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【完結】スマホを持たない二人は電話ボックスで出逢った -グラハム・ベルの功罪-  作者: ネームレス


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第61話 6月26日 金曜日②

 彼女と話してたらいつの間にか菊池さんに電話するのを忘れてしまっていた。

 

 「あ、そうだ。ちょっといつもの電話いい?」

 

 「うん。いいよ」

 

 彼女はこの電話ボックスから五メートルほど離れて行った。

 やっぱりこれだけの距離が空くと僕の電話の会話が彼女に聞こえるわけがない。


 僕は慌てて公衆電話にテレホンカードを入れた。

 しばらくプルルルと呼び出し音がなって菊池さんの声がした。

 今日は四時四十五分までの休憩のはずだからまだ大丈夫だろう。

 

 「菊池さん、ちょっと遅れました。すみません」

 

 「いや、いいんだよ」

 

 「今日はどうでしょうか?」

 

 「うん。安定してたよ」

 

 「そうですか。確認ありがとうございます」

 

 僕がそう言ったあと菊池さんとの会話にわずかな間をかんじた。

 

 「……ねえ、拓海くん。あのね」

 

 「は、はい」

 

 なんだろう? じつは母さんの状態が悪化したとか?

 

 「拓海くんは拓海くんがお母さんのお見舞いにきた日も昼から用事があると言っていた。二十三日の火曜日も明日は電話をかけられないかもしれないと言ってじっさいに電話はかかってこなかった。僕に梅木さんのことを訊いてきたときも拓海くんは考えごとをしていて心ここにあらずだった気がする。それに今日の電話もいつもよりだいぶ遅れた」

 

 ああ、僕があまりに身勝手に予定を変えるからついに菊池さんを怒らせてしまった。

 

 「すみません」

 

 「違うんだよ」

 

 菊池さんは怒るどころかものすごく穏やかだった。

 

 「なにがですか?」

 

 「拓海くん。もういいんじゃないかい?」

 

 「えっと、それってどういう意味ですか?」

 

 「毎日毎日僕に電話をかけることさ」

 

 迷惑がられてるのかもしれない。

 僕はまるで不幸という砂鉄を集める磁石みたいだ。

 母さんの見舞いに行った日に僕は菊池さんのスマホの着信履歴を見た。


 来る日も来る日も僕がかけた。

 【公衆電話】【公衆電話】【公衆電話】【公衆電話】【公衆電話】【公衆電話】の着信履歴ばっかり。


 そりゃ嫌になるよな。

 毎日毎日、夕方の休憩時間には僕からの電話。

 電話しない日もあれば遅れてかけてみたり。

 

 「ご迷惑ですよね? 毎日毎日母さんの様子を見てもらって」

 

 「拓海くん、そうじゃないんだ。拓海くんは前にも僕の休憩時間を潰したって気にしてくれたけどそれは本当にかまわないんだ。これを提案したのは僕からなんだしね。なにより僕は拓海くんのお母さんのご両親に本当にお世話になったんだから。拓海くんきみは優しすぎる。それはお母さんに対してもだよ?」

 

 「はあ……」

 

 「拓海くん。僕が言いたいのはね。きみは毎日電話かけることを義務にしている。病院にいる僕に電話をかけなきゃいけないと思ってるんだ」

 

 「え?」

 

 「もしも今の生活で電話をかけることを忘れるくらい夢中になれることがあったらそっちに集中したっていいんだよ? ただでさえ今はヤングケアラーが問題になってるんだ。あいにく拓海くんのお母さんは命に関わるような状態じゃない。仮になにかあれば僕が町内会の誰かに電話して取り次いでもらうこともできる。電気が止まったときのように僕が車で拓海くんの家に行くこともできるし。それに大納言の大場さんもなにかのときには遠慮なく連絡してほしいとおっしゃってたよ」


 「菊池さん、大将、じゃなく大場さんと話したことあるんですか?」


 「拓海くんがアルバイトをはじめるときに備考欄に僕が保護者代わりになるって旨を書いたじゃない?」

 

 目から鱗だった。

 そうだ履歴書の備考欄に緊急連絡先として菊池さんの名前と住所と携帯番号を書いたんだ。

 菊池さんと大将のふたりでそんなことまで話してたのか。

 

 「拓海くん。もう一回本当(・・)の高校生に戻ったらどうだろう?」

 

 「えっ……と」

 

 「それにね」

 

 「はい」

 

 「拓海くんのお母さんの入院費なんだけどね」

 

 僕はその入院費から目を背けていた気がする。

 じっさいどうなっているんだろう? 母さんの保険証があったからなんとなくそれでやってるいけてたような気がしてたけど……。

 

 「ああ、はい」

 

 身構えてしまう。

 

 「S町のひとり親家庭等医療費助成制度のひとつである高額医療費制度というのを適用してるから安心して 」

 

 「じゃあ、そんなに費用はかかってないんですか?」

 

 「そのあたりは大丈夫だから心配しないで」

 

 「そうですか」

 

 心が軽くなった。

 

 「でも、それもこれも警察の梅木さんが尽力してくれたおかげなんだよ」

 

 「え、あの刑事さんが?」

 

 「そう。法テラスっていう日本司法支援センターを介した弁護士にも入ってもらえたし」

 

 僕はなにも知らなかった。

 警察はあれで終わりだと思っていた。

 事情を訊いてあとは”さよなら”みたいに思ってた。

 警察を怨んでいたのはただの逆恨みだ。


 僕は憎しみの対象を間違えていた。

 たぶんそれは詐欺グールプの犯人の顔がわからないからなんだ。

 それよりも担当してくれた梅木さんを憎むほうが楽だったから。


 盗られた金をとり返しもしない、人を騙してるやつを捕まえもしない。

 なら、なんのために警察があるんだって、その存在自体に疑問を抱いていた。

 人を騙す人間のほうが絶対的に悪いのに、警察に敵意を抱くなんて本末転倒だ。


 「あと、ときどき担任の水木先生からも連絡がくるよ。生徒の生活環境を見守るのも担任の役目だってね。それにきみの長所をもっと伸ばしてあげたいとも仰ってた」

 

 え!? 

 水木先生も? 日曜日に特別【コンピュータ室】を開けてくれたりもした。

 

 「拓海くん。きみは世界のなにもかも信じてないけど。まあ、お母さんがあんなふうになってしまったんだからそれも無理はないと思う。でも世の中だってそうそう捨てたもんじゃないよ」


 「そ、そうですね」

 

 そうだ僕はこの世界のすべてを拒絶してたんだ。

 すべて他人事で、すべてが表面上の付き合いで、すべてが敵だと思ってた。

 この世界に僕を救う人なんて誰ひとりいないと思ってた。

 

 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらってしばらく電話を控えさせてもらおうと思います」

 

 「うん。きっとお母さんもそれを望むはずだよ? 今しかない時間を楽しんで」

 

 「はい。ありがとうございます」

 

 今日はテレホンカードをだいぶ使ったな。

 でも新しいテレホンカードにしたから残りはまだ「35」パワーもある。


 菊池さん、大将、水木先生それにあの警察の梅木さん。

 僕は僕の知らないところでたくさんの人に助けてもらってたんだ。

 僕自身が気づいていなかったことを菊池さんに気づかせてもらった。


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