに行こ!♡」
「せっかくだしー、第二観測課の他の人も誘っちゃう?」
水河は第二観測課で共有されているカレンダーを見ながら、その場の熱を冷ますように口を開いた。
「今日は解散だ。行くなら....明日だな」
一瞬だけ、間が落ちる。勢いで立ち上がっていたモネが、きょとんと瞬きをした。
ベラは否定も賛成もせず、水河を見つめている。
永井は空気を読んだのか、軽く笑って肩をすくめた。
「そっかー、じゃあ色んな人誘っとく!」
水河と永井はそれ以上何も言わず、扉の方へ視線を向ける。
その背中が、もう話は終わりだと告げているようだった。
モネは名残惜しそうに椅子を見て、それから右足を出した。
「あ!2人の寮だけど俺らと一緒だから!」
その一言で、場の雰囲気が少し跳ねた。
モネは反射的に顔を上げ、次の瞬間には口角が上がっている。そして視線は水河に真っ直ぐ向いていた。
水河は止まるどころか、ズカズカと歩き出している。
「立ち止まるな。早く来い」
「は〜い♡ 水河さんと同じとか....♡」
誰からも寮についての説明がなく、不安げに付いていくベラは右腕に触れながら歩いていく。
永井は最後に部屋を見回し、照明を落としてから扉を閉めた。
廊下に出ると、また無機質な空気に包まれる。足音が4つ、規則的に重なっていく。
誰も説明しない。
けれど、水河の背中を見ていれば、迷うことはないと分かる歩き方だった。行き先が決まっていて、途中で立ち止まるつもりもない。
モネは歩きながら、こっそりベラの方を見た。何か言いたげだったが、視線だけを返す。
しばらく進むと、壁の色がまた変わる。グレーから、オレンジとも茶色ともつかない、少し温度のある色に変わった。
生活する空間特有のほんのり人の気配が混じった空気に切り替わった。
「ここからは居住区間だ」
ベラは小さく息を吸う。寮、共同生活、仕事。
試験が終わっただけで、何も終わっていない。これから始まる、という覚悟を持った顔で進んでいく。
モネは楽しそうに周囲を見渡している。知らない場所、知らない規則。
それすらがイベントの一部みたいに受け取っている顔だ。
「よっしゃ、ここが君たちの新しいお家でーす!」




