第1話
愉悦組織、『ラビット』。暴力集団組織『ブルー』と知性派集団組織『レッド』と鼎立している、三大組織の一つである。構成人数は他組織の半分程、モットーは「楽しければそれでいい」、『愉悦』。そんな『ラビット』のアジト内のとある一室にて、四人の少女達による秘密の会合が行われていた。
「そろそろ……あの日が来るよね?」
声を落とし、真剣な顔で少女は言う。カチューシャをつけたショートカットを揺らし、彼女は同じ制服に身を包む少女達を見渡した。四人が着ているのは黒と白のドレス。胸元や袖の先に至るまでフリルとレース、リボンが限りなく埋め尽くしている。スカートはパニエにより大きく膨らみ、フリルがレースを作ってリボンでそれを絞り、その下からさらにフリルとレースが顔を覗かせている。スカートの下では純白のニーハイソックスをガーターベルトが吊り、黒い厚底の靴が足を包んでいる。このフリルの塊は、『ラビット』の制服である。部屋に集まった四人は、全員『ラビット』のメンバーだった。
「あの日?」
特に緊張感もなく訊き返したのは、ホワイトブロンドのストレートヘアーの少女だった。少女の問いかけに、言い出しっぺは仰々しく頷いた。
「決まってるじゃん、九月二十日だよ!」
カチューシャの少女は声を大きくし、身を乗り出した。その言葉を聞いて、くるんくるんのツインテールを跳ねさせた少女が、「あっ」と口に手を当てた。
「キャプテンのお誕生日!☆」
「そう! 大正解!」
カチューシャの少女は、ツインテールの少女をズビシと指差した。ツインテールの少女の横で、ブラウンのセミロングを垂らした少女が両手を優しく合わせた。
「普段キャプテンにはお世話になってるから、何かしたいね」
「うんうん☆ 『ラビット』に入れてくれたお礼も兼ねて、特別な日にしたいよね☆」
ブラウンのセミロングの少女へ、ツインテールの少女が隣でにこやかに同意する。キャプテンとは『ラビット』のリーダー、桜卯姫月のことだ。彼女は愉悦組織『ラビット』を発足した人物であり、いつも『ラビット』のメンバーの『楽しいこと』を応援してくれる存在でもある。彼女は『ラビット』のメンバーにいつでも協力的だ。遊ぶ環境を整えてくれたり、助けてくれたり、時には尻拭いもしてくれる。そして今の時代の組織にしては珍しく、来る者拒まず去る者追わずの精神を持っていて、『ラビット』に入りたい者達を誰でも歓迎してくれている。『ラビット』に入るメンバーは、他の組織では生きていけないような者が多い。そのため『ラビット』のメンバーの多くは、拾ってくれたことや居場所を作ってくれたことに対し、姫月に感謝の気持ちを抱いている。
いつも『ラビット』のメンバーの味方になってくれる姫月。姫月本人の希望もあって組織のリーダーというより友達感覚での付き合いをしているが、『ラビット』のメンバーは皆、キャプテンとして彼女のことを慕っている。そんなキャプテンの誕生日。日頃の感謝を伝えるのにピッタリの日が、間近に迫っているのである。
「そこで! あちし、考えたの!」
カチューシャの少女が堂々と胸を張った。小柄な身体を反り、誇らし気に発表する。
「あちし達で、さいっこうの誕生日プレゼントを渡そう!」
「わあ~☆」
ツインテールの少女が、拍手と共に笑顔で囃し立てた。
「最高の……、プレゼント? どんなの?」
ホワイトブロンドのストレートヘアーの少女が、手を叩く音に負けじと尋ねる。
「それを考えるのが、あんたらの仕事でしょーがっ!」
「ええ……?」
踏ん反り返るカチューシャの少女へ、ホワイトブロンドの少女は呆れた顔を浮かべた。そして、「っていうか」と続けて眉を顰める。
「私と譜凜ってそんな関係だったっけ? 奇跡も宝冠も……あんま話したことないよね? 私、なんで呼ばれたの?」
「ひどっ!?」
プリンと呼ばれたカチューシャの少女は、大袈裟に仰天して見せた。
『ラビット』の少女達は、見た目で判読が難しい名前の者が多い。別に示し合わせた訳でも組織に入るにあたって命名した訳でもなく、何の因果か『ラビット』に入る者の親のセンスが似通っているだけだ。この場にいる四人もその例に漏れず、ある意味『ラビット』らしい名前を持っていた。
