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めんどくさがり屋の第七皇子とかわいくないと噂の第一王女の結婚について語ろう  作者: 春日あまね


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2/14

2,可愛くないとうわさの第一王女の結婚






「おかしくないかしら?」


 金色の蔦と葉と花で縁取られた大きな姿鏡の前に立つ王女は、足下でかがみながらウエディングドレスの裾を直している王女付き侍女のヨアンナに聞いた。



「お待ちくださいませ」


 ヨアンナは裾を調整し終えると後ろに立ち、鏡の中の王女に告げた。


「……完璧です」


 うっとりと、鏡越しにヨアンナは王女を見つめる。


 ヨアンナは十五歳で王宮に上がり、十歳の王女の侍女となった。

 王女を一目見るなり、彼女のことが大好きになった。

 今もそれは変わっていない。



「今日も、ルージェ様は大変麗しくいらっしゃいます」

「……ふふっ。そんなこと言うの、ヨアンナだけよ」


 王女は大きな目を細めて笑う。


「でも今日は、褒めてくれて少しは自信が持てるわ」


 王女の笑顔に陰りが混ざった。


「少しなんてご謙遜なさらず、思いっきり自惚れていいのです」


 断定的な響きを持つヨアンナの言葉で、王女は顔を赤らめた。


「……ありがとう」

「本当のことですから」


 ヨアンナは溺愛の表情を、確信の表情へと変えて答えた。


 王族なら当然に受け入れ鵜呑みにしそうな褒め言葉に、王女は恥じらうものの、嬉しくはなさそうだった。


「………リーンハルト皇子殿下に、あまりがっかりされないことを願うわ」


 王女は真顔に戻り、まぶたを伏せて瞳に陰を落とす。




 一昨日の到着後、身体や肌や髪の手入れに始まり、ドレスや装飾品の最終調整、バーシュタイン帝国の習慣の習得、作法の練習、本場の帝国語の話し方や発音の確認、結婚式の進行と言葉や動線の確認など、次から次へやることが山積みで、まだ第七皇子とは顔を合わせていない。


 急な縁組みで婚約式もなく、帝国の一番末の第七皇子がどんな人となりかも聞く機会もなかった。


 寵愛を受けたいと恐れ多いことは思っていないが、王女が一番申し訳なく思うのは、自分の容姿が散々嘲笑の的にされてきたことだった。


「私の評判も、お耳に届いていらっしゃるでしょうから」


 王女は心配そうに俯いた。



「……恐れながら……」


 ヨアンナは俯いた王女の手をそっと取ると、熱を込めて言った。


「本当に、ルージェ様はお美しいです。太陽のような輝きをお持ちです。お姿も、お気持ちも。どんな国のどのような方に嫁がれたとしても、大いに自信をもたれてくださいませ」


 その言葉を聞くと、王女は視線を重ねられた手からゆっくり上げ、ヨアンナを見た。

 この侍女はいつも心を温かくしてくれる。


 

「……ありがとう」

 

 ヨアンナこそが私の陽の光なのに、と王女は思う。


 暖かい色味の茶色の髪と瞳に彩られた笑顔は、まだ寒い日が続く中ふいに訪れた春の日の陽だまりのように王女を包み込んでくれるのだ。確かな愛情が、そこに宿っているせいでもあるだろう。


 

「それに、お輿入れ先が第一皇子殿下の側妃ではなくて…本当によかったです」


 ヨアンナは小さく頷きながら言った。


「そうね。皇子殿下の正妃として迎え入れていただけることに感謝しなくては。王都まで占領されていないとはいえ、私たちは敗戦国なのだから」

「辺境伯が迂闊だったばっかりに…って、そうではなくて!」


 ヨアンナは息巻く。


「もちろん、正妃として迎え入れられたのは喜ばしいことですが、お相手があの冷酷な第一皇子殿下よりはよかったと申し上げたかったんです!」

「心配してくれたのね」


 興奮気味のヨアンナをなだめるように、王女は言葉を続ける。


「……戦は何が起こるかわからないものよ。それに、ヤヴィス殿下はこれからお義兄様になるお方。物言いは控えないと。元々はこちらのワイニガ辺境伯が、先に仕掛けたのだから」

