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第8話

『いだだ……っ!』

『何やってるの……大丈夫?』

 どうやらプリンが転んだらしい。風を切る音が止み、一人分の足音だけが聞こえてきた。

『ち……違うの。暗くて良く見えないけど、なんか足に……!』

『! くくり罠だわ』

 二人の声に、緊張が走る。

『動かないで。今ナイフで切るから——』

 何か、ポップコーンが跳ねたような小さな音が聞こえた気がした。ありすの声は急に息を呑むように切れて、すぐに何かにぶつかったような音がきこえてきた。

『あ……ありす!』

 プリンの縋り付くような必死めいた声。しかし、ありすから返事はなかった。

『う、嘘。撃たれ……?』

 プリンの声は震えていた。ありすの返事はやはりない。

『……『レッド』だ。やっぱりバレてた……!』

 先程の軽い音は、サプレッサーを装着した銃声だったのだろう。ぶつかったような音が地面に倒れた音だとすれば、ありすは撃たれて死んでしまったのかもしれない。他の者の声や靴音は聞こえてこないことから、どうやら姿を見せずに狙撃されたようだった。

 先刻イヤホンを通じて流れた大きな電子音は、静かな夜の道に響いたはずだ。当然、朱宮の耳にも届いただろう。すぐに殺さずにこうして罠に嵌めるのは、いかにも陰険な『レッド』らしい。

『……ありす、ナイフ借りるね』

 プリンは小さな声で囁いた。返事はない。続けてごそごそと、小さく衣擦れの音が聞こえてきた。プリンは借りるにあたって、律儀に死体に声を掛けたようだった。足に絡んだくくり罠のワイヤーか何かを切ろうとしているのだろう。プリンの所持している爆弾や千枚通しは、どれも細い物を切るのには適さない。

『あちし、プレゼントと一緒にあんたの気持ちもちゃんとキャプテンに伝えてあげる。朱宮の首を取ってあんたの仇もとってあげるから、安心してよね』

 プリンは死体となったありすに語り続けていた。まるで『ブルー』の子のようなことを言うな、とティアラは思った。『ラビット』は個々人が『楽しいこと』を追求する組織であって、仲間なんて概念とは無縁であるはずなのに。

『キャプテンの喜ぶ顔、あんたの分まできっちり目に焼き付けるから——』

『……呆れた。まさか朱宮さまを狙っていたの?』

 突然知らない声が乱入してきた。少し遠い。プリンの息を呑む音が、マイクを通じて臨場感を伴って聞こえてくる。直後、銃声が響いた。プリンの呻き声が、小さく漏れる。

『『レッド』……!』

『それ、ナイフじゃ切れないわよ。ペンチじゃないと。生半可な素材じゃ、兎はともかく獰猛な獣は引き千切ってしまうもの。……つまり、貴方は逃げられないということです』

 プリンの呼吸音が速くなっている。命に関わる程の重篤な怪我ではないようだが、どこかしら撃たれたようだった。

『な、なんで……? 朱宮は?』

 『レッド』の言葉に取り合うことなく、プリンは首を振って朱宮の姿を探しているようだった。その様子からして、どうやら朱宮はその場にいないらしい。

『貴方達、四日前から『レッド』の周りをうろちょろとしていたそうね? 人数は多い時で四人、少ない時で二人。武装は最小限、決まって双眼鏡を所持。全部朱宮さまから聞いているわ』

『……え……』

『まさかバレてないとでも思ってた? 隠密行動で『レッド』に敵うわけないじゃないですか』

 ため息交じりの声が聞こえてくる。プリンは言葉を失っているようだった。実際、四人はかなり慎重に偵察を行っていた。念を入れて遠くから観察するようにし、空き家の中や高台など見つかりにくい場所を選んだ。行き帰りの道ですら『レッド』の者に近づくことを避け、すれ違うことも一度もなかった。違和感を持たれた素振りもなかったはずだ。……しかし、どうやらそれは全て演技だったらしい。

『今日は双眼鏡を所持していなかったから、何かしら行動を起こすだろうと踏んだのです。でもまさか、自分達から大きな音を鳴らして居場所を知らせるなんてね……』

 足音がくっきりときこえた。『レッド』の者がプリンの近くに来たようだ。

『もうハッキリと言うわ。貴方達、他の組織と手を組んでいるのではないかしら』

『え……?』

『まず、『ラビット』が偵察紛いのことをすること自体が可笑しいのです。愉悦を求めてばかりの貴方達が計画性を持った行動をするなんて、普段の傾向からは考えられません。しかも決まった顔、ましてや複数人で行動するなんて。少なくとも私は初めて見たわ。他の組織にそうするように指示された、もしくは貴方達は本当は『ラビット』のメンバーではないのではないですか?』