「ええと、それを言うならてぃあも皆とあんまり話したことないけど……」
「あ、そうなんだ。猶更どういう集まり?」
ティアラと呼ばれたブラウンのセミロングの少女の申告に、ホワイトブロンドの少女は首を傾げた。『ラビット』は他の組織とは違い、集団行動を好まない。各々『楽しいこと』を好き勝手にやる集団であり、協調性はあまりない。こうして四人で一つの部屋に集まって話し合いをするなど、滅多にない光景だった。
「たまたまそこにいたから声を掛けたんだよ! いいじゃん、皆キャプテンへの気持ちは一緒でしょ!?」
プリンはやけくそになったように叫んだ。つまりその辺にいた者を雑に集めただけらしい。しかし続いた言葉は正しかったようで、否定する言葉は誰からもあがらなかった。
「みらくは賛成だよ☆ 皆で集まれば、きっとキャプテンに素敵なプレゼントを渡せること間違いなし☆」
くるくるとカールしたツインテールを揺らし、ミラクは握った両手をぐっと胸の前に掲げてみせた。プリンにキラキラと笑顔を振りまく。
「そうだね、偶には皆で行動するのもいいかも……。キャプテンに渡すプレゼントも、きっとその分豪華に出来るよ。ね、ありすちゃん」
ティアラに促され、ありすと呼ばれたホワイトブロンドの少女は、観念したように小さく息を吐いた。
「……しょうがないわね。……で、キャプテンに渡す肝心のプレゼントだけど……何にする?」
これで四人でプレゼントを用意することに全員が賛同した。次に決めるべきは、プレゼントの中身だ。ありすの言葉に、四人は考え込むように押し黙った。部屋に沈黙が流れる。
「せっかくだから、一人だけじゃ用意出来ないような物がいいよね……」
「それでいて、キャプテンがちょ~~~喜ぶ物じゃないとね☆」
ティアラのぼそりとした呟きに、ミラクが元気な大声で続ける。律儀に発言主に顔を向けてきいていたプリンが、悩まし気に口を開いた。
「キャプテンが世界一喜ぶプレゼントって……、なんだろう?」
四人は唸った。煌びやかなシャンデリアに見下ろされながら、カーペットの上の黒白達はドールのように動かない。各々頭を振り絞り、キャプテンの喜びそうなプレゼントを捻り出す。
「キャプテン、よく写真を撮ってるよね? 写真立てとか……あ、最高のモデルを用意するとかどうかな? 新鮮な死体とか……」
「キャプテンってよくお菓子を食べてるから……最高級のお菓子を売っているお店を見つけて、強奪するとか☆」
「普段の疲れを癒す旅のプレゼントとかどうだろ? 財団でも爆破すれば、どんなに贅沢しても余るくらいお金は手に入ると思うし……」
三者三様の提案が並ぶ。しかし、どれも全員が納得するような素振りはなかった。悩み続ける三人に続いて、ずっと黙っていたありすが口を開いた。
「最高に喜ぶプレゼントを目指すんでしょ? キャプテンが一番喜ぶ瞬間って……『ラビット』が他組織を殲滅した時なんじゃないの?」
ありすの言葉に導かれるように、三人はありすの顔をじっと見つめた。ありすは視線を煙たがりながらも、言葉を続けた。
「ならさ……『ブルー』と『レッド』の長達の首をプレゼントしたら、喜ぶんじゃない?」
沈黙。ありすの言葉を咀嚼するように、静寂が部屋を支配した。時が静止したかのように固まった三人を、ありすは不安に駆られたようにチラチラと覗き見た。やがて、三人は同時にその顔をぱあっと晴らした。キラキラと明るく輝く瞳達は、漸く答えに辿り着いたと喜びを物語っているようだった。
「それ! それだよ!」
「ナイスアイディア☆ 絶対喜ぶこと間違いなしだね☆ 感動して泣いちゃうかも☆」
「『ブルー』と『レッド』の長を、てぃあ達が討ち取れば……『ラビット』がこの国で一番! 楽しいことを邪魔する子はいなくなるもんね!」
「憎き奴らの生首を、あちし達が代わりに手に入れる……うん! 世界で最高のプレゼントだ! キャプテンが一番喜ぶプレゼントはこれ、これだよ!」