6話:謝罪と心配
「もう終わった?」
ベラはゆっくり瞬きをし、焦点の合わない目で天井を見つめたあと、首だけ少し動かしてモネを見た。
声は掠れていたが、意識ははっきりしている。
モネは思わず笑い、しゃがんだまま肩をすくめた。
「終わったで♡ びっくりするくらい、あっけなかった♡」
遅れて状況を思い出したベラは眉をひそめ、体を起こそうとして途中でやめた。
まだ力が入りきっていなかった。
イタチと龍のことを尋ねると、モネは軽く頷く。龍もイタチと同じで、砂のように消えたらしい。
口調も表情もいつも通り。けれど瞳の奥だけが、不思議なほど落ち着いていた。
ベラは、かろうじて動く左手でモネの頬を撫でる。
試験が終わったと聞いて、ようやく深く息を吐いた。
頭の奥がじんわりと痛む。体よりも、情報量に神経が疲弊していた。
静まり返った空間に2人きり。
ベラはゆっくりと体を起こし、モネの頬を軽く弄る。
ふざけた仕草の裏に、わずかな心配が滲んでいた。
モネはされるがまま、笑っている。
だが、その笑顔には、どこか線を引いたような静けさがあった。
「次は一緒にやろな」
「そうやで!さっき''次からは協力しようね''って言われたもん♡」
その瞬間、壁が歪み、空気が押し広げられる。低い足音が2つ、床に落ちた。
黒いサングラスの男 ──水河が、無駄のない動きで近づいてくる。
手に持った端末を確認して、短く告げた。
「水河です。回収します」
それだけ言って、ベラの前に膝をつく。
感情の揺れがない視線で、ベラの状態を確認した。
頬の傷にガーゼを当て、右腕をクッション材と副木で固定していった。
少し遅れて、金髪の男 ──永井が周囲を見渡す。
壊れた床を避けるように歩き、モネの近くへ歩み寄った。
「可愛い割に結構やったね〜!」
水河は何も返さない。ベラの処置を終え、一歩下がってそのまま謝罪する。
「永井がやりすぎたな....。すまなかった」
ベラは記憶を辿っても、謝れる理由が思い浮かばない。
水河の方をじっと見つめたまま、瞬きをする。
疑問を口にすると、永井はモネからも視線を逸らし、後頭部を掻いた。
「イタチは僕が出してたんだよね....。まじでごめんね」
言葉を濁したまま、壊れた床に目を向ける。水河に続いて、ベラに謝罪を重ねた。
さっきまでの軽さは、驚くほど影に潜んでいた。
そこへ、モネが笑顔で割り込む。ベラは死んでいない、と。
ベラ自身もそれに頷いた。
「化け物の強さ知れたから十分やって」
その言葉に水河の口角が上がる。強がりでも、冗談でもない、確かな意思だった。
モネはベラの腕に視線を落とす。
固定されたそれを持ち上げようとして、すぐにやめた。思っていたより、ずっしりと重かったのだ。
モネは一瞬だけ眉を寄せたあと、何でもないように笑った。
「ちゃんと治るやつやろ♡」
軽く言いながらも、その視線は腕から離れない。
水河が立ち上がり、背後の空間を一瞥する。
試験場だった場所は、すでに役目を終えたように静まり返っていた。
「移動するぞ。医療区間でしっかりした治療を受けろ」
壁に淡い光とともに、出口の輪郭が浮かび上がる。
空気が切り替わる感覚に、ベラは1度だけ深呼吸をした。
立ち上がろうとして、バランスを崩しそうになるが、モネがそれを支えた。
肩を貸し、ベラの頭を撫でる。
「....次は倒れへんから」
「次は、協力やもんな♡」
モネは横目で見て、にっと笑う。2人は並んで光の方へ踏み出した。
背後で永井が小さく笑い、水河もまた端末に軽く告げた。
「医療区間に運びます」
【11月11日・9時12分】
医療区間は、試験場とは別世界みたいに普通の部屋だった。
小学校や中学校にある保健室に近い。
空気が少しだけ冷たく、消毒薬の匂いが微かに混じっていた。
ベラは簡易ベッドに腰を下ろし、モネはすぐ横に立っている。
「もうすぐで、ひよりん来るから、ちょい待ちだよーん」
「ひよりん....ってだれ?」
永井はベッド横の棚にもたれ、軽く指を振った。
「医療区間の先生。優しいけど変な人だよ」
「ひよりんじゃなくて、神崎日和先生だ。ばか」
水河が淡々と訂正し、永井の頭を軽く小突く。
その様子を見て、ベラが軽く微笑んだ。
モネは視線を落とし、固定されたベラの腕を見る。
クッション材と副木に包まれた腕を、まるで子供をあやすようにそっと撫でた。
「これ治るかな....♡」
モネの声は小さかった。
ベラは一瞬だけ腕に視線を落とし、モネの方へ左手を伸ばした。
「そんな心配せんでええわ」
そう言いながらも、無意識に体を庇う仕草が出ている。
モネはそれに気づいて、何も言わず、もう1度だけ指先で腕を撫でた。
そのとき、扉の向こうから足音が聞こえた。ガチャ、と扉が開かれる。
そこには、白いシャツを着た綺麗な女性が立っていた。
髪はサラッと伸びていて、少し眠たそうな目をしている。
けれど、その視線は入室した瞬間にベラの状態を正確に捉えていた。
「医療区間担当の神崎 日和。骨折した感じー?」