「だからといって、国境の村々と領都を焼き払い、討ち取った騎士団の首を槍に刺して並べるなんて……。…人間の所業じゃありません」


 ヨアンナは震えながら言葉を絞り出した。


「それほどまでにどんな怒りを買ったと言うのです? 直接、帝国に宣戦した訳ではないのに。人の尊厳を無視するやり方……帝国は、本当に恐ろしい国です」


 自分の両手をきつく握りしめ、ヨアンナはうつむいた。

 一滴の涙が、その拳を打つ。

 

「………第七皇子殿下だって、どんなお方かはわかりません……」

「ヨアンナ……」


 王女は堪えきれずに泣き出してしまったヨアンナに近づくと、握られた拳にそっと左手を置き、右手で背を優しくなでながら聞いた。


「お兄様の怪我のお加減はどうなの?」

「……順調に回復しているとのことです」

「そう、よかった。第十七騎士団は最初に最前線で戦って、本当に勇敢だった」

「………っ」


 ヨアンナは王女の優しい気遣いの言葉で、抑えていたものがあふれ出してきた。


「ね、ヨアンナ。ごめんなさい、負傷されたお兄様には申し訳ないけれど……」


 王女がヨアンナを覗き込むように顔を寄せた。


「………それでも、私はリーンハルト皇子殿下に嫁げてよかったと思っているの。我が国は帝国とは違って女の私には継承権はないし、嫁ぐことで王国民の役に立てるから。幼い妹たちの未来を守ることにもなるもの。多少の制限はあるかもしれないけれど、嫁ぎたいところへ嫁げるわ」

「ルージェ様」


 ヨアンナは涙に濡れた顔を上げた。


「頼りにしているのよ。ヨアンナ。これまで以上に」


 王女の言葉を聞いて、ヨアンナの頬に赤みが差す。


「……ルージェ様は、女神様の生まれ代わりなのでしょうか」


 眩しい視線を向けるヨアンナの頬を、王女は優しく手にしたハンカチーフでそっと押さえその涙をぬぐった。


「ふふっ、何を言っているの。………さあ、涙を拭いて。ヴェールをかぶせてちょうだい」




 その時、大聖堂の鐘が鳴り始め、うなりながら響いて聞こえてきた。

 続けて三回聞こえる。

 

 王女とヨアンナは音の出所の方角へ、吸い込まれるように視線を向けた。


「時間だわ。参列者への合図ね」

「……ただいま、ご用意いたします」


 ヨアンナは頷き顔を引き締め、ヴェールを取りに向かう。





 鐘の波打つ余韻が終わると、遠慮がちにドアを叩く音がした。


「ルージェ様。お時間ですが、扉をお開けしても?」


 ハーバート第一王女近衛騎士団長の声がした。


 ラルジュテーレ王国からの遥かの道のりを、ずっと気を張って護衛してきても疲れ一つ見せない強者である。

 確かに身長は高いがこの細身の身体で、いったい身体のどこに他を圧倒するほどの強さを隠しているのか、いつも王女は疑問に思っていた。

 

「少々お待ちくださいませ」


 ハーバートにヨアンナが答えた。




 王女の頭上に純白のヴェールが乗り、顔を覆う。

 ヴェールは後ろに長くたなびいて光を纏い、自ら発光するように煌めいた。

 

「この姿で他の男性に素顔を見せるのはよくない事なのだけれど、ハーバートの顔がよく見たいの。ヴェールをあげてくれる?」

「かしこまりました」

 

