第22話 6月9日 火曜日⑥
「今日はどうでしょうか?」
「そうだね。今日もちょっとあったみたいだね」
「そうですか……」
「でも昨日よりは落ち着いてたみたいだよ。浮き沈みが激しいのはしょうがないことだから」
「わかりました。いつもすみません」
「いやいや。子どもは大人に頼ればいいんだよ。僕も拓海くんのおじいさんとおばあさんにお世話になったんだし」
「ご迷惑かけます」
心に響いてくる。
「いやいや。いいのいいの」
僕がしばらく沈黙していると電話機の赤いマークが「11」から「10」に減った。
「1」パワーを使ってしまった。
「はい。ありがとうございます。じゃあ失礼します」
「うん。ああ、そうだ。拓海くん土日のどっちか病院にくるんだろ?」
「はい。行きたいと思っています。……たぶん土曜日になると思います」
「わかった。じゃあ」
「はい」
僕はがしゃんと受話器を置く。
母さんは今日もあまり調子がよくなさそうだった。
電話機からピピーピピーピピーと音が鳴ってテレホンカードが出てきた。
僕はおもおむろにテレホンカード掴んで制服の内ポケットにしまう。
ポケットからだした指の先にはコンビニの名前の入ったシールがついていた。
ああ、あのときテレカとシールを分けて内ポケットに入れたんだっけ?
僕の指先がシールと格闘している、やがてコンビニのシールは格闘のすえ内ポケットの底に沈んでいった。
ちょっと喉が渇いたからマウントレーニアを二口飲む。
コースターにしていたマウントレーニアの上蓋を掴んで無造作にブレザーの右ポケットに入れそのまま右手でマウントレーニアのカップを持って電話ボックスから出た。
彼女は電話が終わったの見計らって僕に近づいてきていた。
「はぁ」
言ったあとに喉が乾いた、と僕の手の中にあったマウントレーニアを勝手に飲んでしまった。
え?!
「うん。やっぱり美味しいね。バニラモカは」
「だ……だよね」
このマウントレーニアは僕がきみからもらったはずだけど……。
じつはまだ彼女に所有権があるとかじゃないよな? 押し貸し? ――飲みかけのマウントレーニアを返せ、なんてことはさすがにないか?
「ああ~潤った~。ここで待ってて喉乾いちゃった」
彼女はけらけらと笑う。
「きみはふたをハズしてストローを挿す派だね?」
「え、まあ、だいたいそうかな」
「そっか。目から鱗」
反対に上蓋から直接ストローを挿す派もいるだろうけど。
今のでどうして目から鱗が落ちたんだろう? 謎だ。
「明日もくるよね?」
僕はしどろもどろになりながらもただうなずいた。
僕の注意は彼女の口元にいっていた気がする。
「もう一口もらったぁ!!」
彼女は僕の手を掴んで引き寄せるようにしてまたストローに口をつけた。
「ちょっともらっちゃったけど。あとは遠慮なく飲んでくれたまえ」
「えっと、ああ、うん」
やっぱりこのマウントレーニアは押し貸しじゃなく僕の所有物でいいみたいだ。
「じゃあまた明日ね」
彼女は無邪気なままクルっと振り返ると昨日と同じように道の駅のほうへと歩いていった。
僕はマウントレーニアを片手にしばらく立ち尽くした。
えっと……いったんマウントレーニアのカップをながめてみる。
よくわからないけど商品名の「M」から最後の「R」までのアルファベットを黙読していた。
「マウントレーニアか。うん、マウントレーニアだ。そうこれはマウントレーニアだ。ホワイトモカの」
当たり前のことを言ってから成分などの項目も読む。
そして息つく暇もなくマウントレーニアのバニラモカをいっきに飲み干した。
マウントレーニアを何回にも分けて飲むのは悪い気がした。
マウントレーニアを黙って持ったままでいるのも、だ。
当然、残すや捨てるなんて選択肢もない。
これは誰への言い訳だろう? カップの底でストローの先がズズッと音を立てた。
◇





