表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第5話

『ねえ~、ありす。ちょっと話さない?』

『……本当に緊張感ないわね。朱宮に声を聞かれたらまずいよ』

『大丈夫だよお、時間になったらちゃんと黙るから……』

 ミラクとティアラは薄群青色の大きな荷物を持ちながら、暗闇の中を進んで行く。依然として辺りに人影はなかった。二人だけの夜の道は静かで、その分イヤホンから聞こえる小さな声が耳によく響いた。

『……あちしね、人との距離感? が、下手くそなんだって』

 聞こえてきた声は、いつものテンションの高いものではなかった。

『あちしは普通にしてるつもりなんだよ? なのに、みーんな逃げていっちゃってさ。だからあちし、初対面で抱き着くのをやめて、人の前で物を壊してみせるのをやめて、知らない人に勝手に付いていくのもやめたんだ。……なのにさあ、なんにも変わんなかった。みんなあちしのことを変なものを見る目で見続けてた。あちしはどーしても人間のことがよくわからなかった。あちしは皆のことが大好きなだけなのに、なんで皆あんな視線を向けてくるんだろうって思ってた。今までで唯一逃げないであちしと話してくれたのは、たった一人、キャプテンだけだった。だからキャプテン以外の人とは、絶対関わらないようにしようって決めたの。あちしも相手も、嫌な思いをするだけだから』

 落ち着きながらもどこかふわふわとした声からは、イヤホンの向こうの表情を想像することは出来なかった。

『でも、キャプテンに最高のプレゼントを渡すことを思いついちゃって、それは一人じゃどうしても難しくて……。だから怖かったけど、勇気を出して声を掛けたの。だって、絶対にキャプテンに喜んで欲しかったから。あちし、唯一ちゃんとお話してくれたキツキちゃんのこと、大好きだったから……』

 その声色の優しさから、プリンが姫月を脳裏に思い起こしていることが伝わった。

『あちしね……あんた達に勇気を出して声を掛けて、良かったと思ってる。こうやってキャプテンに世界で最高のプレゼントを準備することが叶ったし、……それに……あんた達と……あちし、ちゃんと話せた』

 躊躇いがちにたどたどしく、しかしきちんと言葉にして、プリンは言った。

『みんな逃げないで一緒にいてくれた。あちし、すっごく嬉しかった。キャプテン以外で初めて、人といて楽しいと思えた。みんなでキャプテンのために計画を立てるのも、こうやって『レッド』みたいな作戦紛いのことをするのも。……今まで感じたことのないくらい、楽しい』

 ティアラはちらりとミラクの顔を窺った。ミラクは『ブルー』の少女に視線を落としたまま、静かに耳を傾け続けていた。

『みんな協力してくれて、ありがとうね。……キャプテンが喜ぶとこ、絶対写真に撮ろうね』

 イヤホン越しのはにかみながらの声は、穏やかだった。それに続いて、別の声が聞こえてくる。

『別に……逃げるとか逃げないとかじゃなくて、利害が一致したから一緒にいるだけでしょう。感謝するようなものじゃないと思うけど……』

 ありすはぶっきらぼうにそう言った。そして、少し声色を和ませて続ける。

『キャプテンをお祝いしたい気持ちは、皆一緒だもの。敵対組織の長達の首っていう特別なプレゼントを渡すなら、個人個人で用意するのは難しいしね……。……それに私、実は縹の首と朱宮の首を取るの、物凄く楽しみなの。私、死体が大好きだから……。絶対に一人じゃあお目に掛かれない死体よ? こんなにレアな死体、殺す場に立ち会う他ないでしょう……』

『ありす、ミーハーなんだね』

『ソーラーよ。……本当はコレクションしたいんだけど……今回はキャプテンに譲ることにするわ。私もキャプテンのこと、大好きだから』

 まるで語り掛けるようなゆったりとした口調で、ありすはそう言った。四人がこうして共に行動しているのは、プリンだけではなく、全員がそれを望んでいるからなのだ。

 相手が目の前にいないにも拘らず、ミラクは顔をあげるとにこやかに声をあげた。

「うんうん☆ みらくも皆といると楽しいから一緒にいるんだよ☆ 人を殺す以外で楽しいことがあるなんて知らなかった☆」

「てぃあもだよ。皆で一緒に行動するのも、悪くないね……。キャプテンの喜ぶ姿、楽しみだね」

「……あっ、てぃあらん段差注意してね。そろそろ階段にご到着だよ☆」

 暗闇を進んでいたミラクとティアラの前に、聳えるような長い階段が現れた。縹がトレーニングに使っている階段だ。優に百段は超えるのではないかという石段が、遥か上の方まで続いている。二人は仲間との会話に持っていかれていた意識を、目の前に広がる光景へと戻した。

