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14/14

14, 呼び出し






「ようこそおいでくださいました。妃殿下。心より感謝し、歓迎申し上げます」


 レイテは重厚な執務机から軸をずらすことなく細身の体を立ち上がらせ、あごひげを揺らして温厚な笑顔を浮かべた。

 

 重い足取りのリーンハルトに先導されてやってきたのは魔法省の長官室だ。

 そこは扉を開けると本だらけの執務室だった。

 まず奥の執務机に辿り着くまでに左右に本棚が並んでいた。さらに扉を入るとすぐに左右にある螺旋のついた階段の上階にも、天井いっぱいまで本棚が並んでいる。

 机の上も段違いの本の山が出来ていた。そこからレイテは顔を覗かせたのだった。

 本が好きなルージェは、扉が開かれた瞬間驚くと同時に目が自然と輝いていた。


「僕には挨拶はないの?」


 すかさずリーンハルトが不服そうに促す。わざわざ来てやったのだ、敬意と誠意を示せと言いたげな表情だ。

 ルージェが返答の口も態度も挟む余地は皆無だった。

 リーンハルトのその言葉を受けて、レイテがこちらへ近づきながら小さく笑い、子供をあやすように言った。


「ようこそ。殿下」

「呼び出しておいて……まったく」

「どちらかというと、妃殿下にお会いしたかったものですから」


 レイテはにこやかにルージェに微笑みかけた。

 釣られてルージェも微笑み返す。


「は? めんどくさいのを我慢して来てみれば」

「どうぞ、お掛けください」


 リーンハルトの言葉を無視してレイテは優雅に少し頭を下げ、手のひらで皆をソファーへ誘導した。


「まあまあ。皇宮城へいらしていたのでしょう? お出掛けついでによろしいじゃありませんか。今日は晴れ渡った澄んだ青空が広がるお天気で、気持ちの良い日ですし」


 先ほどの調子を崩さず、笑顔のまま続けて言った。

 それを聞いてリーンハルトはますます仏頂面だ。


「王族を呼びつけられるのはレイテくらいだ」

「年長者を労わってくださって、誠に恐れ入ります」

「僕だけにその態度だろう?」

「皆様、礼儀作法を心得ていらっしゃいますから」

「のこのこ来るのは僕だけか」


 二人は謁見手続きもいらない気軽な関係のようだった。

 年齢も離れているし、官僚とこんなに皮肉も冗談も交えながら気軽に話し接するなんて。


(どんな関係なのかしら?)


 ルージェは気になる。

 会話に聞き耳を立てていれば、相手もリーンハルトのことをよく知っている様子だ。


 ソファーに腰掛け足を組みながら、リーンハルトはまだ何か言いたげな表情を浮かべている。

 ヴォルデマーに補助されルージェはその隣に座る。

 その後ソファーの後ろに回り込んだヴォルデマーが、リーンハルトの耳元で囁くような格好をして口を開いた。


「…殿下」


 鋭く低い声で諫める。

 内緒話の音量なのに、耳聡く声音(こわね)に含まれた意味を感じとってレイテの口が緩んだ。


「ははっ! とうとう雷が落ちましたね。隣で妃殿下が驚いているようですよ。殿下」

 

 対面に腰掛けたレイテが面白そうに言った。

 そこで初めて自分の失態に気づいたリーンハルトは、ばつの悪そうな顔をした。


「あっ。いや、実は…レイテは師匠なんだ」


(師匠? なら余計に気をつかうはずなのでは…?)


 礼をもって接するのが通常だろう。


「ますます妃殿下のお顔の雲行きが怪しいですよ。殿下のお行儀の悪さをご存じないのですね」


 レイテが笑いをこらえ、身もふたもない言い方で心証を余計に悪くするようなことを言う。


「それに、後ろでヴォルデマーが当然だという顔をしていますよ」


 リーンハルトはレイテの言葉で素早く後ろを振り返り、またすぐ慌ててルージェを見た。


「えっと……、ゴホン、んー。小さい頃からの僕とヴォルデマーの魔法の師匠のレイテ=ムーラ魔法省長官だよ」


 取り繕うように居を正し、改めてルージェにレイテを紹介した。

 紹介されて改めて驚く。


( "レイテ" はファーストネームなの?!)


