オレだけの、最高。
オレだけの、最高。
拓真のワンルームは、世間がため息をつくような**「ガラクタ」の山で溢れかえっていた。埃を被ったガラケー、キャラクターが剥げかけたガチャガチャのミニフィギュア、どれもこれも二束三文にもならない、人々に忘れ去られた時代の残骸だ。だが、彼の目には違った。一つひとつのアイテムが、過ぎ去った時間の物語を宿す、かけがえのない「宝物」だった。壁際に設えられた幾つもの棚や、部屋の隅の小さな台には、彼が見出した価値**を持つお気に入りの品々が、まるで美術館の展示物のように、埃一つない状態で丁寧に並べられていた。**彼はコレクションを眺める際、しばしば目を細め、顎に手を当てて「ふむ」と唸る。その仕草はまるで、長年の研究の末に新発見をした博士のようだった。**埃を被ったガラケー、キャラクターが剥げかけたガチャガチャのミニフィギュア、見覚えのないアイドルのテレホンカード、雑誌付録のペラペラのトレーディングカード、ロゴが薄れた着うたキーホルダー、祖父の形見の古いリモコン……。彼はそれらを慈しむように眺め、指先で埃を払っていた。
彼にとって、それぞれのアイテムには「名」があった。たとえば、あのガラケーは「ピクセル」、ミニフィギュアは「ちびっこ騎士」。そして、祖父の形見のリモコンは、彼が物心ついた頃から祖父の膝の上で触っていた、彼の収集癖の原点とも言える「時の番人」だった。小学三年生の夏、祖父が亡くなった後、遺品の中からたまたま見つけた、その古びたリモコン。電池を入れても動かない、表面は手垢で光り、裏蓋はどこかへ消えてしまっていた。しかし拓真は、その硬質なプラスチックの質感と、わずかに染み付いた祖父の匂いを嗅ぐたび、なぜか手放すことができなかった。**祖父は生前、このリモコンを「時間が過去へと流れるのを止め、失われた物語を呼び覚ますためのものだ」と、冗談めかして語っていた。その小さな金属の塊が、彼を「忘れられた記憶」を掘り起こす探求者へと変えたのだ。これらは、かつてお金がなくて買えなかったり、流行の波に飲まれては消えていった、そんな「昔の憧れ」や「失われた記憶」の欠片だった。彼は、アイテムのわずかな傷や色褪せすらも慈しむ。「このひび割れたプラスチックの感触、擦り切れて薄くなった布地の模様、錆び付いた金属から漂う鉄の匂い……この傷が、このアイテムの生きてきた証なんだ」と、彼にしか理解できない感慨に浸る瞬間があった。棚への配置にも並々ならぬこだわりがある。例えば、「ピクセル」と「ちびっこ騎士」を隣り合わせにすることで、彼の中で新たな物語が生まれるのだ。彼は時折、古い雑誌の付録だった香水の小瓶を手に取り、かすかに残る甘ったるく、どこか懐かしい香りを嗅いで、その時代の「流行の匂い」を感じ取っていた。「これは、もう誰も覚えていないだろうな、この輝きを。でも、僕だけは知っている」そんな彼の視線は、コレクション一つ一つに注がれていた。
彼の部屋の隅には、フリマで手に入れた全身を映す大きな鏡が立てかけられていた。その鏡は、ただのガラスではない。それは、時空の薄い膜が、この世界に辛うじて留まっている場所であり、彼が見出す「忘れられた記憶」のすべてが、見えない深淵の彼方へと繋がる窓でもあった。拓真は時折、その全身鏡に映る自分を見ては、ため息をついた。くたびれたTシャツに、どこかさえない表情。世間が求める「成功」とはかけ離れた、自分の現状にちょっとした嫌気を覚えるのだ。しかし、そんな自分の後ろに映り込む、色とりどりのコレクションの輝きを見ると、ふっと心が軽くなる。誰も価値を認めないだろうこれら一つひとつが、確かに彼の心を支え、彼だけの「意味」を与えてくれていた。彼の収集癖は、世間の価値観とは異なる独自の基準に基づいていた。それは、人々が忘れ去られた時代にモノが宿した、微かな感情の残滓を感じ取ってしまう、彼だけの感性だったのかもしれない。 「あんた、いつまでこんなガラクタ集めてるの! いい加減にしなさい! 部屋がゴミ屋敷よ!」 もはや耳にタコができるほど聞き慣れた母の声が、背後から響いた。拓真は全身鏡ごしに、部屋のドアの入口に立つ母の姿を捉える。