第6話 6月8日 月曜日⑥
その娘は僕の目の前に立ったまままだ肩で息をしている。
あまり芸能には詳しくないけれど声優アイドルにこんな雰囲気の娘がいたな。
よっぽど急いでいたんだろう、そんな雰囲気が溢れている。
ただ、ここで立ち止まってどこにいくんだろう?
だって僕のうしろにあるのは誰もいない電話ボックスと線路さえもない廃線の無人の駅。
まさかとは思うけど、そんな誰もいない駅に用事があるわけじゃないだろう。
窓に貼ってある時刻表のステッカーだってスクラッチくじを削ったようにギザギザに欠けている。
誰も手入れをしてないのは一目瞭然だ。
この一画だけなら心霊スポットといっても過言じゃない。
「すみません。それいいですか?」
「え?」
そ、それ? とは?
「なんのこと?」
「その電話です」
ああ、なるほど電話ボックスの中にある公衆電話のことか。
正直、S町にいる高校生でこの電話ボックスを使うのは僕だけだと思っていた。
でもその制服はS町にある高校の制服じゃない。
見慣れない制服だけどどこの高校だろう?
「え、ああ、うん、どうぞ」
僕自身が電話ボックスの入り口にいて彼女の進行方向を塞いでいたみたいだった。
邪魔だったな。
僕はさっと横にずれた。
その娘は急用とばかりに電話ボックスに近づいていくと扉の右側を手で押した。
電話ボックスの扉はぴくりとも動かない。
そのあとも同じ場所を何度か強く押していた。
けれど、やっと諦めたようで僕から見て電話ボックスの右側面に移動していった。
ひとりうなずきながら、そのガラスを押している。
うーん、と唸りながらまだ側面のガラスに触れていた。
いや、そっちも開かないけど、と心の中で思う。
それはどこからどう見ても一枚ガラスだし。
これは本気でやっているのだろうか? つぎは電話ボックスの真後ろに回り込んで、また扉を一生懸命に押している。
順番通りに巡ってきて今度は僕から見て左側面のガラスを押しはじめた。
僕はいまだにそれを黙って見ている。
なぜなら「現役女子高生が全力で電話ボックスから電話をかけてみた」なんてふうなライブ動画の撮影中かもしれない。
ただの脇役でしかない僕が映り込んでしまうと放送事故で撮り直しになってしまう。
ただ彼女はスマホを持っていない。
でもこんな場合はすこし離れた場所から友達が撮影しているはずだ。
今のスマホの機種なら望遠での動画撮影だってできるだろう。
スマホじゃないにしろ撮影用の機材は用意してきているはずだ。
その娘は電話ボックスの正面に戻ってきて――なるほどとつぶやいた。
なにがなるほどなんだろう? ああ、さすがにもうオープニングの撮れ高は充分か? ついに電話ボックスに入って電話をかける気になったか。
「おっ、と」
その娘からそんな声がもれた。
僕を見て、ああこれねといわんばかりの顔をした。
ようやく電話ボックスの正面ドアの左側にあるすこしだけ飛び出ている取っ手に気づいたようだ。
そっか、僕の体の陰になって見えなかったのか。
申し訳なく思う。
彼女はおもむろに取っ手を掴んで奥に押すと電話ボックス全体ががつんと音を立てた。
うん、まだ撮影中だ。
その娘はまたう~んと唸っている。
すぐに、はぁと息を吐き、また奥に向かって扉を押した。
ここの電話ボックスのドアは折り畳み式ドアで取っ手部分を掴んで奥に押すと同時に右に引くことで開くようになっている。
たぶんふつうの電話ボックスなら取っ手を掴んで右に引くだけで開くんだろうけどなにせここは古い電話ボックスで建付けも悪い。
僕も最初はこの電話ボックスに入るときに手こずった。
でも知人にこの電話ボックスの癖を教えてもらって以来、問題なく出入りできている。
「あの、ここの鍵持ってますか? さっき中に入ってましたよね?」
「え?」