 少しかがんだ王女の顔に掛かるヴェールを、ヨアンナはそっと持ち上げた。

 そして扉を開けて、ハーバートを招き入れる。



「待たせたわね。どうかしら? ハーバート」


 一礼して入ってきたハーバートは、その声を聞いて顔を上げると、王女の姿を一目見るなり立ち尽くした。


「………素晴らしいです。総レースのウエディングドレスを、ここまで着こなせるお方は、他にいないでしょう」


 言葉に詰まりながら答えた。


 第一王女が誕生したときから王女付きの騎士として仕えているハーバートは、漆黒の瞳に涙を浮かべている。

 その様子を見て、兄のように慕っている王女まで瞳が潤む。

 

「ハーバートまで………。私の側近はみんな優しいのね」

「お言葉ながら、真の本心です」


 王女の立場を誰よりも理解している実直な近衛騎士団長は、気品のある顔を崩して流れ落ちそうな涙をこらえるのに精一杯だった。


 それを見て、ヨアンナもまた泣きそうになっている。


「ふふっ。ありがとう。ハーバートは嘘がつけないってわかっているから、本当にうれしい。このドレスの素晴らしさのおかげね」


 王女は、そう言って微笑んだ。


「いいえ。ルージェ様がお召しになってこそ、なのですよ。お顔立ちにも雰囲気にも、とても合っているのです。ルージェ様をドレスが引き立てて、ご自身もドレスを引き立てて、相乗効果で似合っているのですよ」

 

 ハーバートは、するっと人の心に入ってくるような、静かな話し方をいつもする。

 騎士団員達はかえってこの話し方が恐いらしく、恐怖が倍増するため “団長は決して怒らせるな” が合い言葉になっていた。


「それにルージェ様はこのドレスがお好きですね?」

「ええ。とっても素敵だし、それたけじゃなくて作り手の想いがたくさん込められているのを感じるから」


 ラルジュテーレ王国では王女が十歳になると、将来のために婚礼の用意が少しずつ始まる。衣装も丁寧に時間を掛けて作成されるのだ。

 同時に、嫁ぎ先に一緒に赴く侍女も年頃の貴族の娘の中から選定されるのだった。選ばれれば、一族の誉れとなり、親兄弟は出世を約束される。ヨアンナはこの時に選ばれた。


「その気持ちが溢れてあらわれています。……それに、服も人を選ぶのですよ。自分を着てほしい人のところへいくのです」

「………そう、なの?」

「そう、です」


 ハーバートはいたずらっぽく微笑んだ。

 その微笑みにつられて、肩の力が、手の先が、そして体中の力が、すっと抜けるのを王女は感じた。


(あれ? 軽………い?)



「そう、なのね。まるで人間みたい。………ふふふっ」

 

 掛け合いに自然と笑みがこぼれて、なんとなく身軽になった身体に、王女は自分が緊張していたことを教えられた。

 

 そして、ああ…私は大丈夫。王女はふと、そう感じた。



「先導をお願いできる?」


 ハーバートに微笑みを返した。


「かしこまりました」


 意を決したようにハーバートは頷く。顔が引き締まった。


 

「二人共、これからもよろしくね。私自身はリーンハルト皇子殿下のものになるけれど、あなたたちに私の心を半分ずつ預けるわ」

「それではご自分が無くなってしまいますよ」


 ヨアンナが不安そうな口調で、心配の表情を浮かべて言った。


「だから、私を、預けるのよ」

 

 王女は微笑んだ。


「私で、いられるように」


 王女のその言葉を聞くと、ハーバートとヨアンナは顔を見合わせた。

 そしてハーバートは片膝をつき右拳を左手で隠し、ヨアンナは両膝をつき左拳を右手で隠して、二人共に王国で最上位の礼をする。


「「かしこまりました」」


 二人同時に呼応した。



「さあ、立って。そろそろ時間よ」


 王女の声に導かれるようにヨアンナが立ち上がり王女に近づき、そっとヴェールを下ろした。


「では、まいりましょう」


 王女は大きく輝く瞳に力強い光を浮かべて、一歩を踏み出した。

 







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