その表情は、彼の趣味を理解しようとしない世間の眼差しそのものだ。**拓真は、わざとらしく大きく咳払いをして見せ、右手で耳を覆いながら、手元のコレクションを凝視した。聞こえないふりをする彼の背中からは、「僕は今、宇宙の真理と向き合っているんだ、邪魔するな!」という無言の圧が放たれているかのようだった。**母の言葉はいつものこと。彼にとって、親から早く捨てろと言われる描写は、もはや日常の一部だった。「母さんには、この価値は分からないだろうな」と、心の中で呟く。彼の収集は、単なる趣味ではない。それは、彼のアイデンティティそのものだった。 今日、近所の蚤の市で見つけたのは、懐かしい80年代のアイドルがプリントされたカセットテープだった。手に取ると、少しカビが混じったような、だがどこか懐かしい紙とプラスチックの混じったような古臭い匂いがした。ジャケットのレトロな雰囲気に強く惹かれ、迷わず購入した。きっとこれも、当時の子どもたちにとっては高価で手の届かない憧れだったのだろう。今はほとんど価値がなく、わずかな小銭で「大人買い」ができてしまう品だ。家に帰り、いつものように愛用のコレクション棚の空いたスペースにそれを飾ろうと、手に持ったまま少し後ずさった時だった。
ふと、彼は部屋の隅にある全身鏡に目をやった。鏡の中には、彼自身と、彼の後ろに広がるコレクションの山が映っていた。そして、その視界の端で、棚に飾られた「時の番人」こと六つ星のマークが刻まれた祖父のリモコンが、微かに輝いているように見えた。「こんなのあったかな?」拓真は首を傾げ、何気なくカセットテープのケースを傾けると、鏡に映るその裏側の隅に、かすれたような七つ星のマークが浮かび上がっている。 「あれ…これも星?」 拓真の心臓が不規則に跳ねた。彼の収集品に、まさかこんな共通の印があったとは。彼は自身が、それが今となってはレアなものなのかどうか、ほとんど意識していなかった。彼はただ、自身の感性に響く「忘れられた物語」を持つものを集めていただけだ。だが、彼の無意識の収集癖は、まるで運命のパズルのピースを集めていたかのように、遥かなる目的のために働いていたのだ。この部屋にある「価値のない」はずの品々が、今、彼の目の前で特別な意味を持ち始める。アイテムの片隅に刻まれた星のマークは、単なる記号ではない。それは、過ぎ去った時代に生きた人々の熱い想いや、忘れ去られた願いが、長い時間をかけて結晶化した「記憶の星屑」だったのだ。
拓真は、震える手で七つの星マークがついたアイテムを部屋の中央に、慎重に並べた。薄暗い部屋の中で、それぞれのアイテムが微かに、だが確かに輝き始めている。その光は次第に強さを増し、部屋の空気は熱を帯び、抑えきれない期待感が拓真の全身を包み込んだ。それぞれのアイテムに宿る個人的な思い出――友人との笑い、初恋の戸惑い、祖父との温かい時間――が共鳴し、不思議な力を生み出しているかのようだった。 次の瞬間、彼の収集品から放たれる光は眩い閃光となり、全身鏡へと吸い込まれていった。鏡面は、まるで宇宙の深淵がそのまま凝縮されたかのように脈打ち、歪み、そこから無限に広がる宇宙の断層へと変貌した。その宇宙には、無数の可能性を映し出す鏡のような惑星が浮かんでいる。 そして、その深淵から、全身が光り輝く鏡面でできた巨大な人型の存在が、ゆっくりと姿を現した。その体には、拓真の部屋のコレクションや、彼の過去の記憶の断片がフラッシュバックのように映し出されている。時空の守護者は、顔の判別はできないが、その圧倒的な存在感で部屋の全てを支配した。
