第12話 6月8日 月曜日⑫
僕の家は電話ボックスのある廃駅から歩いて三分ほどのところにある。
玄関の庇の下に灯油のポリタンクを五つ置き、その上に石膏ボードを敷いて、さらにその上に西洋風の銀色のポストを乗せてある。
このポストは母さんがカタログショッピングで買ったものだ。
ネットとまではいかないけれど、そのカタログのなかには日常に関するありとあららゆる商品が載っていた。
郵便配達員は家に表札を掲げていなくてもこのポストで僕の家だとわかる。
僕の家はそれくらい古くからここに建っていたらしい。
それでも、ポストにはきちんと手書きで「西川」という紙を貼ってあるからまったく「西川」を出していないわけじゃない。
「西川」という漢字を極力わからないようにして、それでいながら「西川」と判別できるような微妙な走り書きの「西川」。
僕は銀色のポストのなかから郵便物をとって玄関の鍵を開けた。
いちおう――ただいまだけは言って家のなかに入るようにしている。
脱いだ靴だって割合揃えるほうだ。
そういう躾だったから。
ビニールに包まれた分厚いカタログショッピングのカタログと数枚のハガキ、他に二通の封筒をポンっとリビングのダイニングテーブルに置いた。
僕は壁に手を這わせて照明のスイッチに触れる。
パチンパチンと押してみたけれど家の中が明るくなることはなかった。
「まだか……」
ライフラインの止まる順番は電気、ガス、水道の順で水は命に関わるから最後に止まるらしい。
正直それならぜんぶが命に関わると思う。
冬だったのなら断然電気のほうが命とりだ。
さすがに六月に雪は降らないけれど、ゴールデンウィークくらいまでならまだ雪が積もることもある。
電力会社の人は雪国の怖さをわかっていない。
たぶん、本部の役職の人なんだろうけど。
担任の水木先生は電気も止められていないのにガスで風呂を沸かすような住宅に住まなきゃいけないなんて大変だと思う。
わざわざ車に乗って隣のM町のスーパー銭湯にいく理由もわかる気がする。
あ、そっか風呂を沸かすのにもボイラーを使うんだ。
電気がないとボイラーの電源は入らない。
僕のいえはどう転んでも水風呂みたいだ。
こんなことを考えていたってしょうがない。
たぶん電気を止める人だって今日この家の電気を止めてやろうってスイッチをガチャンなんて古典的な方法で電源を落としてるわけじゃないだろうし。
コンピュータのシステムで自動で止めてるはず。
ガスと水はまだ使えるから僕はやかんに水を入れてコンロに火を点けた。
お湯が沸くまでのあいだテーブルの上に置いてあったハガキを見る。
ぜんぶDMだった。
封筒を見ても「総決算」だとかの文字がデカデカと躍っていて同じようなセールスレターばかり。
でも僕の日常生活に直結した重要な郵便物はない。
カタログショッピングのカタログの束はいつ見てもつらい、けど……それ以外に心が騒ぐような郵便物はなかった。
しばらくするとガスコンロからシューシューというお湯の沸騰した音が聞こえてきた。
僕は台所にいってコンロを止めてワンタッチスイッチのポットのふたを開けた。
やかんの中に残っているお湯はたぶんもう冷めているだろうから、洗い桶の中に注ぐ。
今朝、僕だけが使った茶碗と食器と箸が台所用スポンジとともに洗い桶の底に沈んでいた。
洗い桶の中に指先を入れて温度を確かめてみたけれどほとんど水と変わらない。
やっぱりもう水だ。
空っぽになったポットにどくどくと熱湯を注ぎ、溢れる手前で止めた。
やかんのなかにはまだ熱湯が三分に一くらい残っていて、そのままガスコンロに戻す。
お湯でいっぱいになったポットは定位置である台所の左端に置いた。
ダイニングテーブルのうえの薄い郵便物たちは僕の手でびりびりに破られて茶箪笥の横にある燃えるごみの袋に一直線。
カタログショッピングのカタログは箪笥の横に重ねていく。
この会社のカタログは月に数回送られてくるから溜まっていくのが早い。
もう電話機のジャックが見えなくなるほどに積み重なっている。
壁と固定電話との配線はないから壁にピッタリとくっつけて置ける。
僕、以外に誰もいない部屋でもう二度と開けることのないカタログがただ積まれていく。
あるていど溜まったときにビニール紐で縛って雑誌類のごみとして出せばいいか。
もう二ヶ月分? 僕は僕のうしろの壁にある油絵のような風景画の年間カレンダー見た。
カレンダーの下には地方銀行の名前入っている。
去年の年末に母さんがS町にある地方銀行の支店でもらってきたものだ。
まだ、二ヶ月は経ってないか? 僕は自分の部屋に戻って制服の上下をハンガーにかけ私服に着替えてからラーメン屋のアルバイトに向かう。
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