 名前を呼ぶ仲だったのだ。


「お初にお目にかかります。お会い出来て光栄です」

「妃殿下からご丁寧なご挨拶を賜れるなんて…私は幸せ者です。以後よろしくお願いいたします」


 紹介されたレイテが、余所行きだろう笑顔で答えた。


「こちらこそお願いいたします」


 ルージェが微笑む。それに応えたレイテは本物の笑顔になった。

 二人のやり取りをもどかしそうに隣で聞いていた、失態を取り返したいのであろうリーンハルトが口を挟んだ。


「気軽になんでも聞くといいよ」

「それは殿下がおっしゃることではありません。もちろん、妃殿下にはすべてお答えいたしますが」


 レイテの物言いに叱られた子供みたいに憤慨してリーンハルトがそっぽを向き言った。

 

「だって。良かったね。遠慮しないで」

「はい…ありがとうございます」


 苦笑を隠してルージェは続けた。


「あの…お師匠様なのに、なぜお二人は屈託なく…仲がそんなによろしいのでしょうか?」

「手のかかる子はかわいいものです」


 にこやかにレイテは答える。

 が、すかさず反論が入った。


「そうかな。僕は優秀だったと思うけど」

「そうですね。 “優秀” ではありました。実技面では」

「なにそれ。他になにがいるの」

「そう聞くうちはまだまだです。ね? ヴォルデマー」


 矛先が急にヴォルデマーへ向いた。


「本当におっしゃる通りです。いろいろと学ばれることはまだまだたくさんありますね」


 動じる事なく落ち着いて、ヴォルデマーは同意し答えた。


「ヴォルデマーは本当に、優秀ですよ。椅子を譲ると前から打診しているのですが、色よい返事をもらえていません」

「他にたくさんふさわしい方がいらっしゃいますから」

「この調子ですよ」


 やれやれと同意を求めるようにレイテはルージェを見た。


「ヴォルは僕のだって」


 またもやルージェより先にリーンハルトが口を出した。


「心得ておりますよ。しかし、ヴォルデマーにも少しくらい選択の余地を与えてあげてもよろしいのでは?」

「……」


 何かを感じ取ったらしいリーンハルトは黙り込んでしまった。


「レイテ先生、職員やお弟子さん達にどうぞお譲りください。私では荷が重すぎます」

「その中でも君が一番適任だと思うがね」

「私は表舞台に立てる人間ではありません」


 ヴォルデマーの表情がいつになく暗いものに見えた。


「何を言う。君ほどにすべて備えた人物はなかなかいない。謙遜も謙虚も行き過ぎると不快を与える事になる。自ら周りを率いて道を切り拓きたくはないのか」

「ええ。今のままで。今のままで充分なのです。私は殿下をお支えできることに幸せを感じております」

「ヴォルデマー……」


 レイテがつぶやくように名を呼ぶと、場に沈黙が流れた。

 何かヴォルデマーには事情があるのかもしれない。

 ルージェはまだヴォルデマーの事を何も知らないが、相当な人物であろうということはこの短い付き合いの間にもひしひしと感じていた。レイテのその気持ちはわからないでもなかった。

 そのヴォルデマーが認め、減らず口のリーンハルトも言外で認めているらしい多くの弟子を持ち魔法省をも束ね引っ張るレイテ。

 なんとなくこのままの空気ではいけないような気がしてルージェが口を開いた。


「長官は、とても素晴らしい先生なのですね」


 ルージェのそのひと言に、ヴォルデマーが珍しく反応した。


「はい。多くの弟子がおりますよ。貴族にも平民にも。先生は出自を選びません。私達…というより、王族もすべてが長官の教え子です」

「え…?」

「なので、私では荷が重いのです」


 レイテは思った以上の実力の持ち主であった。



 ここで扉が外から叩かれた。お茶の用意が整ったらしい。

 レイテが返事をして招き入れた。

 給仕がカートを押して入って来てお茶の支度をはじめようとした矢先、レイテが声を掛けた。


「大丈夫。あとはこちらで」

 

 レイテの言葉にお辞儀を返して給仕が出て行った。違和感のないやり取りに、いつものことなのだろうと想像がついた。

 ゆっくりと優雅な動作でレイテは用意を始める。ティーポットからカップに茶を注ぐ姿は、白髪の混じったあごひげから推測するにそれなりの歳のはずであろうが、老いをまったく感じさせない気品に溢れ優雅で機敏な動きだった。

 立っていたヴォルデマーも容赦なく座らせて、一人一人に茶を配り茶を勧めて飲ませた。  


「さあ。どうぞ。私の注いだ紅茶は最高だよ。お菓子もたくさんあるからね」


 皆が強制的にカップに口をつけたのを見届け、満足そうに笑みを浮かべた。


「おいしいだろう?」

「別にいつもと同じだよ」


 そう言ったリーンハルトをレイテが睨みつけたので、ルージェは慌てて助け舟を出した。


「とても美味しいです。入れ方で変わるのですね」

「妃殿下はなんとお優しい」


 レイテは満足げた。


「私も美味しいと思います」 

「そうだろう。そうだろう」


 ヴォルデマーは一生徒に戻ったような物言いだ。 


 そしてレイテはカップを受け皿に置きながら、リーンハルトをじっと正面から見つめ言った。

 

「殿下、私に隠していることがおありですね?」


 









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