ファイル3:騙し事
「潜入?」
時は少女リン・ヤオがアストラ部隊を訪ねた所まで遡る。リンを自室まで運んだフィリアはトキノとパモスと共に話をしていた。
「あの子、どう思う?」
「どう思うって何よ」
「僕の推論から言うと、彼女は怪しい」
「かわい子ちゃんじゃん〜?大好きなお母さんの為に勇気出して俺チャン達の所に来てくれたんだぜェ?」
「そこじゃないよパモス。僕が怪しいと思っているのは、何故母親はエイリアンに独りでに立ち向かったのか」
「確かにそうね。一般人がエイリアンを見かけたとしたら真っ先に行動するのは、私達のようなアトラクターに救助を要請する事」
「仮に母親が僕らと同じアトラクターだとしても、1人で戦いを始めるような事は上は推奨していない。ましてや、一家の母親。だとすると、一連の彼女の行動は僕らアストラ部隊を少女を用いて貶めるやり口だよ」
「なるほどォ!でもよォ…なんでそれバックスに伝えねェんだァ?」
会話に参加しているのはフィリア、トキノ、パモスの3人であり、バックスは周りには居なかった。パモスは不思議そうに首を傾げるが、トキノの顔を見ると納得したかの様に大人しく椅子に座った。
「ま、トキノのその顔は何かしら考えがあるっつう訳かァ…。俺チャンはその考えに賛同だッ。というより、トキノの考えに間違いは無い!って思ってるからよォ」
「バックスを利用するのはわかったけど、具体的には何をするの?」
フィリアはトキノに問いかけると、ちょっと待っててと両掌を挙げて棚から紙とペンを持って戻って来る。紙を机の上に広げると絵を描き始めた。
「まず、僕がバックスに単独調査を依頼する。フィリアは彼女と聞き込み調査、パモスは彼女の自宅周りの調査、僕とバックスは壁周辺の調査の体をつくる。調査と言っても深くはしなくていいよ。フィリアはある程度時間が経ったら、街外れにある廃墟に向かって、パモスはその後に合流。僕は別件の用事があるからそっちに行けないから、エイリアンが現れたら2人で対処して欲しいけど、大丈夫そうかな」
「当たり前だぜェ。俺チャン達を何だと思ってんだァ?対エイリアン特攻部隊だぜェ?」
「違うけれども…。それより、トキノの別件っていうのは何?」
時は戻り、現在。トキノとバックスの2人は壁周辺の調査をしている。
「そう、潜入。エイリアンは何処かからこの街に潜み、僕達から排除しようと企んでる。それがここの壁にある」
バックスはトキノが撫でている壁を注視するが、至って普通の壁であり、怪しい箇所は見当たらない。しかし、トキノはその壁に向かって背中に背負っていた片手剣を突き刺すと、壁は鈍い音をたてながら動き始める。そこから現れたのは地下へ続いているような階段である。トキノは躊躇無くその階段へ向かっていくと、バックスは慌ててついていく。
階段は暫く続き、太陽光の入らないような暗闇へと2人を誘う。咀嚼するようにどんどんと暗くなっていく。
「なぜ、こんな地下が」
「それは僕にもまだわからない。形跡を辿りながら進んではいるけど」
淡く光るトキノの目には足跡が光って見えていた。その足跡はとある場所で止まり、それに伴って2人も足を止めた。バックスが腰にある懐中電灯で周りを照らすと、暗闇が晴れた。
「こ、これは…ッ!」
同時刻、フィリアとリンは聞き込みを中断し、公園のベンチに腰をかけていた。
「お母さん…」
「見つからないわね。誰も知らないなんて、おかしな話じゃない」
リンの目からまたしても小さな涙が溢れそうになっている。フィリアは彼女を落ち着かせる為、頭にそっと手を乗せる。彼女はフィリアを見上げると、フィリアは明日の方を見ており、此方を見ていなかった。目線の先を追うと、母とその息子が2人で公園の遊具で遊んでいる光景が写る。
「そろそろ行こうかしら」
リンはわからないというように首を傾げると、フィリアはそんな彼女の手を引いてどこかへ歩いて行く。無言で歩く2人は気まづい雰囲気が流れている。
そんな気まづい雰囲気の中、辿り着いたのはとある廃墟。リンは不安そうな顔をしているが、フィリアはそれに気づいていないのか、はたまた無視をしているのか、廃墟の重い扉を開く。中は湿っぽく、生暖かく、埃が舞い踊っている。長年放置されていたのか、埃が蜘蛛の巣のように伝い、気味の悪い空間が出来上がっていた。
