第51話 6月22日 月曜日①
いつものように学校に行って授業を受け、家に帰る途中で菊池さんに電話をした。
今日の母さんは不調だった。
まあ、そんな日もある。
一進一退でも、いつか二進一退になればいい。
それなら確実に「一」は進んでるんだから。
昨日は不可抗力だったとはいえ、学校に行ったから日曜の休みを挟んだ気がしない。
家に戻ってポストを開けると中にはスーパーのチラシ二枚と新聞勧誘のチラシが入っていた。
新聞か、購読めるなら読みたいけど。
今日は三枚のチラシのみ……。
もうお金の入った白い封筒がこのポストに入ってることはないだろう。
――ただいま。
家の中に誰もいなくったってこれは躾だから。
そのままアルバイトに行く準備をする。
◇
大納言に行くとあの常連さんになりかけの三人組はいなかった。
当然だろう。
おそらく昨日もいなかったはずだ。
「あの女の子たちクラスメイトから財布を盗んで使ってたんですって」
それは秋山さんと大将の会話だった。
大将は今ジーパンとTシャツ姿でどこかからの帰りみたいだった。
の、前にどうして秋山さんがそんな話をしてるんだろう? 秋山さんが今話してる話ってやっぱりあの「山村澪」と常連さんになりかけの三人組の女子のことだよな?
「その金で注文してたのか?」
「そうなんですよ。もともとサボり癖のある三人だったみたいですけど」
「最近よくきてたあの女子三人組だろ?」
「そうです。なんでもわけありで」
「わけあり?」
「はい。あ、いや、わけありっていうのはその財布を盗られちゃった娘のほうで」
「被害者のほうが?」
「そうなんですよ。だから警察の梅木さんって人がきて簡単に事情を訊かれました」
なるほど警察が大納言に寄っていったんだ。
しかも梅木ってあの警察の人か? 僕が通報したあとにどうなったのかはわからないけれどやっぱりあの人が担当なのか? 昨日のあの電話だけで大納言に事情を訊きにくるなんてさすがに警察はすごい。
僕が電話したこともバレてるかもしれない。
今日、大将が店を抜けてるときに秋山さんが梅木という警察の応対をしたんだろう。
あの女子三人組は「秋山澪」からお金をとっていたイコールいじめの被害者。
あ!?
僕はあの娘が使っていたがま口の財布を思い出した。
S町の大型スーパーの百均でも売ってそうって思ったっけ? 断定はできないけれどそういう理由であのがま口の財布を使っていたのかもしれない。
もしかして僕をコインランドリーの裏の駐車場に呼んだのも助けてほしいっていうメッセージとか? じゃあ、あのお金はボディーガードの前払い……? という話なら母さんは関係ないか。
それにボディガードを頼むなら僕よりももっと強い人がいるはずだし。
大将と秋山さんの話だから会話に入っていきづらくて、僕はそのまま話を聞き終えた。
なんせ彼女が抱えるその諸事情は僕が知っていてはいけないことだろう。
「あとこれ。その梅木さんって警察のかたが置いていきました」
秋山さんがポスターのようなものを大将の前に掲げた。
「なんだ?」
「防犯ポスターです。近隣市町村の飲食店なんかにも配ってるらしいですよ」
「ああ、ならどっかそのへんの壁に貼っておいて」
「梅木さんが詳しく言ったわけじゃないですけど。財布を盗られた娘っていじめに遭ってたみたいで、今はS町の親戚のところにいるみたいなんですよ」
秋山さんは公衆電話の真上に防犯ポスターを貼りながら「山村澪」の諸事情を明かしていった。
いじめの事実が確定してしまった。
S町の親戚のところにいるってことは叔母の”コンノ”って人の家だろう。
彼女はやっぱり、あの「X-Y=+3」の公式の「X」に当てはまってるのか? でもまさか僕が自分のアルバイト先で彼女が言いたくなかったその諸事情を知ってしまうなんて、世の中は不条理だな。
「あのブロガーのことも梅木さんに言っておきましたよ」
「別にいいのに」
「梅木さんってそういう金融犯罪系の担当なんですって」
「ほっときゃいいんだって」
「でも、あれって脅迫みたいなものじゃないですか?」
「でも上手い言い回ししてたぞ。月間なんとかユーザー数がどうのこうのである意味広告だからその対価としての金額なら格安だってよ。まあ俺はそこで電話切ったけどな」
なんとかユーザー数? たぶん月間UU数のことだろう。
一か月のそのブログに訪問した人の数だ。
「このラーメンがヤバイ(このヤバ)」の読者数から考えてもUUは相当多いはずだ。
でも、そのな言いかたなら脅迫にはならないのか? 大将が言うような言いかたならむしろ強気な営業という部類に入るのかも……。
ビジネスと犯罪の線引きは難しい。
「警察も今の段階じゃどうもできないけど。つぎにそういう電話がきたら一度相談してくれとのことです。威力業務妨害か偽計業務妨害のどっちかでなんとかできるかもしれないって言ってました」
「わかった」
大将は秋山さんと話の合間に――ちょっと着替えてくると会話を切った。
大将は付箋つきの「【町内会】C班 大場将樹様」と書かれたA四のプリントを持って男子更衣室に入っていった。
あ、今日は町内会の会合だったんだ。
……大場将樹を省略して「たいしょう」。
ラーメン店の店主で感じが大将のようだから「大将」ってことじゃなかったんだ。
身近な人のことでも知らないことはある。
面接のときに聞き逃したとはいえさすがにフルネームを知らなかったのは失礼だけど。
僕はそれだけ視野の狭い世界にいた。
最近はすこしだけど視界が広がってきたのかもしれない。
防犯ポスターを貼り終えた秋山さんが僕の前にやってきた。
「拓海くん。はいチョコ」
「あ、ありがとうございます」
秋山さんにオヤツの一口チョコをもらった。
僕はいま「山村澪」の境遇を知ったばかりなのに、僕自身ふつうの日常にいる。
◇
アルバイトが終わって家に帰る夜道、吹く風の匂いが変わってきたのがわかった。
北海道特有の? あるいは北海道で生まれた人だけが知る感覚かもしれない。
今日は夏至か。
夏に至る日? 約半年は雪に囲まれた生活を余儀なくされるこの北海道にも短いながら高揚と焦燥が混ざった夏が近づいてきている。





