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5,戦いの後で


 

 

 


 その時、リーンハルトは急に、身体に簡単に言い表せない神々しい力が溢れるのを感じた。


 何か…、中心から、次から次へと溢れ出て全身を潤すような不思議な何か。

 

 いつもの魔力の流れが、自分の中でより大きくうねるのを感じる。


(………?)


 リーンハルトは不可思議に思いながらも、その力の衝動に押されてそのまま、さらに大きく風と氷の混ざった矢を放った。それは螺旋のように絡み合い、途中から溶け合い巨大な流れを作り出す。

 


 今までとは桁違いの攻撃が、ワーレンの攻撃を弾き飛ばしてなお威力を失わずに、真っ直ぐにワーレンに到達した。


 到達した瞬間、見事にワーレンの炎の結界を壊し、ワーレンを弾き飛ばしていた。

 

 床に転がったワーレンは動かない。

 起き上がる気配も全くなかった。

 

 皇帝とヤヴィスは決着が着いたのを見届けると、駆けつけた近衛騎士と共に大聖堂を後にした。倒れたワーレンには見向きもしなかった。

 

 リーンハルトは一礼して二人を見送ると、ワーレンに視線を向けた。

 静かに、横たわるその姿を見つめながら近づくと、声をかけた。

 

「………兄上」


 反応がない。

 さらに近づき、しゃがみ込んで呼びかけた。


「………ワーレン兄上?」


 呼びかけに答える気配はない。

 リーンハルトは横たわるワーレンの手におそるおそる触れ、手首をそっと持ち上げた。

 脈が微かにあるのを認めて、遠巻きに見つめていた近衛師団員達に視線を送り、軽く頷いた。

 

 すぐまたワーレンに視線を移し、大きな出血や怪我がないことを確認すると、おそらく命には別状がないだろうことにほっとして気が抜け、力が入っていた肩が少し落ちた。

 リーンハルトはワーレンの閉じた瞼を見つめながら、両手でワーレンの右手を包むように握り、眉間に眉を寄せて呟いた。


「いったい、どうしてなのです…………兄上……」


 返事はない。

 気を失っているのだから当然なのだが、リーンハルトは問わずにいられなかった。


 こんなことをしでかすような兄ではなかった。

 自分とは違い勤勉で気遣いを欠かさず、秀でた魔力と戦闘のセンスを持つ兄。

 腹違いなど関係なく、会ったときは頭を撫でてくれて話を聞いてくれて、時にはお菓子もくれて、いつも優しくしてくれた。


 リーンハルトはワーレンを見つめながら、急ごしらえの移動用の担架を持って駆け寄ってきた師団員達に、大きな外傷はないことと息があることを告げた。

 もう一度ワーレンに視線を送ると、少し見つめたのち、諦めたように空虚な眼を逸らすと、静かにゆっくりと手を離しそっと立ち上がった。


 立ち上がった拍子に、リーンハルトの瞳からあふれた涙が一粒、床を打った。


 リーンハルトは、靴先の丸く広がり垂れ染み込んだ水滴の跡になんとなく目をやった。

 

 何がこぼれ落ちたのかわからないでいたが、やっとその正体に気付くと、それ以上こぼれないように大きく瞳を開いて、わずかの時間、少し唇を震わせながら上を向いた。

 天井からのぞいた晴れ渡る青空が眩しかった。



 やっと沸き上がるものが押さえ込まれると、リーンハルトは胸の奥の方から静かに長く「ふーっ」と息を吐いて吸った。

 それから小さく口を開いて、もう一度短く「ふうっ」と息を吐き出すと、唇をきゅっと結び表情を引き締め、リーンハルトは歩き出した。

 

 真っ直ぐに、ルージェの元へ向かう。


「大丈夫?」


 そう言って、座り込んでいるルージェに近づき、上体を傾けて片膝を折ると声を掛けた。


「痛いところはない?」

「はい、ございません。申し訳ありません。ありがとうございます」 


 ルージェがヴェール越しにリーンハルトを見上げ、涼やかで透き通るようだけれど可愛らしくもある声で答えた。

 ルージェを守る水の膜はすでに消えていた。


(………ん?)


 リーンハルトはなぜかルージェの声に反応した。

 が、そのまま片膝に片手を置き、もう一方の手を差し出した。


「立ち上がって動ける?」

「大丈夫です。申し訳ありません。動けます」


(んん………?)


 やっぱり、なんだかざわざわする。

 リーンハルトは身近に聞くルージェの声に違和感を覚えた。

 先ほど戦闘の最中に聞いたときは気にも止めなかったのに。

 今は、こそばゆいような甘くしびれるような。

 

「恐れ入ります」

 

 ルージェがリーンハルトの差し出された手を取った。


 そのままリーンハルトが手を引き、ルージェが立ち上がろうとした瞬間、頭上のヴェールが後ろに引っ張られて外れ、まとめていた髪も一緒にほどけた。


 こぼれ落ちたウェーブのかかった見事な金髪が、あたかも陽の光を浴びて黄金に輝く波打つ湖面のごとく天井から差し込む光を宝石のように反射しながら、大輪の花が開くように大きく開き、腰の下辺りまで広がった。

 

 そして落ちる動きに合わせ純白のヴェールも、天使が静かに羽を開いたかのように優しくキラッと輝き空を舞った。


 ルージェは立ち上がらせてもらいながら視線をリーンハルトに向け、清らかな太陽に光る朝露のように明るい光を集めるこれまたキラキラ輝く大きな金色の瞳で、じっとリーンハルトを見つめながら真っ直ぐ見上げた。

 

(…………………!!!)


 ルージェと初めて目が合うと、その衝撃を合図に、リーンハルトの喉が声なき声をあげたようだった。

 

 そしてルージェの煌めき光り輝く瞳に釘付けになり、我と呼吸を忘れた。

 先ほどの涙の残骸も、どこかへ加速度を上げて走り去って行ってしまった。

 

 リーンハルトの身体がつないだ手を起点に、ルージェの瞳に固定された視線の他は無表情のまま自動人形のように動いた。

 吸い寄せられるように、もう片方の手でルージェの腰を支え助け起こすと、そのまま動けなくなってしまった。


「申し訳ありませんでした。ありがとうございました」


 ルージェがリーンハルトに声を掛け、助け起こしてもらったことを感謝した。

 しかし、リーンハルトはまだその姿勢のままで動かない。

 

「………あの……リーンハルト殿下?」



 ルージェが、自分の手と腰を離さないリーンハルトの名を不思議そうに呼び、少し首を傾けた。


 今度ははっきりと、リーンハルトの耳から心地よい快感が全身を駆け抜ける。


 透き通るような白い肌に映える口紅に彩られた、ふくよかに形良くぷくっと膨れた唇が、自分の名を呼び動く様を、リーンハルトは呆けたように眺めていた。


「………………」


 本当に衝撃を受けたときは、顔の筋肉は動かないらしい。

 身体も固まってしまうらしい。

 思考は言わずもがな。


 代わりに、衝撃より少し遅れて、リーンハルトの脳内がかつてない叫び声でいっぱいになった。

 

(な、に、こ………れ…………)


 もう、本当に………。


(………めちゃ、くちゃ………………、すっごく…………………かわいい……んですけど!!!!!)






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