「我は、時空の狭間を巡りし、忘れ去られた記憶と物語の残滓を集める者……汝が、七つの**『記憶の欠片』たる星の印を集めし者か?」 複数の声が反響するように、拓真の心に直接響き渡る。拓真は震える声で答えた。「は、はい…たぶん、そうです」彼の人生で、これほどまでに自身の「収集」という趣味が肯定された瞬間はなかっただろう。世間がゴミと呼び、母に「早く捨てろ」と叱られたものが、今、伝説の存在を呼び出したのだ。 この奇跡は、単なる偶然ではない。これらのアイテムは、かつて人々の強い感情(喜び、熱狂、愛着、そして忘れ去られる寂しさ)が凝縮された「記憶の器」**であり、その記憶が時空の守護者の「星の印」として宿っていたのだ。拓真が世間から「ゴミ」と見なされるこれらに価値を見出す感性を持っていたからこそ、星の精霊の残滓が宿るアイテムを引き寄せ、その光を再び輝かせることができたのだ。彼の「忘れられたものへの愛」が、星の精霊たちの願いと共鳴し、この神聖な存在を具現化したのだった。
欲望と真の願い
「汝の真の願いを、この鏡面に映し出せ。与えられた機会は、ただ一度のみ」
守護者の言葉に、拓真の頭の中では様々な壮大な願いが渦巻いた。 「大金があれば、このガラクタの山を、もっとすごいコレクションで埋め尽くせるのに…。誰もが羨むような、世界中の超レアなアイテムを手に入れて、見返すんだ。それか、不老不死の体を手に入れて、何百年もかけて、失われた歴史の全ての品々を掘り起こすとか…。いや、いっそ世界平和を願って、歴史が失われることのない世の中に変える…?」
彼の視線は、足元に置かれたトレーディングカードに吸い寄せられた。それは、彼が特に気に入っていた、キャラクターが少しだけ剥げかけた、誰も知らないアニメの付録シールだった。
守護者が、そのシールに手をかざす。すると、シールはまばゆい光を放ち、拓真の目の前でみるみるうちに姿を変えた。色褪せたキャラクターは、きらめくホログラムに変わり、紙質は厚く、裏には見覚えのない緻密なイラストと文章が浮かび上がる。それは、紛れもない、市場で高値で取引される超レアな初期ビックリマンシールへと変貌していた。読者からすれば「もったいない」と叫びたくなるほどの価値ある変化だ。
拓真は、その輝かしいシールを呆然と見つめた。誰もが喉から手が出るほど欲しがる**「価値あるもの」。しかし、彼の顔には喜びの色はなかった。むしろ、困惑と、やがてじわりと広がる「怒り」が浮かび上がった。彼はその冷たいホログラムの質感**に、違和感を覚えた。彼の指が、その光沢のある表面を滑るたび、心の奥底で「これじゃない」という警報が鳴り響く。
「おいおいおいおい! ふざけんな!」拓真は思わず絶叫した。完璧なホログラム、新品同様の紙質。それは確かに「価値あるもの」だった。だが、彼の心が叫ぶ。「僕が欲しかったのは、これじゃない! あの、端が少しだけめくれてて、チョコレートの匂いがうっすら残ってた、僕のあのシールを返せ! なんで勝手にコンディション良くするんだ!」**彼の声は、怒りというよりも、まるで大切なフィギュアの腕が折れてしまった子供のような、純粋な絶望とこだわりに満ちていた。その叫びと共に、拓真の体が微かに小刻みに震え、両の拳を固く握りしめた。**彼のコレクターとしての魂が、目の前の「完璧」を断固として拒否した。
守護者は、その鏡面の体で微動だにせず、拓真の感情を映し出すかのように、一瞬きらめいた。**その鏡面でできた体の一部が、まるで水面が揺らぐかのように、わずかに歪んだ。普段は静止している無数の記憶の断片が、一瞬、規則性を失い、ざわめいたように見えた。**そして、その静かな声が響き渡る。「汝の正直なる願い…確かに聞き届けた。この輝かしいシールは、汝の真の望みではなかったか…」守護者の鏡面に、ほんのわずかだが、戸惑いのような光の揺らぎが見えた。明らかに、目の前のコレクターの情熱は、守護者の「価値」の概念を超越しているらしかった。守護者の内部で、何億年もの時空の記憶が高速で検索されたに違いないが、「端がめくれたシールへの愛着」というデータは、どこにもヒットしなかった。その結果、守護者の体表を流れる光の筋が、普段よりもわずかに遅く、そして不規則になったように見えた。
次の瞬間、光が再びシールを包み、元の色褪せた、少しくたびれた状態へと戻っていった。拓真は安堵の息をつき、そのシールをそっと胸に抱きしめた。「ああ、よかった……」彼の宝物は、元の姿に戻ったのだ。
探求の旅の始まり
「さて、汝の唯一の願いを申せ」守護者の声が響く。
