5話:手と勝利
時系列おかしく感じるかもですが、ベラが戦っている間モネもちょいちょい戦ってました。
【〇月〇日・〇時〇分】
「え、ベラ終わるん早すぎ♡」
龍はギョロっとした目で、モネを見つめている。
その視線は鋭く、ただ見ているだけなのに、皮膚の奥まで舐め回されているような感覚がした。
「....むっちゃ見てくるやん♡」
軽口を叩きながら、モネは一歩、無意識に後ろへ下がっていた。
さっきまでベラとイタチが戦っていた場所に、もう敵はいない。なのに、空気はむしろ重くなっている。
龍はゆっくりと首を傾げた。
骨が擦れるような音が響き、長い胴体が空中を舞う。
「そんな見られても、かわいく照れるだけやで?♡」
笑ってみせるが、心臓は正直だった。ドクンと、一度強く脈打つ。
この龍は、さっきのイタチとは違う。
速さでも力でもない。
存在そのものが、圧倒的だった。
「ベラ、起きてへんもんな....♡」
視線を一瞬だけ、倒れたベラの方へ向ける。
動いていない。胸がきゅっと縮んだ。
次の瞬間、空気が裂けた。尾を横薙ぎに払い、大量の風がモネを襲う。
モネは反射的に跳んだ。
着地と同時に、足元の床が崩れる。バランスをとる間もなく、龍の爪が振り下ろされた。
ギリギリ躱した。風圧で髪が乱れ、ジャージが大きくはためく。
──あ、これ。遊ばれてんのか。
龍は追撃しない。ただ高みから、モネを見下ろしているだけだった。
そこにあるのは完全な余裕。モネは息をひとつ吐いた。
笑みを浮かべたまま、左足を横へずらす。
さっきまでの軽さとは違う感情が、ゆっくりと立ち上がってきた。
「ベラの前でさぁ.... 調子乗るん好きちゃうねん」
モネが正面から距離を詰めていた。龍の目が少しだけ細まる。
威圧でも、警戒でもない。ただ興味を持った、という色。
モネはそれを逃さなかった。
「あ、初めて目合ったな♡」
そう呟いた瞬間、モネの体から金属同士が擦れるような音が響いた。
ジャージの内側で、何かが確実に変質していく。
龍に向かって全力で走り出した。
モネの踏み込みは、さっきまでと質が違った。軽い足音とは逆に、龍に向ける視線はとても重たかった。
モネの息はひとつも乱れていなかった。むしろ、静かだ。
龍が大きく体をしならせ、後方へ距離を取ろうとする。
「逃げんでええやん♡」
モネは跳ばない。振りかぶらず、腰も入れない。
ただ前に出て、手を伸ばした。その手は、龍の胴体を突き刺していた。
感触は、肉でも骨でもなかった。分厚い何かを、当然のように貫いた感覚。
龍の動きは止まった。
巨体が空中でわずかに揺れ、次の動作を探すみたいに首が彷徨う。
遅い。
モネの手は、まだ胴体の中にあった。
押し込んでもいない。力を足した覚えもない。
「さっきまであんたが上や思ってたやろ♡」
手首をほんの少し捻った。それだけで、龍の体が大きく揺れる。
空中に保たれていた胴が、力を失う。支えをなくした巨体が、ゆっくりと傾いていった。
モネはその前に手を抜く。
龍は床に伏した。
衝撃音は大きいのに、不思議と空気は静まり返っている。
モネは一歩だけ近づく。倒れた龍を見下ろし、首を傾げた。
「これで試験終わりなんかな?♡」
龍は動かない。
やがて輪郭が崩れ、砂のように静かに消えていった。
龍が完全に消えたあとも、しばらく音は戻らなかった。
さっきまで張り詰めていた空気だけが遅れてほどけていく。
モネは肩をすくめた。
「あっけなすぎ....♡」
ジャージの袖口を軽く引っ張り、手を確かめる。もう硬さは残っていない。
金属の感触も、あの冷たい感覚も、跡形なく消えていた。
倒れているベラの方へ歩いていく。
ベラの胸はちゃんと上下している。それを見て、ようやく息を吐いた。
「よかった」
ポツリと零れた声は、さっきまでの軽さとは違っていた。
天井のどこかで低い音が鳴る。機械的なブザーだ。
壁一面に、サクラの姿が映し出された。
「お疲れ様。今迎えを向かわせたからね」
サクラの様子は、いつも通り穏やかな笑みを浮かべている。
けれど、その視線だけはモネから一瞬も外さなかった。
「想像以上に2人とも早かったね」
「 ''満足するまで'' って、あれ脅し?♡」
その言葉にサクラは、今にも声を出して笑いそうになっていた。
モネは、サクラに喧嘩を売るような顔で見ている。
「私は十分、満足したからね」
画面が切り替わり、詳細な数値が並ぶ。書いてある意味は分からない。
けれど、自分の戦いが評価されたことだけは、はっきりと伝わる。
「能力の制御、出力、判断速度。どれも問題なし。だけど....」
一拍置いて、サクラは言葉を続ける。
モネは黙って聞いた。この人が言う ''だけど'' は碌なことじゃない。
それを分かっていた。
「次からは単独行動じゃなくて、協力しようね。じゃないと、君は強すぎるから」
「は〜い♡」
軽い返事をして、モネは視線をベラへ戻した。
相変わらず床に横たわったまま、胸は上下している。
「ベラー?♡」
一瞬だけ迷ってから、モネはしゃがみ込む。
さっきより少しだけ近い距離でベラの顔を覗いた。
「もう終わった?」




