第23話 6月9日 火曜日⑦
アルバイト中なのに仕事だという気がしない。
そういや今日、家に帰ってポストのなか確認したっけ? それさえ忘れてしまっていた。
どうしてこんなにふわふわしてるんだろう? 鮮明に覚えているのは家に帰ってマントレーニアのカップをダイニングテーブルに置いたことだけ。
あ、なぜかポケットにテレホンカードを買ったときのシールが入ってる。
着替えのときに紛れ込んだのか? 制服からどうやって移動してきたんだろう。
なんだかずっと上の空だ。
おっと、食器を洗わないと。
店の中にはこの時間帯にはめずらしく僕と同じ年くらいの女子三人組がコの字型のカウンター席に座っていた。
カウンターの真ん中は店に入っていちばん最初に目につく場所だから三人も座っていればなかなか圧迫感がある。
まあ、そのぶん華やかではあるけど。
僕は大納言の専用の洗い桶の中でつぎつぎと食器たちを洗っていく。
業務用の洗剤は油汚れがよく落ちるようになっていて、そんなに食器をこすらなくてもきれいになる。
指先で食器をこすってみるとキュキュっとバスケットシューズの底で鳴るような音がした。
その音で油が落ちているとすぐにわかる。
油のヌルヌルがこんなきれいになるんだから、それは、あれっ、このどんぶりってさっき洗ったやつだ。
僕は今、同じラーメンどんぶりを二回洗っていた。
なんだか迷宮に迷い込んだように同じ食器類を繰り返し洗っていたようだ。
「泥棒の子どもから金を盗たってそれは正義」
女子三人組のうちのひとりがそう言った。
三人の中では長身の娘だ。
盗み聞きはしたくないけど、ついつい僕のアンテナが反応してしまった。
同意はできる。
食器がキュキュと鳴った。
よしつぎの皿。
「ほら歴史の中で似たことをやってた人いるじゃん」
「誰?」
「ルパンの仲間」
「ああ、石川五右衛門。ルパンのは石川五ェ門で字がすこし違うけどね。発音は同じでもルパンのは”え”が片仮名の小さい”エ”、な」
「義賊だっけ?」
いくら泥棒を取り締まっても泥棒に盗られた物は被害者に返ってこない。
それこそ義賊にでも頼らないと。
取り締まる人は取り締まるために存在していて盗られたもの取り返すために存在しているわけじゃない。
だから盗られた物は返ってこないというのが世の常だ。
覆水盆に返らず零れてしまった水はもう元には戻らない。
「はぁ、うちらももう高三だし。来年からどうしよう」
「ぎぞくって職業?」
「な、わけねーし」
「楽したーい」
社会がそれを許さないだろうけれど仮に今の世に義賊なんて職業があれば救われる人はたくさんいると思う。
彼女たちも高三、か? 僕と同じ学年の彼女たちには将来の選択肢がある。
なにかを選べるっていうのは本当に幸せなことだ。
手のあいた秋山さんが僕の横にきてエプロンのポケットから一口チョコを出してくれた。
「はい。拓海くん」
まだ洗い桶にコップ類は残っているけれど、ちょうど食器を洗い終えたところだから一息つくか。
「あ、どうも」
秋山さんがときどきくれるおやつは僕のアルバイト中の楽しみのひとつでもある。
僕がチョコを口に入れると、今度は秋山さんがスマホを広げた。