「さてと、リンちゃん」
リンはまたしても不思議そうな顔をしているが、フィリアの顔は小さな体からはとてもじゃないが見えない。
「私達はアトラクター。エイリアンの存在を抹消する為に日々戦ってる。そんなオチャらけた芝居が私達に効くとでも思って…ッ!」
「!?」
そう言うと、フィリアは背中に担いだ大剣でリンの頭から足まで切り裂く。リンは痛覚を味わった声、ではなくとても人間とは言えない悲鳴を上げる。リンの身体を引き裂いて出てきたのはエイリアン。
昨日、フィリア達と戦っていた個体とは打って変わって、全長は先程リンだったものと同じくらい、後ろに伸びる湾曲した角、鋭く光る眼光、昨日の個体でいう鋭利な爪だった部分には3本の奇怪な指が生えている。
「いつ気づいたのかって言いたげな雰囲気ね。最初からよ。最初からアナタが人間では無いのは気づいていた。私とトキノはね」
フィリアの頭にフラッシュバックされる光景には、尋ねて来たばかりの少女の姿。外は雨が降っている訳じゃないが濡れている。しかし、まるでその水滴は体の内側から排出されているかのような雰囲気。次に映し出されるのは、フィリアが外を見たタイミング、窓の反射に映し出されるのは少女の背中を引き裂いて出てくる奇妙な爪、その爪はフィリアの背中を確実に捉えている。そして、最後に映し出されるのは、少女の涙。涙を流すタイミング、目頭の部分を極小の引き裂かれるような傷が出来ているのがフィリアの目にはハッキリと映っていた。
エイリアンは悔し紛れにフィリアに飛びかかる。飛びかかりを大剣のフラーの部分で去なし、その反動で地面を抉りながらエイリアンを切り裂く。またしてもエイリアンから悲痛な鳴き声を零しながら吹き飛ばされていく。廃墟はその衝撃を吸収する事が出来ず、ガラガラと支柱が崩れ落ちる。
「エイリアンも頭に来ることがあるのね。勉強になるわ」
崩れ落ちた衝撃で埃が舞上がり、煙幕弾が放たれたかの如く、一面は煙海に成り代わった。フィリアは手で鼻と口を抑え、埃の侵入を拒む。煙の奥で揺らぐ影が1つ、エイリアンの再活動が始まった。エイリアンは辺りが埃の煙に覆われているのを悟ったのか、フィリアから距離を取り、フィリアからは視認する事が出来なくなる。
「それで私を欺くつもり?冗談キツいわね。見えてるわよ」
影も音も無く後ろから突如現れたエイリアンの攻撃を容易く回避し、大剣をガリガリと地面に突き刺さったまま振り回す。見事にエイリアンの腹部を切り裂き、悲痛の声を漏らす。大剣を振り回した事により、埃はその斬撃に沿う形で消えていく。エイリアンは腹部を切られた影響でジタバタと藻掻いていた。
「はぁ、トキノが注意しろって言ってたけど、アッサリ終わっちゃいそうね」
フィリアは大剣を引き摺りながらエイリアンに近付くと、まるで汚物を見るかのような目のまま大剣でエイリアンを真っ二つに切り裂く。悲鳴を上げる事なく、エイリアンは息絶え、それをものともせずにフィリアは踵を返す。向かった先はかつて少女リンだった物。
「結構グロテスクだけど、小さい女の子の遺体をこんな場所に放置するのは気が引けるから、ちゃんと埋葬してあげるわよ。リンちゃん、貴女の魂が正しく導かれるべき場所へ送るわ」
グチャと気分が害されるような音を出しながらリンの遺体を持ち上げると、廃墟を後にした。
数刻前、トキノとバックスの目に映し出されたのは、複数の人間の遺体が天井の上から足を結ばれる形で吊るされている奇怪な光景であった。バックスはこの光景に嗚咽をするが、トキノは淡々とバックスに状況の説明をした。
「これらの遺体はエイリアンの隠蓑、このギャルドに潜入する為の」
「隠蓑って…ッ!まさか!」
「そのまさかだよ。リンその犠牲者の1人、そして次なるエイリアンのターゲットは…」
「フィリア!」
「えっ!?」
突如廃墟の隙間から飛び出してきたパモスに突き飛ばされ、2人は抱き合う様な形で転がる。2人は顔を上げると、目に映ったのは先程斬ったはずのだらしなく涎を垂らしているエイリアンだった。
「どうなってるの!?」
「トキノから聞いた。アイツの能力は皮を被り、その外皮の記憶とステータスを参照する力だ。つまり、エイリアンが他のエイリアンの外皮を使って操作していたんだッ」
