第21話 6月9日 火曜日⑤
彼女はコンシェルジュのように手のひらを出して――どうぞと言うと電話ボックスから距離をとって下がっていった。
かれこれ電話ボックスから五メートルくらいは離れている。
プライバシーは尊重してくれるみたいだ。
僕は電話ボックスに入って電話機の上にマウントレーニアを置いた。
でもいったんマウントレーニアを持ち上げて上蓋をコースターにしてまた電話機の上に置きなおす。
なんだろうこのあまり意味のない行動は? 自分でも無意味だと思いながら受話器を上げてテレホンカードを入れた。
彼女が昨日、時報を聞くのに「1度」じゃなくて、えっと、「1」パワー使ったから残りは「11」パワーだ。
なんとなく「度」という単位より「パワー」のほうが馴染んでくるから不思議だ。
僕は電話ボックスのガラスにもたれながら前方のガラス越しに彼女を見た。
スクールバッグを肩にかけながら歩道の石ころを蹴っている。
なんだか幼稚園児のような行動だ。
でも彼女は僕の諸事情には気を使ってくれている。
あんな感じだけど良識的で僕の心に土足で踏み込んでくることはしない。
昨日と同じように生徒手帳に書いてある十一桁の番号を押していく。
番号のボタンひとつひとつがぷちん、ぷちんと押されていった。
今思ったけれど菊池さんのスマホの番号はだいたい覚えてるから、もうすこしで暗記できそうだ。
というか毎回毎回、生徒手帳を出して確認するのも面倒だから暗記しておいたほうがいいな。
ぶち、ぶつ、ぶちん、そんな音のあとにプルルルと呼び出し音が鳴る。
「もしもし。拓海くん?」
二コール目で菊池さんの声が聞こえた。
「はい、そうです。昨日は電気の支払いありがとうございました。あのあとすこししてから電気が点きました」
「そう。よかった。でも、気にしないで」
「はい。すみません」
「でも電気会社も電気会社だよね。高校生がひとりでいる家の電気を止めるなんて」
「いや、でもそれは僕が郵便物をよく見てなかったからで……それに電力会社も僕がひとりでいるなんて思ってないでしょうし」
「そう言われればそうかな」
なにを隠そう僕が郵便物を細かく確認するようになったのはほんの数日前からで突然、家の電気が消えたのがきっかけだ。
今までそういうのはずっと母さんがやっていたから、といっても年末にカレンダーをもらった地方銀行の口座からの引き落としだけど。
でも僕の家は諸事情でそれができなくなってしまった。
僕が独りになってからあまりにも大袈裟な「大事なお知らせ」なんて郵便物は中身を見ることもなく片っ端から破り捨てていたから。
今の僕は郵便物になにが紛れているかわからないから、家に届く郵便物ひとつひとつを見極めて捨てている。





