第2話
興奮した声が次々とあがる。わあわあと盛り上がる少女達を前にして、ありすは照れたように身体を揺らしていた。自分の意見を褒められて嬉しかったらしい。
「今からキャプテンの反応が楽しみ☆」
「プレゼントだよって言って渡すより、サプライズ演出の方が喜びも倍増じゃない? キャプテンの執務室に『ブルー』と『レッド』のリーダー達の首を並べておいてさ……普段通りに部屋に入って明かりをつけた途端、そこに現れる仇たちの頭!」
プリンは小柄な身体を目一杯広げ、そんな場面を想像したのか楽しそうに笑った。
「素敵だね! きっと感激してくれるよ!」
にこにこと賛同するティアラの正面で、ありすがそわそわとした様子で身を乗り出した。
「じゃ、じゃあ……プレゼントはこれで決定ね。次は、九月二十日までに『ブルー』と『レッド』のリーダー達を殺す計画を立てなきゃ」
自分の意見が採用されてすっかりやる気になったらしいありすは、それを取り繕えていない意欲的な顔を三人へと向けた。
「すっごく強いらしいよね。どうやったら殺せるかな?」
ティアラが人差し指を顎に当て、難しい顔で唸る。その言葉に、ありすはすかさず自身の持つ情報を開示した。
「まず、『ブルー』のリーダー、縹水面。縹は乱暴な『ブルー』の下っ端達の比にならない程体術に長けていて、戦闘において無敵らしいわ。よく現場に出てくるから私も顔を見たことあるんだけど、その時は『ラビット』の子を一発殴り倒しただけで意識を失わせてた。きっと急所とか全部熟知してて、なおかつ腕力が有り余るほど強いんだと思う。対峙したら逃げ切れる者はいないって話で、拳一つ通らないどころか銃弾さえ避けちゃうんだって。『ラビット』の子十人で囲んだ時もあっけなく負けて皆殺しされたらしいし、彼女が一番の強敵であることは間違いないね」
おっかない情報に、ハイテンションだった一同は段々とその顔を強張らせていった。ありすは口を閉じる暇も忘れ、さらに言葉を続けた。
「『レッド』のリーダー、朱宮林檎も要注意よ。あの陰険で小賢しい『レッド』のトップだけあって、いつも笑顔の裏で罠を張り巡らせ、相手を騙しているの。目的のためなら血も涙もないらしくて、好き勝手暴れていた組織の下っ端を捕まえて拷問し、後日解体した死体を箱に詰めて送り付けたって話は有名。まるで全てを見通しているように相手の行動を読んで、気付いた時には皆朱宮の術中にはまっているらしいよ。彼女の思い通りにいかないことなんて一つもないんだって。こちらも一筋縄ではいかないはず」
硬い面持ちで説明を終えたありすに、横のミラクが「え~っ、怖☆」と軽すぎるリアクションを返した。
「うーん、でもキャプテンのためだもん。あちし達四人で、必ずそいつらの首を取ってやらないと」
プリンはありすから提供された情報にも心折れず、やる気に満ちた顔で鼻息を荒くした。意気込みは充分だ。
「本人たちを殺すのも大変そうだけど、リーダーを守ろうとする『ブルー』や『レッド』のメンバー達も殺さないといけないのが厄介だね……」
ティアラはそう言って、困ったように顔を曇らせた。その横で、ミラクが「はいはーいっ☆」と元気に手を挙げる。
「じゃあ、爆薬いーっぱい仕掛けてアジトごと爆破しちゃうのはどうかな☆ それならメンバー諸共皆殺し出来て、みらく達がリーダー達に面と向かって勝負を挑む必要もないよ☆」
「だ……駄目だよ駄目駄目―っ! 生首をプレゼントするんだから! 爆破しちゃったら、首が残らないじゃん!」
プリンが慌てた様子で却下する。ミラクはその言葉にきょとんとしたあと、「確かにそうだ!☆」と言ってあっけらかんと笑った。
「と、なると……まずはどちらのリーダーも、孤立させる必要があるわね。他のメンバーは出来るだけ遠ざけておかないと。……美味しそうなケーキでも用意して、釣る?」
ありすはカーペットの模様を睨みながら、真面目な顔でそう言った。
「……ケーキで釣られるかなあ」
小声で遠慮がちに、ティアラが懸念の声をあげる。
「じゃあ死体!☆ 新鮮な死体で釣ろう☆」