「少しでも体力を削いでおきたいから、下じゃなくて上で待とうか。……『ブルー』の子を持ってあがるの、大変そうだね」

「うーん、ガンバガンバ☆ きっつんのためなら、みらく頑張れるよ☆」

「うん、じゃあのぼろうか。頑張ろう!」

 二人は『ブルー』の少女を抱えながら、階段を上り始めた。頭部側を持つミラクを先頭にして、足を持つティアラが続く。『ブルー』の面々のような体力のない『ラビット』の二人は、すぐに息が上がってしまった。……それでも、キャプテンに最高のプレゼントを届けるためだ。二人は休憩を挟みながら、気合でなんとか一番上まで上りきった。

「……ふうー。偵察の時は往復する縹を見ても何とも思わなかったけど、あのスピードで何周もしているの、凄いねえ……」

「……はー、はー。普段引きこもってばかりだから、一生分の運動したよお……」

 中腰になって息を整えるティアラの横で、ミラクは立っていられないとばかりにばたりと仰向けになった。制服が汚れるのも厭わず、横たえた『ブルー』の少女の隣に寝転がって大きく呼吸を繰り返す。二人は暫くの間そうして息を整えた。

「……あ」

 漸く呼吸も落ち着いてきた頃、上体を起こしたミラクが声を漏らした。ティアラもその声に、ミラクの方へと顔をあげる。

「ここの眺め……すごくいいね☆」

 石段の頂上から見渡す街は、まるで精巧な模型のようだった。暗闇の中、小さな木々や建物が街灯に照らされて、丸く円を描いている。明かりのついた窓、小さく動く人影、真っ暗で何も見えない雑木林。地平線まで続くその一つ一つに誰かの営みがあって、それを上から見下ろす様は壮観だった。涼しい風が吹き、ミラクの弧を描いたツインテールを揺らしていく。目の前に広がる景色の前では、なんだか空気も美味しい気がした。

「やっぱり、抜け出して『ラビット』に入って良かった。教祖をやらされ続けていたら、生贄を殺す以外の楽しさなんて知らなかったし、こんな景色は絶対見られなかったもの……」

 その独り言は、とても小さかった。ティアラはミラクに訊き返そうと顔を向け、彼女が目を細めて街を見渡しているのを見て、口を開くことをやめた。ティアラも階段の下へと顔を向け、街を見下ろす。夜の漆黒に飲まれる街。その中でもほのかな明かりを灯す窓。その光は、まるで少女達にとってのキャプテンのようだ。

「……ん?」

 ミラクは一点を見下ろし、身を乗り出した。

「あれ、なんか……こっちに近づいてきている人がいるよ?☆」

「えっ?」

 ティアラは慌てて階段から続く道の先へと視線を動かした。確かに、まだ少し距離はあるが、小さな人影がこちらに向かって歩いてきていた。

「縹……じゃなさそうだね?」

 暗くて良く見えないが、『ブルー』の特徴的な制服は遠目でもよくわかった。彼女が歩く度に長い袂が垂れて揺れ、帯の御太鼓が背中でこんもりと丸く突き出している。『ブルー』のメンバーではありそうだが、身長や髪型からしてお目当ての人物ではなさそうだった。

「普段なら一緒に遊ぶところだけど、キャプテンのためだし……今日は我慢しよ☆」

「うん。どこかに曲がってくれるといいね……」

 二人は豆粒のような頭を暫く追ってみたが、途中で脇道に逸れることはなかった。息を潜めて見守る二人と、むしろどんどんと距離が縮んでいく。しんと静まり返る中、ミラクは内緒話をするように口元へ手をあて、ティアラへと顔を寄せた。

「なんか……目的地、ここっぽいね☆」

「そうだね。どうしよう……?」

 うーんと困ったような顔をするティアラへ、ミラクは笑顔を向けた。

「作戦、変更しよっか☆ あの子に縹の首を取ってきてもらえばいいんじゃないかな☆」

「あ……なるほど。確かに、それなら全部解決だね」

 縹に自殺を強要するのではなく、『ブルー』のメンバーに縹を殺してきてもらえばいい。それならば脅す相手が変わっても、手に入るものは変わらない。

「うん☆ ってことで、縹が現れる前にちゃちゃっと話をつけよっか☆」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