『な、なに言ってるの……。あちし達はちゃんと『ラビット』のメンバーで……偵察は、キャプテンのために……』

『さらに、朱宮さまのような大物を狙っていたというのも解せません。貴方達は組織間の抗争に頓着せず、その辺りにいる適当な相手を殺してまわるのが常じゃないですか。それなのに急に我々のトップを狙うとは、一体どういう風の吹き回しですか?』

 ぐ、とプリンの呻く声がマイクに籠って聞こえてきた。撃たれた箇所が痛むのだろう。

『先程の大きな音を鳴らした件についても、いまいち目的が見えてきません。何か理由があるとすれば、囮、もしくは誰かへの合図。……それらを鑑みると、やはり貴方達は誰かと手を組んでいて、朱宮さまを殺す契約を取り交わしたとみるのが妥当でしょう。もしくは貴方達自体が『ラビット』に扮したどこかの組織の者で、朱宮さま殺しの容疑を『ラビット』に押し付けるのが目的かもしれません。……勿論、この推論は異なっている可能性も高いです。ですがもしこの懸念が事実だった場合、些細な事とはいえ『レッド』の情報がどこかの組織に渡ったことになりますからね。私達としては、看過できないのです』

 再び発砲音が鳴り響いた。プリンの言葉にならない小さな声、そして地面に倒れたような音が聞こえてきた。

『……ふん、下手くそ……っ』

『何を言っているの? これはわざとよ。貴重な情報源を殺すわけないでしょ』

『あっ、何するの!』

 二人の応酬のあと、何やら地を踏む音や打つ音、縛る音や風を切る音などが引切り無しにきこえてきた。騒がしかった音は、やがて嘘のように静まった。

『捕縛完了。……あれ、爆弾。しかもこんなに……両手を撃っておいて良かった』

 どうやら『レッド』の少女がプリンを捕まえたようだ。先程の音は、プリンが抵抗しようとしていた音だったのだろう。遠かった『レッド』の少女の声は、プリンの声と然程変わらなくなっていた。

『言っとくけど、さっきのぜ~んぶ間違ってるからね。『レッド』って、実は馬鹿なんだね』

 プリンは負け惜しみのようにそう言い、ふんと鼻を鳴らした。

『その勢いがいつまで持つかしらね』

 『レッド』の少女の言い方は、なんだか含みのあるものだった。

『……どういう意味?』

『自白剤はね、人によって効き目が違うの。だから我々が重視するのは、実は拷問の方よ。指や手や腕……一体何本失ったところで真実を口にするのでしょうね』

 プリンの返事はなかった。それから、ゴソ、と耳障りな籠った音が響く。

『ほら、インカム。どこかと通信していた証拠』

 イヤホンを奪われたらしい。『レッド』の少女の口との距離が近くなり、マイクははっきりと彼女の声を拾う。

『洗いざらい吐いてもらうわよ』

 ガン、と大きな重い音がしたかと思うと、音が全く聞こえてこなくなってしまった。恐らく破壊されたのだろう。いくら待てども、誰の声も何の音も発しない。静寂の中、ティアラはゆっくりと唇を尖らせた。

「……ひどい。ありすちゃんは即死だったから、プリンちゃんの叫び声、すっごく楽しみにしてたのに。しかも拷問なんて、絶対絶対聴きたかったのに……」

 あの可愛く素直さを体現したような声で、指を切られた痛み、そして腕を落とされる苦しみを全力で叫ぶ様を想像する。一体どんな断末魔の叫びを放ってくれていたのだろうか。『レッド』だけでそれを独り占めして楽しむなんて、ずるすぎる。

「はぁ。結局聴けたのはミラクちゃんだけだったなあ。でも……うん。可愛かったしすごく素敵だったから、ミラクちゃんだけでも満足かな」

 残念がっていた様子から立ち直り、ティアラはその顔に微笑みを浮かべた。後ろから差す月明かりが、頬を淡く照らし出す。

「録音出来なかったのは残念だけど……うん。まだ耳に残ってる。殴られる度に発せられる、泣き声混じりで、死への恐怖が滲む、可愛いミラクちゃんの声。痛さと苦しさの中で必死に生に縋り付くような……惨めで可憐で無様な叫び声……」

 ミラクの叫びを反芻するかのように、ティアラはその顔をうっとりとした悦びの表情に変えた。蕩ける瞳、緩む口。楽しさに溢れ、幸せに満ちた表情だった。

「……あ」

 しばらくそのまま浸っていたティアラは、やがて何かを思い出したようにはっと表情を変えた。呆けたまま、ぽつりと呟く。

「キャプテンのプレゼント、そういえば用意出来てない……。……どうしよう」




***




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