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7,”百聞は一見にしかず”について - ②







「それで、キーテ皇妃殿下とネフェン兄上は?」


 リーンハルトの質問に、ヴォルデマーは素早くいつもの顔に戻り、答えた。


「第三皇妃殿下は泣き崩れているのを抱きかかえられるように救出されて、自室でお休みに。ネフェン殿下はずっと付き添っていらっしゃいます」


 ワーレンと第六皇子であるネフェンは、キーテ第三皇妃の実子である。

 

 気が弱く、皇后の言いなりのキーテ第三皇妃の心中は、いかばかりだろう。

 何が起こったのか分からなかったのではないか。自分の息子が父親と兄を狙うなど。


 泣き叫ぶのも無理はないなと、リーンハルトは考えた。


 ネフェンも母親に似て内気で、人前に出るのをあまり好まない性格だった。

 植物に興味があり、そちらの研究ばかりしている。魔力があり、土属性と相性が良いようだ。


「うーん、気が重いな……。父上がお二人まで処罰の対象としないといいけど。宰相に押しつけてきた後始末は?」

「滞りないようです。ノアナ殿下も出ておられます」

「あー。姉上は厳しいだろうな。父上に進言するかもな」


 第三皇女のノアナはヤヴィスと同じく皇后を母に持ち、気位がとても高く、目には目を歯には歯を、いやそれ以上を心ゆくまで、という性格をしている。

 皇帝だけでなく、実兄も標的にされたとあっては、おとなしく黙っているとは思えなかった。


「父上とヤヴィス兄上は、どうされてる?」

「お動きになっておられません。お怪我も何一つ負ってらっしゃれないようです」

「そりゃそうだろう。あれだけ守られてたんだから」

「お見事でした」


 リーンハルトが、まだ言うかとヴォルデマーを一瞬睨みつけた後、溜息交じりに言った。


「………初手でもう負けは確定してたんだよ。なのに兄上は………」

「ええ。ご様子が少し気がかりですね」


 皇族とはいえ、誰もが威力のある魔法を使えるわけではない。

 魔力が人により違うからだ。

 確かに遺伝はある。だから皇族は、魔力にも魔力使いにも恵まれた者が生まれやすい家系ではある。

 現在、皇族の中で一番魔力があるのはリーンハルト、次にワーレンだった。

 そんなワーレンが攻撃を仕掛けようものなら、簡単に相手は倒れそうなものである。

 

 しかし、始めから皇帝とヤヴィスは二重の結界で守られていた。

 風の結界はリーンハルトのもの、それより内側に張ってあってリーンハルトよりも早く発動させたもの……こんなことをできるのは唯ひとり、これはおそらくレイテ長官のもの。

 これを打ち破ることができる者は帝国にはいないだろう。

 

「何かぶつぶつ攻撃しながら言ってたよ。父上の実力主義はいつものことだし、ヤヴィス兄上なんて、今までみたいに放っておけばよかったのに」

「………もしかしたら、先の遠征と、ヤヴィス殿下の来月の立太子の儀を控え、ご自身の我慢の限界だったのかもしれません」


 ラルジュテーレ王国との戦いに主だって派遣されたのは、ヤヴィスとワーレンだった。

 最前線でどんどん先勝をあげたのはワーレンだったが、それを引っさらうかのようにヤヴィスが徹底的に敵を殲滅し、自分が手柄を立てたかのように情報を塗り替えていった結果、評価がヤヴィスに傾いた。


 ワーレンは魔力量が多いことと素直な性格で、周りの期待が絶えなかった。

 良い方の期待ならば少しはましだろう。御しやすそうとの思惑もまた絡んでくるのが常なのだから。

 取り巻きの連中の心中は何であれ、それ自体が面白くない第一皇子のヤヴィスは、事あるごとにわからないように上手くワーレンの邪魔をしていたようだ。


「ワーレン兄上の性格からして、それでも弱い気がする………んー、他にきっかけがあったのかな」

「実は………最近、熱を上げていたご令嬢がいらっしゃったようですよ」

「相変わらずの情報網だな。それと今回のこと、どう結びつく?」

「そうですね。直接的かは判断しかねますが、貴族側の協力者のユルゲン伯爵に、怪しげな商会が出入りしていたとの噂があります」

「怪しげ?」

「商人だとはかろうじて分かるけれど、見るものが見れば似つかわしくない。もしくは……おおよそ貴族と取引するような規模ではない、身なりではない、風格ではない、ということですかね。そしてどこからか現れてはどこかへ消えていく、居所がつかめない」


