第3話
「決行は十九日ね! それまでは縹や朱宮をよく観察しよう。一人になるタイミングを調べておくの!」
これで計画はバッチリだ。弾んだ声が部屋に響き、少女達は胸を躍らせるように顔を明るくした。
「なんかスパイ映画みたいで、わくわくするね」
「みらく、観察日記の宿題得意だったよ! 任せて☆」
のほほんと同調するティアラ、ハイテンションで豪語するミラク。ありすは呆れた顔を浮かべた。
「あなた達、敵対組織の長達を見縊りすぎじゃない……?」
その言葉を受けて、正面のティアラがありすへと純粋な眼を向ける。
「でも、楽しそうだよね?」
『ラビット』のモットーは『楽しければそれでいい』、愉悦だ。四人の少女達にとって一番大事なことは、『楽しいか、そうでないか』。
「……まあ、そうね」
ありすは決まり悪そうに、小さく咳払いの真似事をした。
「キャプテンの喜ぶところも見たいし……楽しそうだし。その計画、やりがいはありそうよね」
何だかんだ言いつつも、ありすも『キャプテンへ最高のプレゼントを用意する計画』に胸を高鳴らせているのだ。しっかり乗り気なありすを見て、三人は密かに笑みを浮かべた。
「よーし、決まり! キャプテンにさいっこうのプレゼントを用意しよう、みんな!」
プリンは大きな声で高らかに宣言した。わくわくとした高揚感に跳ねる声、楽し気な満面の笑み。今からキャプテンの喜ぶ姿が待ちきれないと言わんばかりだった。
「おー!☆」
「お~」
「……おー」
三人のバラバラな声が後に続いた。お世辞にも息が合っているとは言えなかった。しかし足並みは揃わずとも、その顔は全員同じだった。期待に膨らむ、楽し気な笑み。四人とも同じ気持ちであることがわかる、瓜二つの表情だった。
こうして『ラビット』の四人は、日頃お世話になっている長に向けて『最高のプレゼント』を贈ることに決めたのだった。
***
とうとう訪れた、九月十九日。本日は姫月の誕生日の前日。つまり、『最高のプレゼント』を手に入れる計画の実行日である。
「さーて、ついにこの日が来たよ!」
初会合の時と同じ、シャンデリアが見下ろす洋風のデザインの部屋。『ラビット』のアジトの一室に、再び四人の少女が集結していた。プリンは声を張り上げた後、『ラビット』の仲間達を見渡した。その顔には、いつも通り笑みが浮かんでいる。
「あちし達の偵察はバッチリ! あとはサクッと縹と朱宮を殺すだけ!」
プリンは不敵に歯を見せた。
「どのインテリアにも負けないような生首を用意してやるんだから!」
プリンの意気込む声に、『ラビット』の面々は楽しそうな笑みで応えた。
「……で、今日は昨日話した作戦通りでいくの?」
ありすが自身のストレートヘアーを手で払って、プリンへと尋ねた。プリンは深く頷いた。
「一応おさらいしとこう。あちし達が観察した限り、深夜を除くと奴らが決まって一人になる時間は二十一時二十分から四十分の二十分間だったよね。縹はトレーニングのために五丁目の百段階段に現れ、朱宮は三丁目の小道を通っていつも何処かへ向かう。あちし達はそのタイミングで二人を襲って、生首を切り落とす!」
プリンは伸ばした手で、見えない獲物相手に豪快に虚空を切った。ミラクが「完璧~☆」と弾んだ声をあげた。
「縹と朱宮の一人になる時間が被っちゃったから、二手に分かれて襲うんだよね」
ティアラはそう確認しながら、手にしたサバイバルナイフの鞘を愛おし気に撫でた。
「うん! インカムでお互い連絡を取り合いながら進めるよ。何かあったらそっちに駆け付けよう」
四人の耳には、お揃いのワイヤレスイヤホンがついていた。左耳のイヤホンから短く伸びた先には、小さなマイクがついている。
「より楽しそうな方に集まりたいね☆」
「き……気持ちは分かるけど。ちゃんと縹と朱宮、両方の生首をゲットしなくちゃいけないんだからね? 自分の仕事は忘れないでね?」
「はーい☆」
