第52話 6月23日 火曜日①
菊池さんとの電話を終えた。
あれ以降”コンノ”という人から接触もメッセージもない。
彼女がどうなったのかもわからないけど警察が介入している以上無事なのは間違いない。
彼女になにかあれば昨日秋山さんもそう言っていただろう。
電話ボックスのなかでガラスの壁にもたれながら、つぎの土曜日にコインランドリーの裏の駐車場に行くかどうか考える。
「わぁ!!」
思わず振り返る。
え?!
ど、ど、どうして突然、僕のうしろに顔が現れた。
電話ボックスのガラスに額をくっつけて僕を見ている。
「あっと、えっと」
僕はしどろもどろになったのを必死にごまかした。
焦っているのは複合的な要因で心が散らかってしまったからだ。
なにひとつ心の準備をしてなかったところに急に会ってしまったこともそうだけど、なによりコインランドリーの駐車場であの現場を目撃してしまったこととか……。
とにかく理由ならたくさんあった。
でも、なんで電話ボックスのうしろから? ああ、そっか別の道を迂回してきたんだ。
そう、この電話ボックスはコインランドリーからまっすぐ進んでL字になったところを右にぐるっと回ってきてもここに着く。
彼女なら僕がだいたいこの時間ここにいることはわかっていたはずだ。
なにを話せばいいだんろう? 僕はとりあえず電話ボックスから出た。
ドアが緩やかにばたんと閉まる。
「えっと……」
「助けてくれてありがとう」
彼女は開口一番そう言った。
なんのことだろう?
「は、えっと、それってどういうこと?」
「まさかあのボタン押しちゃうとはねぇ? 絶対に押しちゃだめだって言ってたくせに自分が押すのはいいんだ?」
彼女は悪そうな顔をした。
一昨日の公衆電話のことか。
でも、なんで知ってるんだろう? 誰かに見られてたのか? あのスマホで映画を観てた人? それともあのコインランドリーから出て行った男女のペア? あるいは梅木って警察が調べたのかもしれない。
大納言にきてあの女子三人組の聞き込みをするくらいだからその可能性はある。
ただ電話の発信場所がコインランドリーだとわかっていても僕が電話をかけたことはわからないはず、だとは思うけどやっぱり警察ならそれもわかるのか? 指紋とか声とか? でも僕自身のデータがないと照合はできなよな。
ま、いっか僕がここで逮捕されるわけじゃないし。
「ああいう場合なら押したっていいんだよ。というかああいうときのためにあのボタンがあるんだからさ。きみが恐喝されてたわ、わ、け、で」
しまったと思った。
”恐喝”じゃなくてもっと別の言いかたがあったかもしれない。
「恐喝かぁ。うん、まあそうだわな」
また何かのアニメのキャラのように言った。
「ごめん。自分でもすごくタイミングの悪いときに駐車場に行ったと思う」
彼女は人差し指を一本を手前に出した。
「ジャストタイミングだよ。私がああなってるところをきみには見てもらいたかったからさ」
「え?」
……ますます僕は混乱した。
わざとあれを僕に見せるって? まさかあれは「女子高生四人が男子高校生の正義感を試してみる」ってライブ動画の撮影だったとか? の、わりには本物の警察沙汰になってしまったけど。
「どうして?」
この娘がなにを考えているのかぜんぜんわからない。
まあ義務じゃなかったけれど突然、電話ボックスにこなくなったくらいだ。
それに彼女があの”コンノ”という人に頼んだ白い封筒のこともいまだに謎だ。
「……ごめんなさい」
ごめんなさい、か。
それってどういう――ごめんさいなのか? ポストにお金を入れるようなことをしてごめんさい? どうやって知ったかわからないけど詐欺に遭い心を病んで入院している僕と母さんの境遇を知ってごめんなさい? 学校の帰りにわざわざ人通りのすくない公衆電話を選んで菊池さんに母さんの様子を確認してもらってる僕の秘密を知ってごめんなさい、か?
僕が訊いた――どうして?にだっていくつもの意味があるのに……。
ごめんなさいの一言じゃなにを伝えたいのかわからない。
「言えないんだ?」
までを言いかけたとき。
「単刀直入にいえば、きみのお母さんをあんふうにしたのは私のお父さんだから。私はきみにどうされてもいいと思ってるよ」
「は?!」
なにを言ってるんだ? 僕の母さんをあんなふうにしたのはきみの父親? だって母さんは詐欺の被害であんなふうになったんだ。
でもお金をポストに入れつづけた理由がうちの母さんへの慰謝料というなら説明はつくけれど。
前もって言ったごめんなさいは言えないからのごめんなさいじゃなくて、会話を始める前に先に謝罪をしておくっていう意味のごめんなさいか。