 リーンハルトはそれを聞くと、あごを手で触ると「うーん」と言い答えた。


「噂を拾うんじゃなくて、ヴォルが直接手を下していたら、突き止めたんだろうにな。惜しいね」


 ヴォルデマーは諜報を得意としているアムスベルク公爵家の三男坊で、独自に自分の家臣とネットワークを持っていた。

 先の遠征の戦況の情報もアムスベルク家からのものだった。


「畏れ多いことです。まずこれが一点目。次に、財政状態が火の車だったようです」

「なにかの資金調達か?」

「かもしれませんし、他の要素もあるかも。その要素かもしれない三点目。ユルゲン伯爵にはご令嬢はいらっしゃいませんが、最近家庭教師を雇い、若くてとてもお美しい方の教育をされていたとか」

「………その令嬢が兄上の相手、ということか。兄上は人がいいからね。ありうる。でも、注意はしていたはずだろうに」

「ええ。なので、どうからんでいたのか、先ほどのお話の商会の動きが気になるところです。ご令嬢は、社交デビューを控えていたようですよ」

「養子か。伯爵家じゃ、正妃にはなれないな」

「その辺りのやりとりではあるかもしれませんね」


 侯爵家以上に養子を迎えるには、国の中枢を担う役職を多く排出する家柄であるために、皇室と教会の許可と承認が必要だった。

 伯爵家以下では、それが届け出だけで済む。そこがどう絡んでくるのか。


「何をそんなに夢中になる要素があったんだか」


 リーンハルトは机に肘をつき頬杖をつくと、皮肉っぽく言い捨てた。

 その様子をヴォルデマーがじっと見て言った。


「ご自分の、先ほどの行動をお忘れですか?」

「………何が言いたい」


 低い声でリーンハルトが問いただす。


「恋は盲目、ということです」


 真面目な顔で、ゆっくりはっきりヴォルデマーは答えた。


「ヴォル……おまえ………」

「およそ恋なんて無関係に見えるお方が、一瞬で恋に落ちることもある」

「決めつけるな。恋じゃないかもしれないじゃないか。話と違うと思っただけだ」


 リーンハルトはそっぽを向いて言った。

 かもしれない………ということは、肯定と同じだとなぜ気付かないんだ?

 ヴォルデマーはやれやれ……という顔だ。


「あれだけ奇怪な行動を取っておいて」

「先入観はよくないなぁ」

「見事に落とされておいて、何をおっしゃっているのやら」

「………まだ負けてない」

「まあ、妃殿下を助け起こした時から、やられた感じはしておりましたけど。一目惚れされたのを、お認めになられたら?」

「そんなんじゃない。しつこい」


 まったく強情だなとヴォルデマーは思いつつ、決定打を告げる。


「………伯爵家のそのご令嬢は、一度見たら忘れられない、とても綺麗で透き通るようなエメラルド色の瞳の持ち主だったそうですよ」


 リーンハルトはその言葉で、ヴォルデマーの方を向いた。

 エメラルドーーー緑色の瞳は、今の帝国では失われた瞳の色だった。


 ワーレン第二皇子の象徴色は、緑だ。


 色は、教会の神託で決まる。

 象徴色は紋章や専任の近衛騎士団の制服など何かと付きまとう色で、特に自分の瞳の色が同じだと、皇族として幸福な一生を送れるとされている。

 先達たちの中で例外は一人もいない。

 どんな形であれ、どんな人生で、どんな事が起ころうと、うまく行き、最後は平穏に人生を終えるのだ。

 