プリンの念押しに、ミラクは軽い調子で返事をした。その横でありすは拳銃をホルスターへと仕舞った。プリンもその場にしゃがむと、カーペットの上に出しっぱなしだった小型爆弾の数々を腕に抱えた。それをパニエで広がるスカートのポケットへ、順に突っ込んでいった。さらに爆弾に交じって置かれていた千枚通しを持ちあげ、同じくポケットへと入れた。最後にミラクが自身の手に持つ中華包丁に視線を下ろし、軽い点検に代えた。四人は顔をあげ、お互いに視線を絡めた。全員準備が出来たようだ。どの顔も、期待に胸膨らむといった様子だった。口角は上がり、頬は紅潮し、瞳は輝いている。わくわくに満ちた心が抑えきれない——さあ、『楽しいこと』の始まりだ。
「キャプテンに、最高のプレゼントを贈るんだから!」
プリンは爽やかな笑顔と共に、もう何度目かわからない言葉を繰り返した。ここしばらく、プリンの脳内にはこの言葉しか存在していなかった。それは他の少女達も同じようで、待ちに待った瞬間がいよいよ迫って来ていることに胸を高鳴らせているようだった。四人の白黒の少女達は、飛び出すように部屋を後にした。向かうは『ブルー』と『レッド』の各リーダー、もとい未来の生首のもとだ。四人は笑いながら軽やかに廊下を走っていった。厚底が鳴らすその靴音さえ、楽し気に響き渡っていたのだった。
二十一時。ミラクとティアラは、空き家の壁に隠れて道の先を覗いていた。二人の視線の先には、一人の少女が壁に手をついて立っていた。右前ですらりと合わせている襟、長く垂れ緻密な模様が彩る袖。胸の下に結ばれた太い帯、フリルが縁取る短いプリーツスカート。二枚歯に鼻緒が特徴的な履き物を履き、頭には一輪の大きな花の簪を挿している。薄群青色を基調としているあの特徴的な制服は、『ブルー』のものである。どこかで一戦交えてきた後らしく、腹部や袂に血が滲んで赤く染まっていた。肩で息をしているように見えることからも、どうやら怪我を負っているらしかった。
「お誂え向きな子がいるね☆ きっと神はみらく達に味方してるんだよ☆ きっつんにスペシャルプレゼントを渡すように、ってね☆」
声を潜めながらも、ミラクは満足そうにハイテンションな声を漏らした。そして、共に隠れているティアラへと顔を向けた。
「てぃあらん、人質だから殺しちゃ駄目だよ?☆」
「うん、分かってるよ。ミラクちゃんも、我慢してね……」
「うん! モチロン☆」
二人で確認し合い、改めて壁の向こうへと顔を出す。『ブルー』の少女は石壁に手をついたまま項垂れていた。目を離す前から、一歩も動いていない。壁に寄りかかっていないと立っていられないのかもしれない。かと言って、治療や援護のために誰かが現れる気配もなかった。
「傷が深いのかな……」
『お? そっちは人質になりそうな子、見つけたの?』
耳に装着したイヤホンから、この場にはいないプリンの声が聞こえてきた。ミラクは嬉しそうに顔を晴らし、「うん☆」と元気よく返事をした。慌ててティアラが彼女の口へ手を伸ばし、「しーっ」と口元へ人差し指をあてた。ミラクは笑顔を絶やさないままだったが、今度はきちんと声を潜めてマイクへと囁いた。
「そっちはどうかな?☆」
『こっちは待機中だよ。まだ朱宮の姿はなくて、正直暇』
『もっと緊張感を持つべきじゃない?』
イヤホンを通してありすのため息が聞こえてきた。
『だってー、わくわくが抑えられないんだもん。あ~早く朱宮来ないかなあ~、あの首綺麗に切り落としたいな~あ』
『まだ時間になってないもの、来ないわよ。気持ちはわかるけどさ……』
イヤホン越しでも、二人の声が上擦っているのがわかった。待機が一番そわそわするのはミラクやティアラにも覚えがある。することがない時程意識がそればかりに向かい、落ち着かなくなってしまうのだ。
「じゃあみらく達は一足お先に楽しんでくるね☆」
ミラクは二人に遠慮することなく、無邪気に楽し気な笑みを浮かべた。そして、横のティアラを振り向く。
「てぃあらん、行こ行こ☆」
「うん……っ」
二人は高揚感に頬を紅潮させながら、空き家の陰を飛び出した。手負いの『ブルー』の少女目掛けて駆けていく。辺りは暗闇に包まれ、他の人影は依然としてなかった。戦闘慣れしている『ブルー』の一員らしく、薄群青色の少女は怪我を感じさせない動きで即座に顔をあげた。