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【完結】スマホを持たない二人は電話ボックスで出逢った -グラハム・ベルの功罪-  作者: ネームレス


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第34話 6月13日 土曜日②

 「ある日突然」そんな言葉がぴったりだ。

 家のポストに投函されていたのは裁判所と弁護士を名乗るはがきだった。

 未払い、督促、債権回収、個別指定番号そんな言葉が並ぶ官製はがき。

 うちは母子家庭で僕は未成年だから母さんがうちの家長ということになる。

 僕が学校にいるときにそんな郵便はがきが届いていたんだ。

 

 母さんが折り返しの電話をしてしまったのは、そのはがきに書かれていた「03」からはじまるどこか。

 僕がそのはがきの存在を知ったのはずいぶん後のことだった。

 母さんのような人はいわれるがままに動く絶好のカモだったんだと思う。

 僕はその事件のあと一度だけ職員室で電話を借りて菊池さんに電話をしたことがあった。

 

 誰も何も言わないけれど視線が痛かった。

 母さんがバカにされている気がしてその日から職員室で電話を借りるのをやめた。

 嘲笑の対象は母さんだけだろうか? 息子である僕も一緒に笑われてる、なんてのは被害者意識なのかもしれない。


 そんな古典的な方法に騙される……いや、騙された被害者の息子。

 じっさいに笑われてはいない。

 僕らのようなデジタルネイティブ世代にとっては「古典」だけれど母さんのような世代にとってはまさに「最新」の詐欺。


 二十四時間、三百六十五日いつでも支払いができるコンビニは便利だ。

 母さんは「03」に指示されたとおり電子マネーやポイントカードをコンビニで買った。

 

 そのカードがなんなのかさえわかっていなかったと思う。

 「03」に指示されてはカードを買い、スクラッチくじのようにカードの裏面を削って十桁以上もあるアルファベットと数字の羅列を伝えつづけた。

 最初は数万円からはじまりやがて要求額も増えカードの購入額は大きくなっていった。

 

 「03」は購入するカードの種類を変え別の電子マネーも要求した。

 母さんはS町にある三つのコンビニを不定期に巡りながらそれらのカードを買いつづけた。


 支払い総額が百五十万にもなろうかというとき、僕の通学路であるあの十字路のコンビニの店員さんがさすがに変だと思って警察に通報してくれた。

 いまだにどの店員さんが通報してくれたのかはわからない。


 でも僕はあのコンビニに行くたび、ああ、あの事件に気づいてくれた人がいたんだといつも救われた気持ちになる。

 だから僕はあのコンビニに寄った帰りには必ず心の中でお礼を言うことにしている。

 

 その影響で家の経済状況はひどいものになった。

 新聞も辞めたしBSの有料チャンネルも辞めた。

 家の電話もスマホも解約した。

 とにかく生きる上で必要最低限な電気、水道、ガス以外の辞められるものすべてを辞めた。

 ついでに僕はIT関連の大学に進学という将来を辞めた(・・・)

 

 まあ、電話の解約については支払いがどうのこうのというのが理由ではないけれど……。

 母さんは警察に事情を訊かれていても頑なに口を閉ざした。

 本人だって途中でうすうすは気づいていたと思う。

 ただ思考が追いつかなかったり弁護士を名乗った人たちへの恐怖があったんだろう。


 劇場型と呼ばれる詐欺集団の「03」にはたくさんの役割の人がいた。

 複数人いやおそらくはそれ以上のグループ。

 その協力者の末端の人が捕まったという話はきいたことがある。

 いつだったかその詐欺グループと関係あるかないかわからないけどS町よりもっと南にある中核都市のO市で逮捕された人がいたはずだ。


 もしも弁護士を名乗る人からの電話があった場合は最初に「フルネームと漢字の氏名」、「所属弁護士会」と「登録番号」を訊けばいい。

 弁護士の多くはどこかの弁護士会に所属していて必ず司法試験を通過しているから絶対に「登録番号」は持っている。


 新人だと「登録番号」をすぐに言えないこともあるそうだけれど「登録番号」さえ答えられないのならその時点で弁護士じゃない可能性が高い。

 「フルネームと漢字の氏名」、「所属弁護士会」と「登録番号」がわかれば実在の弁護士かどうかを調べることもできる。

 これがあの日を境に僕が学んだことだ。 


 誰かわからないけれどあのコンビニの店員さんがいなかったら母さんはいまだに電子マネーやポイントカードを買いつづけていたかもしれない。

 いや、うちにそこまでのお金はないか……。


 定期預金だけは解約の手続きがすこし大変でなんとか被害を免れていた。

 本当にお金が底をついていたら母さんはどうなっていたんだろう? 今でさえあんなふうなのに……。

 

 それからすぐだった。

 家の固定電話でも僕のスマホでも家のチャイムでも音が鳴った瞬間にパニックを起こすようになったのは。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたんだろう。


 僕は僕が持っていたスマホを母さんの目の前で壊した。

 まったくの錯覚だけれど、それはどこか悪を退治する感覚だった。

 それからスマホを解約して僕はスマホを使うこともなくなった。

 ないならないでなんとかなるから。

 

 僕のスマホは今、机の引き出しの奥で眠っている。

 液晶画面がヒビだらけでも時計代わりになら使える。

 でも、やっぱりスマホを持って出歩くことを躊躇(ためら)ってしまう。

 母さんが心を病んでしまったのは……そういう理由だ。

 その病気は目に見えない部分の怪我だからなかなか治りづらいみたいだった。 

 

 僕は食器類をシンクに持って行って水道の水でサッっと流してから洗い桶に入れる。

 テレビのよくあるニュースを消し外出(でか)ける準備をする。

 


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