「……『ブルー』や『レッド』の奴が死体に釣られるかな? 『ラビット』の子しか釣れないんじゃない……?」
プリンが腕を組み、うーんと懐疑的に口を挟む。『ラビット』には死体愛好家や殺戮が好きな者が大勢在籍しているが、『ブルー』や『レッド』にそのような感性のある者はあまりいない。
「じゃあじゃあ、『ブルー』や『レッド』の子の死体で釣ろう!☆」
「うん……?」
プリンが顔を上げると、ミラクはプリンへと満面の笑みを向けていた。朗らかに笑んだまま、立てた人差し指をくるくると動かしてミラクは続けた。
「『ブルー』は仲間を殺されたらすっごく怒るもん☆ 変なのーって思ってたけど、それを利用して仲間の死体で釣ればいいんじゃないかな☆ ……『レッド』は知らないけど」
プリンとありす、ティアラはお互いに顔を見合わせた。その正面で、ミラクはにこにこと三人の反応を待っている。
「……ありかも。『ブルー』の奴らはなぜか『ブルー』の奴を殺されたらすごくムキになるもんね」
プリンの一言に同調するように、ありすとティアラは頷きを返した。
「縹だけに見つかるように、『ブルー』のメンバーの死体を置いておいて……寄ってきたところに、四人で総攻撃するとか?」
「十人がかりでも駄目だったんだから、私達四人だけじゃあ無理よ」
ティアラが出した案は、ありすからすぐに駄目出しが入った。あっけなく負けたと言っていた時の半数以下の人数では、確かに勝ち目は薄いだろう。
「じゃあ死体じゃなくて、人質に取ろう! それなら縹もこっちに従わざるを得ないよね?」
プリンはめげずにそれまでの案を昇華させてみせた。問うように周りへと視線を投げる。
「人質……。確かにそれなら、私達でも縹に対抗出来るかもしれないね」
ありすは真面目な顔のまま顎に手を当てた。段々と現実的な案になってきた感触があった。その言葉をきいた三人の顔が、明るい表情へと変わっていく。
「『人質の命が惜しければ、この場で腹を切って乞え!』……これでいいんじゃない? これなら首は綺麗なままだよね?」
プリンが目を輝かせて、そわそわと尋ねる。ミラクが「セップクだぁ!☆」と言って楽しそうに両頬を人差し指で押し上げた。その隣のティアラも、控えめながら笑みを浮かべて頷いた。
「いいと思うな。時代劇みたいで、楽しそう」
「『ブルー』はそれでいいとして……問題は『レッド』よね。その方法は『レッド』じゃ通用しないもの」
『ブルー』に対する大筋の方針はとりあえず決まったが、そのやり方はあくまでも『ブルー』相手にしか使えない。ありすは苦い顔で続けた。
「『レッド』は逆に、目的のためなら喜んで仲間を差し出す感じだし。朱宮を守るためなら、人質なんてすぐに切るわよ」
「計画を立ててもあいつら全部見抜いてきそうだし……難しいね」
プリンは眉間に皺を作って、口を尖らせた。「でも」と言ってティアラが割って入る。
「朱宮って喧嘩が得意なイメージないよね? 一人の状況に持ち込めれば、四人で襲えばいけるんじゃないかな……」
「そうだね☆ 腕力は無さそうだし、袋叩きにすれば簡単に殺せそうっ☆ 問題はどうやって周りのメンバーを蹴散らすかだけ☆」
ミラクの言葉を最後に、四人は再び揃って唸り始めた。しばらくそうしていたが、これぞという意見は終ぞ出ることはなかった。
「……一人の状況に持ち込むのが難しいなら……」
静けさばかりが広がる中、ティアラがぼそりと呟き、顔をあげた。視線を浴びる中、三人の顔を順に見渡す。
「逆に自然に一人になる時を狙えばいいんじゃないかな……」
見つめられるのが恥ずかしかったのか、ティアラは注目を散らすように両手を振った。
「ほら、トイレの時とか、寝る時とか、着替えの時とか……一人になる機会ってあるでしょ? てぃあ達が無理矢理状況を作るより、そういう時を狙って襲撃すればいいんじゃないかな?」
プリンは人差し指をティアラに突き付け、「それだ!」と叫んだ。
「朱宮が一人になった時を狙って皆で襲おう! 朱宮は武闘派じゃないし、あちし達でも全然倒せるはず!」
プリンはにやりと悪い笑みを浮かべた。そして既に勝ちを確信したような顔で、三人の共謀者を見渡した。