第18話 6月9日 火曜日②
昨日はレジ前がすごく混んでいたけれど、今日はすごく空いている。
曜日や時間帯で人の出入りがぜんぜん違う。
僕は店に入ってすぐ店員さんに声をかけた、でも、今、ホットスナックの下拵えをしていたみたいでちょっとタイミングが悪かったなと後悔した。
店員さんは手に持っていた物をキッチンペーパーのような物の上に置き手を消毒してから僕のいるレジのところまでやってきた。
やっぱりタイミング最悪だ。
心の底から謝りたいと思った。
ごめんなさい。
ただ今の僕はカゴも商品も持っていないから店員さんのほうからなにかアクションをしてくることはない。
だから僕のほうから声をかけるしかない。
「すみません。50度のテレホンカード一枚ください」
「一枚ですか?」
「はい」
「かしこまりました」
店員さんはうしろを向いてしゃがみ込むとタバコ棚の右下にある観音開きの引き出しを開いてゴソゴソとしている。
なかにある五段の黒いスケルトンラックの引き出しを上から順番に開けていき、ちょうど三段目の引き出しからビニールケースに入ったテレホンカードをさっと引っ張り上げた。
「TELEPHONE CARD」というスペルと「50」という数字の入った青いグラデーションのNTT公式のテレホンカードだ。
本当はもっと違ったデザインのテレホンカードがほしいけど、ここのコンビニにはこの柄しか置いていないからほかに選択肢はない。
彼女の顔が浮かばなかったのか、と、いえば嘘になる。
「50度」が「105度」になった場合はカードの数字が「105」になって緑のグラデーションに変わるだけだ。
僕が最初にコンビニでテレホンカードを買ったとき店員さんが四人がかりでテレホンカードの在処を探っていた。
それだけ日頃テレホンカードは売れないってことだろう。
たしか日本のケータイ所有率は九十七パーセントくらいだから、それも当然だ。
今では、僕がちょいちょいテレホンカードを買うのから他の店員さんにもそれが伝わってるみたいだった。
あの娘もここでテレホンカードを買ったんだろうか?
結局ここのコンビニには五百円で買える「50度」のテレホンカードか、千円で買える「105度」のテレホンカードしか売っていない。
というのも今は「50度」か「105度」のテレホンカードしか使えないからだ。
どうして千円のテレホンカードは「100度」じゃないのか? それは「5度」ぶんサービス。
つまり千円でテレホンカードを買えば五十円得することになる。
千円で千五十円ぶん通話ができる。
まとめて買うと特になる商品はこの世にはたくさんある。
「こちらでよろしいでしょうか?」
店員さんが僕に確認をもとめてきた。
「はい。大丈夫です」
「お支払いは」
「コンビニの電子マネーで」
「では、こちらにどうぞ」
店員さんが手を差し出した。
僕はヘリポートのような端末にここのコンビニの系列ならどこでも使える電子マネーのカードを財布のままかざした。
端末から陽気な音がして支払い完了だ。
支払いの明細と電子マネーの残高、それにコンビニのオリジナルポイントさらには企業広告とそれに関係するQRコードまでが載っている長めのレシートを受けとった。
「こちらはシールでもよろしいでしょうか?」
「はい」
店員さんはテレホンカードのビニールケースの端にコンビニのロゴの入ったテープを貼った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はテレホンカードを受けとって制服の内ポケットにしまう。
あとでシールを剥がしやすいよう本当に端の端にシールを貼ってくれていた。
「ありがとうざいました。また、お越しください」
僕は今日もまた頭を下げて――こちらこそお世話になりましたを、聞こえないように言う。
コンビニに入ったときに鳴る――キンコンという音が僕を送ってくれた。
僕はコンビニの駐車場を抜けて十字路交差点の信号の前で止まる。
この隙に制服の内ポケットに手を入れてテレホンカードに貼られているシールを剥がしてそれを指先で丸めテレホンカードとシールに分けた。
僕の目の前は国道だから車の流れを遮らないようにと赤信号の待ち時間はとくに長い。
いつも赤信号で足止めされてる、という感想も間違ってないと思う。
ここからまっすぐ行って個人経営の歯医者「ブランデンタルクリニック」から右に曲がってもあの電話ボックスには着くし、ここで右折し道の駅のところを左に曲がっても電話ボックスには着く。
ちなみに僕の左手に見えているスナックのほうに直進するとコインランドリーがある。
コインランドリーの対面は年末に母さんがカレンダーをもらってきた地方銀行の支店。
この時間ならもう窓口のシャッターは下りてるだろうな。
コインランドリーのある歩道をさらにまっすぐ進んでいくと町を北と南に分断している大きな橋がある。
橋の欄干には「化石発掘の町」という横断幕が、これまたS町の特産品が化石とでもいうように括られている。
橋の左右にある街路灯も町をあげて作った恐竜の骨の形をした特注品だ。
あまり気にしていなかったけれど今、僕がいる交差点の四つ角の街路灯もその恐竜の骨のカバーだった。
町の広報誌にこれからもさまざまなグッズ展開をおこなっていくと書いてあったっけ。
町民総出でそれを応援しているみたいだ。
僕のうしろでバタバタと風にはためいている「ようこそ化石の町へ」ののぼり旗がまさにそれだ。
橋を渡ってさらに進んでいくといっきにシャッター商店街になる。
なのに一店舗だけ未来を約束されたような店があった。
それはまた別の大手コンビニのフランチャイズ店。
商店街を右に曲がって蛇がうねるような道を進んでいけば森林のような木の中に学習センターがある。
大手コンビニのフランチャイズ店のさきは緩やかな坂になっていて、その上は地方限定コンビニと中華料理屋だ。
そこからさらに約百メートル進めば市民や高校生たちがよく行くカラオケ店。
地方限定のコンビニの前にもピンクの公衆電話が置いてある。
そういや公衆電話にも何種類か色があるな? 青信号を知らせる機械の鳥の啼き声が耳に入ってきた。
考えごとをしていると信号が変わるのも早い。
今日もやっぱり僕は直進する。
「ブランデンタルクリニック」の前で右折し調剤薬局の前を通ればあの電話ボックスに着く。
電話ボックスが目に入ったときから見えていた。
まさかまた会うはめになるとは。





