第70話 6月30日 火曜日②
電話ボックスのうしろでコンコンとガラスを叩く音がした。
こんなときに誰だ? ふだんはこの電話ボックスに人っ子一人こないのに。
僕はいま絶対にこの電話ボックスから出るわけにはいかないんだ。
ほかの電話ボックスに行ってくれ。
「そう言われても。こんないち警備員じゃなにもできないよ」
「でも、そこを、そこをなんとかお願いします」
「僕は警備の仕事だから医療スタッフとはほとんど関りがないんだよ。患者の情報を手に入れるなんて不可能だよ」
「なにか方法があるはずなんです」
まだ僕のうしろで誰かがコンコンと電話ボックスのガラスを小突いている。
頼むから別のところへ行ってくれ。
そんな思いで振り返る。
「わぁ!!」
「は?」
え? 僕はマヌケな声を出していた。
聞き慣れた声と電話ボックスのうしろから僕を驚かせるこの行動パターン……。
僕はすぐに電話ボックスから飛び出した。
「な、な、な、なんで?」
バタンとドアが閉まる。
電話ボックスの中で受話器が宙ぶらりんになってゆらゆらと揺れていた。
菊池さんの声が聞こえないけど聞こえている。
「拓海くん。なんか電話ボックスでばたばた忙しかったね?」
「え? どういうこと?」
「だって何回も受話器をとったり置いたり。またなにか新しいことやってるのかな~って思ってノックしてみました」
彼女は呑気にそう言った。
じ、事故は? い、生きてる? 「111」の呪い? 最期のお別れにきた?
「え、あ、あの、その、あの」
「拓海くん。なんでそんなに驚いてるの?」
「だ、だって車にはねられたんじゃないの?」
「どういうこと?」
そう言って彼女はきょとんとした。
どういうことか知りたいのはこっちのほうだ。
「だって電話でそう言ってたから」
「誰が?」
語尾を上げた彼女の問いは、僕の心境とは真反対で日常的な疑問符だった。
「だ、誰? だ、誰だろうね。わからないけど……」
僕も僕で自問自答する。
あの人はいったい誰なんだ? ドラッグストアは国道沿いにあるんだから時間によってはあのあたりに人は多い。
となると買い物客とか、バスを待ってた人とか、か。
「わからない? それって相手がわからないってこと?」
「そう」
「どういうこと? まさか、の、111の呪いの電話にひとりでかけちゃった?」
ここで「111」の話題を持ってくるなんて……。
でもあれって結局試験発信による自動返信があるだけなんだよ。
「111にはかけてないけどU町のドラッグストア前の公衆電話に電話をかけたらきみが車にはねられたって」
「ん? 果たしてそれは本当に山村澪ちゃんかなぁ?」
彼女は自分の名前を言いながら首をかしげた。
またなにかのキャラか?
「えっと、えーと」
……そういえば僕は彼女が事故に遭ったところを直接見たわけじゃない。
さっきの電話の主は――山村さんってあの女子高生のこと、としか言ってない。
僕が勝手にそう思い込んで、――はい。そうですって答えただけだ。
それって僕の勘違い?