「何なのそれ!何でもアリじゃない!?」
『この街の最大の脅威点である僕達だ。1人ずつ、ゆっくりと蝕むつもりだよ』
立ち上がった2人はエイリアンと対峙した。エイリアンは威嚇しながら2人に飛びかかる。心做しか先程よりも移動速度が上昇しているかのように見えた。間一髪で左右に分かれて避け事を制したが、エイリアンは執拗にフィリアを追いかけ始める。その様子にパモスは背中に背負っていたクロスボウを手に取り、矢を装填する。一呼吸、パモスの瞳が光り始める。大地を踏み締め、クロスボウを放つ。矢は甲高い音と共に飛び、エイリアンを貫く。エイリアンは悲痛の声を漏らし、吹き飛ばされていく。
「ありがと、パモス。でも、まだ終わってないみたいよ」
埃の中からグチャグチャと気分を害す様な音と共に現れたのはまたしても傷一つ無いエイリアン。その様子に警戒を解かずに2人は対峙する。
「いつから気づいていたんだ…?トキノ?」
場面は切り替わり、トキノとバックスは天井から吊るされた人間の遺体達を丁寧に降ろしていた。
「リンが僕達を訪ねた時から。彼女には不審な点が見られた。1つは『お母さん』、彼女が何度も口にした単語、僕はその時から察していたよ。見ず知らずの他人の家に『お母さん』という単語だけで『助け』を求めるのはあまりにも不審。相手が子供であろうとも、現代の子供は『助け』を求めるのにただ『お母さん』という単語だけを利用しない。最初に求めるのは『助けて』だと思っている。エイリアンにとっては僕達を欺くのに最適な単語だと認識したんだろうね。何せ、こんなにも人間を殺している。その中で知識、言語、喜怒哀楽、助けを求める人間の欲深さを経験したんだろう。そして、人間の子供は『助け』を求める時、必ず『お母さん』という単語を放つ。まぁ、この1つの仮説は僕の勝手な推論ではあるけど」
天井に吊るされた中には子供も何人か吊るされていた。傷も無く、まるでまだ生きているかのような状態で吊るされている。
「2つ目は彼女の涙。これはフィリアが気付いた事。フィリアが見たのは彼女の目尻を引き裂いて涙が出てきたように見えたと。人間の体の構造上、目には涙腺と呼ばれる物があり、そこから涙が出てくる。涙腺から流れ出て、目頭から涙が溢れて来る。これが人間の構造として正しい。だけど、フィリアが見たのは涙腺付近に小さな亀裂が入った後から涙を出したそう。これは人間としては有り得ない。エイリアンは人間が『助け』を求める時、涙を流しながら懇願をしていたのを見たのだろうけど、構造までもは理解出来てなかったみたいだね」
「なるほどな…だが、何故俺に報告しなかった?」
「調査任務は本部への依頼は必要無いけど、討伐任務になると本部への依頼が必要なんだよね?そもそも僕は甚だ疑問なんだ。何故、討伐する為に許可が必要なのか」
「はぁ、全くお前らは…。後始末が大変になるだけだぞ…」
場面は戻り、フィリアとパモスはエイリアンとの戦いに勤しんでいた。戦いは激動し、エイリアンは徐々に小さく、そして速くなっていた。その様子にフィリアとパモスは苦戦を強いられていた。
「キリが無いッ!イッパツで仕留め切れねェのかァ!?」
「アイツの体に深く突き刺せれば外皮ごと全部切り落とせると思うんだけどッ!速すぎて上手く捉え切れない!」
「はッ!簡単じゃァねェか!俺チャンに任せんかァ!」
エイリアンとの攻防を制しながら会話をしていると、パモスは突如廃墟から出て行く。フィリアはそんなパモスを横目に何かを察したのか、廃墟の奥へと走っていく。その様子にエイリアンは迷う事なくフィリアを追いかけ、廃墟の奥へと走る。
暗闇でエイリアンの爪とフィリアの大剣で火花が散る。パモスは向かいの建物の屋上へと駆け上がると、持ち前のクロスボウを構える。中で激闘が繰り広げられているか分からないくらい外は鬱蒼としており、人一人歩いていない。一呼吸、パモスの瞳が光り始める。途端、風が止み音が止まる。まるで世界がパモスだけを置いて独立の動きを始めたかのよう、その中で廃墟の暗闇に火花がゆっくりと弾ける。刹那、パモスはクロスボウの引き金を弾いていた。世界は戻り、矢は音速を超えたように見え、その矢はエイリアンの左腕を正確に捕らえた。フィリアはエイリアンの脳天から大剣を深く突き刺す。奇怪な声を漏らしながら悶え始めるが、フィリアはゴミを見るかのような目で更に大剣を押し込む。何重にも重なった奇妙な劈くような叫び声は何も無い廃墟に響き渡り、やがてその児玉すら消え去った。
