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【完結】スマホを持たない二人は電話ボックスで出逢った -グラハム・ベルの功罪-  作者: ネームレス


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第32話 6月12日 金曜日①

 昨日の夜はあまり寝つきがよくなかったからすこし眠たい。

 僕は登校前でも郵便配達員がまだきていないとわかっていても、無意識の警戒のためなのかついついポストを開いてしまう。

 ポストを開いてなにもないのを確認してすぐにポストを閉めるだけのルーティーンだ。

 そういう防御反応なのかもしれない。

 「開く」「ない」「閉める」これがひとセット。

 この単純な流れ作業を今日もおこなう。


 ところが今日にかぎってポストの中に見慣れない白い封筒が入っていた。

 僕はすぐに「ない」と口に出しながら銀色のヨーロピアンのふたをぱたんと閉めてしまった。

 習慣とは怖ろしい。

 ポストの中に白い封筒があったのに完全にポストのふたを締めきってしまった。


 昨日、学校から帰ってきたときはふつうのDMが投函されていたけどアルバイトが終わったあとに家の中でビリビリに破いて燃えるごみの袋に放り込んだ。

 本来このポストは空っぽのはず。


 ということはこの白い封筒は昨日、僕がアルバイトから帰ってきてから朝までにポスト(ここ)に入れられたことになる。

 間違ってうちのポストに入れたという可能性もある。


 僕はまたポストのふたを開いて中の白い封筒を手にとり、親指と人差し指で封筒を挟んで封筒の厚みを確かめてみた。

 なにも入っていないような薄さだ。


 僕の指が封筒の下に下がっていくにつれなにか重たいものが入っているとわかった。

 封筒の底でカサカサと何かが動いている。

 だからといってそれは生き物ではない。

 僕が封筒を傾けるとその傾斜に合わせて寄ってくるからだ。

 自分の意思で動いているわけではなく重力の影響で移動している。


 封筒の上からその物体に触れてみるとすこし厚みがあって硬いのがわかった。

 最近じゃあまり触らなくなったけれど、それがなんなのすぐに理解した。

 小銭、硬貨だ。

 ということはこの封筒にはお金が入ってるのか?


 硬貨も一種類というわけじゃなく数種類は入ってるようだ。

 僕は折り返しただけで封筒の口に封もされていない封筒を開いて中を確認した。

 のぞいたそばからお札の端が見えた。

 紙幣(さつ)も入ってるのか?


 やっぱりお金だ。

 いったいいくら入っているんだろう? 千円札、千円札が三枚、あとは小銭……えっと百円硬貨が五枚と十円硬貨が二枚。

 合計、三千五百二十円。

 本物なのだろうか?


 封筒を開けてしまったあとにすこし後悔する。

 間違いでうちのポストに入れていった場合、僕はそれを盗み見してしまったことになる。

 自分の家のポストなのに僕はその白い封筒をまたポストに戻した。


 近所の誰かがお金を返すために間違ってうちにポストに入れてしまった可能性もある。

 気にはなるけれど学校には行かないと。

 僕はうしろ髪を引かれる思いで学校に向かった。



 校内にいるときもやっぱり朝見た白い封筒のことが気になった。

 帰宅してあの白い封筒がなかったらなかったで心配だし、そのまま残っていても心配だ。

 どのみち心配。


 もう金銭のゴタゴタは嫌だ。

 昨日せっかく悩みがひとつ減ったというのに、今日になってまたすぐにこれだ。

 人にはひとつ悩みが解決したらひとつ悩みが増えるように、悩みの総数が決まっているのかもしれない。


 帰りのホームルームを終えて僕はまた電話ボックスに向かう。 

 気分転換で今日はコンビニの前の十字路を右折した。

 そして道の駅のところにある押しボタン式の信号を左に曲がる。

 道の駅自体は素通りして併設しているスーパーの横を進む。


 辺りは一般住宅だけになってきて、そこからは家の数も減ってくる。

 僕の横の車道もときどき車が通って行くくらい交通量もすくなくなる。

 閑散とした中に、あの廃駅の前にある電話ボックスが見えてきた。

 電話をするのは同じだけれど、いつもと逆のルートを進んでようやく電話ボックスに着いた。


 誰もいない電話ボックス……か。

 僕はここに着く手前から電話ボックス(ここ)が視界に入っていてすでに無人だということはわかっていた。


 そのまま癖のある電話ボックスのドアを開いてなかに入る。

 事務作業にように菊池さんに電話をかける。

 菊池さんはいつものように電話にでた。

 ひとことふたことを話す。

 今日の母さんは安定していたようで良かった。


 僕は受話器を手にしたままガラスケースの中から辺りを見回した。

 一台の車が通り過ぎたあとはやっぱり廃駅があるだけで静かだ。

 それもそうか。


 ここはもともと賑やかさとは無縁の場所なんだから。

 電車が走っていたころはそこの駅も人で溢れてたんだろう。

 僕は菊池さんとの電話を終えた。


 静まり返った電話ボックスに機械音が響く。

 公衆電話におまえにはもう用はないと言われたようにテレホンカードが電話機からサーっと押し出されてきた。

 テレホンカードの残りパワーは「7」。

 

 家に戻っておそるおそるポストを開いてみる。

 日中に投函されたチェーン店のピザ屋のチラシとともにやっぱりお金の入った白い封筒があった。

 誰もこの白い封筒をとりにきてないってことだ。


 それでももう一日くらいポスト(ここ)に封筒は置いておこう。

 悩んでいてもアルバイトはある、家に入って着替えないと。

 むしろ体を動かしているほうがなにも考えなくていいかもしれない。

 

 家の鍵を開き―ただいまを言って家のなかに入る。

 当然、誰からの返事もない。

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