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【完結】スマホを持たない二人は電話ボックスで出逢った -グラハム・ベルの功罪-  作者: ネームレス


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第41話 6月15日 月曜日①

 今日も彼女は電話ボックスにはこなかった。

 朝方に降ったゲリラ豪雨は関係ないだろうな。

 雨はとっくに止んでるし。

 白い封筒が今朝も昨日と変わらずに二通だけだったのは、もしかするとゲリラ豪雨と関係あるのかもしれない……。

 

 彼女はやっぱりどこかで使いやすい電話ボックスを見つけたんだろう。

 だいたいU町からこのS町にきていた理由もわからない。

 僕はいつもどおり菊池さんに電話してお礼を述べた。

 

 今日の母さんは状態が安定していた。

 いつも一進一退だ。

 といっても僕が菊池さんに電話した時点での母さんの状態だから、このあとに急に悪くなるかもしれない。

 

 そのまま家に向かい僕は玄関先で深呼吸をしてからポストを開いた。

 お?! 

 

 今朝まで入っていた白い封筒がなくなっている。

 間違いに気づいて持って行ったのかもしれない、と、思ったけれど町の防犯啓発のチラシの下敷きになっていただけだった。

 やっぱり不思議だ。

 この封筒の中身どうしてこんな中途半端な金額なんだろう? そこがますます気になってくる。


 とりあえずアルバイトに行く準備をしないと。

 僕はふたたびポストのふたを閉めた。

 ふと見上げた空は朝の天気のニュースが当りそうなくらい曇ってきていた。

 朝も土砂降りだったし夕方からも雨が降るらしい。

 大納言(バイト)には折りたたみ傘を持って行こう。

 


 僕が休んでいた土日を挟む二日間で『大納言』の人気は通常運転に戻っていた。 

 現代社会の速度はこんなものなのかもしれない。

 すぐに行きたいというお客はスタートダッシュで食べにきたはず。

 いちおう僕は高校生だし家庭の事情もあるからという理由で飲食店でいちばん忙しい土日が休みだ。


 まあ、これは僕の希望でなく大将の計らいなのだけれど。

 詐欺師だって連休は詐欺を休むのに大将はほとんど店を休まない。

 仕事と趣味が一緒だからだ。

 趣味と実益を兼ねるなんて僕なんかじゃ無理そうだ。


 ブログの影響もなくなったはずなのに先週きていたあの女子三人組が今日も小上がりにいた。

 本当に大将の料理が美味しくてラーメン「沼」だったら僕まで褒められているようで嬉しい。


 「フリマアプリでも売れたよ」


 「マジ~?」


 女子三人はピークのときより閑散とした店で大納言でいちばん人気の味噌バターチャーシュー麺を食べていた。

 ほぼ常連さんだけがいるこの光景が店の本当の姿だけれど……。


 「ふつうに戻りましたね?」


 僕は食器をさげてきた秋山さんに訊いた。


 「いや、それがね」


 秋山さんがこそっと耳打ちしてきた。


 「十一日。木曜日の電話」


 「木曜日の電話?」


 僕はオウム返しで訊いた。


 「そうそう。ほら大将が鍋を振りながら電話の相手をしてた」


 「ああ、はい。あれですね。それがどうかしたんですか?」


 セールスかなにかの電話だったはずだけど。


 「それがこれ」


 秋山さんは店内のどこに向けたわけでもなく指差した。

 えーと天井? 窓? 壁? それとも店ぜんぶ? ”これ”とはどこを示しているんだろう。

 僕はいまいちわからなかった。

 秋山さんは自分のエプロンのポケットからスマホを出して画面の操作をした。


 「ほら。これこれ」


 スマホを僕に向ける。

 え?! 

 な、なんで急に? 大納言の店の評価が星ふたつ半、どころかひとつにも満たなくなっていた。

 三つあるうちの星マークのふたつが灰色で、もうひとつの星の左半分が黄色、右半分が灰色になっていた。

 これって評価が〇・五に下がったってこと?


 「それがね。あの電話ってグルメブログを書いてる人からの電話で」


 「はい」


 「星を維持したいならお金払えってことだったの」


 木曜日の電話ってそういう話だったんだ。

 セールスどころの話じゃないな。


 「そうなんですか?」


 「言いかたはもっとオブラートに包んでたそうだなんだけど。はっきりいえばそういうこと」


 形は違えど勧誘やセールスの電話に違いない。


 「大将。電話口ではっきり断ってましたよね?」


 僕は木曜日の状況を思い返した。


 「そうバッサリね」


 「だから星が減ったんですか?」


 秋山さんの言っていた”これ”は店ぜんぶのことで、人がいっきに減ったってことだったのか。


 「みたいね。でも大将が元に戻っただけだから気にするなって」


 たしかにそうだ。

 一瞬だけ跳ね上がったものが平常になっただけ。


 常連さんはいつもの常連さんで瓶ビールをふつうに自分で持って行く。

 そもそもブログに載ったことすら知らないんじゃないかな? 対価を要求して応じなければ評価を下げるってまるで身代金、ランサムウェアみたいだ。


 こういうのは詐欺とかの犯罪にはならないのかな? でも大将はこれくらいのことじゃ事を荒立てない。

 僕も大将を見習っていいかげん揺れてる心を平常に戻さないと。

 ふつうにお客さんの食器をさげて洗い物をして注文を訊きラーメンを運ぶ。


 僕は店内の小窓から外を見た。

 秋山さんに一言かけて店の外に出る。

 今日は空が急に曇って真っ暗になるそんな日だった。


 僕はスタンド看板に電気を入れた。

 薄っすらと暗くなってきた店の周囲に「ラーメン 大納言」の文字がやけに()えている。


 ()える、か。

 こういうのがインスタの「()え」の語源になったんだろう。

 一瞬、頬に冷たいものを感じた。


 それがポツン、ポツンとつづきやがて頬の冷たい間隔はポツポツと短くなっていった。

 そう今日は夕方から雨の予報だ。

 僕はあらかじめ折り畳み傘を持ってきていたから安心といえば安心だ。

 テレビの天気予報もけっこう当たるな。


 今度は「177」の天気予報にでも電話してみようかな。

 雨はいっそう強くなり車道と歩道を濡らしていく。

 それでも傘をさした別の常連さんがやってきた。


 常連さんが集まってくるこの感じになんだかホッとする。

 たった二日だけのボーナスステージは終わってしまった。

 激しくなってきた雨にすこし感傷的になったのかもしれない。


 僕の人生本当に上手くいかないな。

 暖簾をくぐって店に戻ると秋山さんがフルーツグミをひとつくれた。

 僕はそれでまた一息つく。

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