拓真は先ほどのシールの件で、自分の「真の願い」がどう解釈されるかを学んでいた。彼は深く息を吸い込んだ。「あの…もう、勝手に見た目を変えたりしないでくれ。僕の、そのままの思い出を…」彼の視線は、足元に置かれたカセットテープに吸い寄せられる。手に取ると、再びあの古びた紙とプラスチックの入り混じった独特の匂いがした。あの時、何気なく手に取った、カビの匂いのする古いテープ。そのテープに込められた、当時のアイドルの歌声、そして彼自身の若き日の憧れ。
「このカセットテープの歌を、いつか僕自身の手で、最高の音質で聴ける環境を見つけ出すための、無限の探求心と、それを実現するだけの時間と情熱をください!」
守護者の鏡面に、拓真の記憶の断片がフラッシュバックのように映し出された。孤独だった少年が音楽に救われたこと、祖父が笑顔で歌を聴いていたこと、そして彼がこのアイテムたちに注いできた、純粋な愛着。一見「しょうもない」願いの裏に隠された、彼の真摯な「価値」が映し出されていた。
「汝の願い、映し出した。そして、叶えよう」
途端、拓真の胸の奥に、尽きることのない渇望と、知的好奇心の光が灯った。それは、まるで彼のコレクションが、次の発見へと彼を誘うように微かに輝き出すかのようだった。彼の心には、これまで以上に鮮烈なひらめきが宿り、時間や制約を感じさせない無限の可能性が広がっていくのを感じた。拓真は、その新たな「力」が自分に与えられたことを確かに理解し、感極まって瞳から一筋の温かい涙が流れ落ちる。それは、最高の音質を手に入れたことへの感動だけではない。ずっと彼の心の中にぼんやりと響いていた、あの頃の憧れと、孤独だった自分への、宇宙からの最高の肯定だった。彼は、心の中で、小さく「ありがとう、時の番人」と呟いた。
拓真は、目の前の信じられない光景と、自身の内側に満ちていく新たな感覚に、しばらくの間、言葉を失った。守護者は静かに、そしてゆっくりと、再び鏡面の断層へと消えていく。「汝の喜び、我には計り知れぬものなり」とでも言うかのように、**普段は淀みなく輝く守護者の光が、一瞬、途切れそうになり、そしてゆっくりと消えていった。その去り際の動きは、どこか思案深げで、まるで何かを考え込んでいるようにも見えた。**やがて鏡は元の全身鏡に戻り、部屋には静寂が戻った。彼の心は、この唯一無二の喜びと、自身の「価値のない」収集がもたらした奇跡への深い満足感で満たされていた。
しばらくして、拓真は散らばったコレクションを片付けようと、部屋の隅の段ボール箱に目をやった。何気なく手を差し入れると、その中に、彼が激しく怒って元の姿に戻させたはずの、あの輝かしいビックリマンシールが、完璧な状態で収まっていた。守護者が入れたのか、それとも別の力が働いたのか、拓真には分からなかった。だが、拓真は少しだけ口元を緩ませた。**皮肉なものだ。最高の一枚を求め続けた結果、別の意味で「最高の一枚」を手に入れてしまった。彼は高価なものを集めているわけではない。ただ自分の好きなものが、たまたま世間でも価値があるものだった、というだけのことだ。彼はそのレアなビックリマンシールを、まるで「新たな客人」**を迎えるかのように、元の「付録のシール」と同じように、丁寧にコレクション棚の隅に飾った。隣には、母から「こんなの早く捨てなさい!」とよく言われる、ほんの少しだけ折れた古銭が置かれている。彼はそっと、その二つの「価値」あるものを、指先でなぞった。そして、小さくつぶやいた。 「まあ、これはこれで……また別のロマンを秘めているのかもしれないな」 彼は知っている。この世には、他者には理解されなくとも、自分にとってかけがえのない「価値」が存在することを。そして、その価値を見出し続けることが、彼の人生を彩る最も大切なことなのだと。 その日以来、拓真の部屋は以前と変わらず「ガラクタの山」に見えたが、彼の瞳には新たな輝きが宿っていた。古いオーディオ雑誌を貪るように読み、ネットの片隅で伝説の技術者の記事を探す。彼の探求の旅は、静かに、だが確かに始まったのだ。母の小言も、もはや遠い子守唄のようにしか聞こえない。彼の心は、無限に広がる音の宇宙へと向けられていた。