「フィリアちゃーん!終わったァー!?」
廃墟の瓦礫をガラガラと退かしながらパモスが侵入してくると、暗闇の中でフィリアは立ち尽くしていた。悲しみと捉えるか否か、フィリアは呆然としていた。
「フィリアちゃん。終わったぜェ。さァ、トキノと合流しよォ」
「まだよ。まだ終わってない」
フィリアの目線はパモスに向いていなく、それはかつて少女だった物に向けられていた。
一方、トキノとバックスは吊るされていた遺体を回収し終え、地下から上がって話し合っていた。
「で、どう落とし前付けるんだ?これが本部にバレたら大問題だぞ?」
「大丈夫、ジームが僕を把握してるように、僕はジームを把握してる。あの人は僕が独断で動いたとなれば、何も文句は言わない」
「けどなぁ」
「やぁ、バックス君。それに、トキノ君も」
「ジ、ジーム司令官!」
2人が話していると街の中からコツコツと1人の男性が歩いて来た。彼の名はジーム・ドルイドで、対エイリアン特殊部隊『デバック』の総司令官である。
「バックス君、心配しなくていいよ。トキノ君の独断行動なのは理解出来ているし、それにそろそろ方針を変えようかと思っていてね。敵の数が数年前と比べると明らかに増えて来ているから、わざわざ許諾を得る必要性が無くなってきているんだ。はぁ、前から色んなアトラクター達から「めんどくさーい」だの、トキノ君みたいに「必要無いよね」みたいな声は聞いてたからね」
「その、お言葉ですが、どうして此方に…」
「そうそう、トキノ君が珍しい物を発見したそうだから見に来たんだよ。お、この中かなぁ…ぅ、死臭が凄い…」
ジームは先程2人が潜っていた階段を覗き込むと、鼻を摘んで出てくる。司令官とは思えない程、顔を引き攣らせている。バックスは乾いた笑いを出し、状況の説明を始めた。
「ジーム司令官、既にご存知かと思われますが、一応の程、報告致します。街の中にエイリアンが現れ…」
「いいよいいよ。私が極度の面倒くさが屋なのは重々承知してるでしょ。その辺は省いて、まず民間人の遺体をどうするか、これが1番聞きたいんでしょう?」
「はい。私の考えでは、私達で埋葬するのが手っ取り早いかと」
「なるほどねぇ…ふんふん…。では、トキノ君、私がこれから何をするか当ててみてなさい。勿論、エーテラーの使用は禁止にしようか」
ジームは顎髭の無い顎を撫でながらトキノに問いかけると、トキノは無表情でジッと見つめ観察する。ジームは動き出そうとすると、トキノは口を開いた。
「ジーム、それは規約違反になるんじゃないのかな。僕は人を傷付けないよ」
「ふーん、エーテラー無しでもそこまで読めるようになったんだ?だけど、私がしようとしているのは、それだけじゃないよ」
「それもダメ、僕は遺体達を埋葬することを勧める」
2人の会話を聞いていたバックスはまるで頭の上にクエスチョンマークが出るような呆けた顔をしていた。しばらく2人は見つめ合っていたが、ジームは吹き出した。
「アッハハ!やられたやられた!やっぱり君は面白いよ!いやぁ、最初から君達の考えには乗るつもりでいたけど、トキノ君が居たから揶揄いたくなったんだ。うん、彼らをきちんと埋葬してあげよう。残酷な死に様だったんだろうね、流石に遺体を弄ぶような事はしないさ」
トキノは無表情ながらジームに対して睨みを利かせているように見えた。ジームはそう言い残すと、踵を返して去って行った。バックスは終始2人が何を話しているのか分からなかったが、唯一トキノはジームの事を嫌っているのだけは理解出来た。トキノはジームを流し目で見ながら遺体の処理を始めた。
「ここがリンちゃんの家だよォ。流石の俺チャンでも許せねェからよォ、付き合うぜェ」
フィリアはパモスの案内によりリンの家に辿り着いていた。その手には袋に優しく包まれた彼女がいた。
「そういえば、パモスにはまだ私の話をしてなかったね」
パモスは急に話し始めたフィリアに疑問を抱くが、フィリアの横顔は悲哀に満ちた顔をしており、口を挟む事は出来なかった。埋葬をしながらゆっくりと口を開く。