 特に帝国史の中でも賢皇とされる者達は、瞳の色がそのまま象徴色だった。

 そして伴侶がその瞳でも効果は同じとされ、どうしても翻弄される人生が待っていがちなのが皇族なので、結婚する際には瞳の条件を第一に考える者もいる。

 リーンハルトは自分の瞳が象徴色なので、強運と見なされていた。

 

 その緑色の瞳を、初めて見たときのワーレンの衝撃を想像するに堅くない。

 第二皇子という難しい立場で、しかも母は美貌だけで召し上げられた第三皇妃で、あまり権力がなく後ろ盾が弱い伯爵家の出身、そして兄と違って魔力があり、魔力量も多い。周りから勝手に期待され利用されそうになるし、兄からは嫌がらせを受ける。

 これまでの困難続きの人生をなんとか変えられるかも、と思っても不思議ではないのだ。

 絶望の中で見た希望。救い。その瞳を一目見たときから、運命を感じてもおかしくない。

 そう、一目…………。

 

「………どうやら僕たちは、“百聞は一見にしかず”について認識を改めて、ちゃんと話し合う必要がありそうだ」

「お似合いにならない小難しい言い方はされず、一目惚れされたご自分自身に素直になられるのが先決では?」

「十分、素直だ」


 ヴォルデマーは、“一目惚れ”の方には引っかからないのだな、その時点でもう認めたようなものだと思いつつ、この先の重要行事事項に触れた。


「それは結構。これから初夜ですよ」

「!…………………??///!!………??!」


 リーンハルトが絶句した。

 自信満々で言い返したはずなのに、そう言われ返されたリーンハルトは百面相のように、はっと驚いたかと思ったら、血の気が引いて青くなったり赤くなったり、なんとも情けない表情になった。

 今日はリーンハルトの初めての表情ばかりみるなとヴォルデマーは思う。

 この方に仕えることは本当におもしろい。


「婚姻は成立していますからね。ここから先はいつもの“めんどうくさい”は無しにして、その素直なまま、くれぐれも取り乱した情けない姿はみせないでくださいませ」

「………………どうしたらいいんだ?」


 リーンハルトの瞳は必死に救いを求めていた。

 しかし、ヴォルデマーは一刀両断に切り捨てる。


「御心のままに」

「いや、あんなことがあった後だし、………なあ、延期しても……それが普通だよな?」

「普段から、およそ普通とは不釣り合いな方が何をおしゃいますか」

「でも……」


 言い募るリーンハルトに、何でもいつもは面倒くさがるのにそうしないなんて、よっぽど心を持って行かれている、うちの皇子は思わぬところで意気地なしだったようだ、とヴォルデマーは思う。

 でもまあ確かに、今日起こったことを考え合わせると無理もないかもしれないなと、今まで覗かせたことがないリーンハルトの不安そうな表情を見てとり、思わず応援の言葉がヴォルデマーの口からぽろっと出ていた。


「頑張ってくださいね」


 だがリーンハルトにとっては、やっぱり応援の言葉には聞こえず、いつものように皮肉に聞こえる。

 しかもヴォルデマーの先ほどの言葉で頭の中がいっぱいで、返答に窮した。


「………んう゛………」

「体制に変化はございません。この国の皇子らしく何が起こっても粛々とすすめてくださいませ」


 皇家としての振る舞いがすべて………。

 その言葉を噛みしめるように、リーンハルトは明らかに肩を落として、呟くように言った。


「………とりあえず………湯浴みに行ってくる」

「その前に、食堂に寄ってくださいね。妃殿下はこんな状況でお心細いでしょうから、お早くお願いいたします」

 

 心配も応援の気持ちも束の間、やっぱりヴォルデマーはヴォルデマーらしく注意してしまう。

 リーンハルトは、再度だめ押しされたとヴォルデマーを睨みつけると、仕方ないなと諦めたように回れ右をして、とぼとぼ扉へ向かった。

 

 肩を落とした、いつもより従順な年相応の小さく見える姿が少し可愛く思えて、あんな後ろ姿初めて見るなと、ヴォルデマーはくすっと笑った。








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