第10話 6月8日 月曜日⑩
どうしてこの状況でそうなるかな? まあ、僕個人、人として出来るかぎりのことはしたからあとは自分の力で頑張って、と、心の中だけで応援する。
「そう。わかった」
「なのですが。きみも一緒についてきてくれたまえ」
は?
「どうして?」
「私には手持ちの小銭がないの」
ああ、そういうことか。
あのがま口には千円以外お金が入っていなかったんだ。
それならスーパーかコンビニで何かを買って千円を崩すのが早い。
「とにかく私は十円と百円を手に入れないとだめなの。ジュースくらいおごるからさ。戻ってきてからひとりで電話するのも心細いなーって」
彼女はスクールバッグを手に持つ。
「公立U高校」の刺繍が見えた。
そっか、この制服ってU校のだったんだ。
でもU町はS町から南に三十キロも離れている。
しかもS町とU町のあいだで振興局が変わるから「県」でいうなら他県の高校みたいなもの。
と僕が考えていると彼女は「公立U高校」のスクールバッグを右肩にかけた。
ファスナーについているローマ字のキーホルダーがゆらゆらと揺れた。
「あ、ちょっと待って。ジュースはいらないから」
僕は彼女を呼び止めた。
仮に僕がその千円札を持っていってもコンビニで買うものはひとつだ。
ジュースなんかの飲み物を買ってお釣りをもらう必要もない。
彼女がこれからも公衆電話を使いつづけるならその存在を教えてあげたほうがいい。
僕はなんとなく新たなアイテムを与えるメンターみたいにして生徒手帳のなかに挟んであったテレホンカードを出した。
「これ使っていいよ」
「なにこれ? トレカ」
僕は彼女に「TELEPHONE CARD」というスペルと「50」という数字の書かれた青いグラデーションのカードを差しだした。
カードの上には不等間隔に穴が開いている。
まさか、これを誰かに見せるときがくるなんて。
すこしくらいデザインの凝ったテレホンカードを買うべきだったかもしれない。
にしてもこんな色味のないトレーディングカードがあるんだろうか?
「違うよ。これはテレホンカード」
「テレホンカード?」
「そう通称テレカと呼ぶらしい」
僕に公衆電話のことを教えてくれた人がしきりにそう呼んでいた。
「テレカ。やっぱりトレカの仲間じゃん」
どうしてそうなるかな? まあ、カードを略すと最後の「カ」で留まるんだからそういうことになるか。
「カードという意味では仲間だけど存在理由はまるで違うし。これは公衆電話で電話をするために存在するカード。たとえば硬貨を使って電話をしていれば一分で十円。一分を越えても話が終わらなさそうって場合はさらに十円を追加する必要がある」
「ゲーセンかよ」
途中だったのに話の腰を折られた。
彼女はテレホンカードの表裏を見返している。
ゲーセンのゲームとも違うんだけど、でも、まあ、つづけざまに小銭を入れていくという意味では間違ってないかも。
「このカードの上の小さい穴はなに?」
「ちょと難しいけど使った金額で穴が開いてくんだよ。残りの通話時間の目安みたいなもの」
「へ~HPかよ。MPかよ」
「まあ、とにかくこのカード使えば途中でお金を追加しなきゃいけないとかを気にしなくていいの」
「魔法のカードかよ」
今度は女子高生特有の「かよ」で突っ込んできた。
「まあ、そんなとこ。ただこのテレホンカードも有限だよ。使い切ればそれで終わり」
彼女自身の目で見てもらったほうが早いと思って僕は彼女と入れ替わるようにして電話ボックスに入った。
「見てて」
僕は受話器を上げて公衆電話のテレホンカード投入口にテレカを入れた。
するっとテレホンカードが吸い込まれていく。
電話機に赤い文字で「12」と表示されている。
「簡単にいえばこのカードであと百二十円分の通話ができる。一分を十円換算すると単純に十二分は話せること」
「なんと。すごー」
彼女はわざとらしく声をあげた。
僕は受話器を上げている手ごと彼女に差しだした。
彼女は僕と入れ替わりで電話機の前に立つ。
僕は相変わらず背中でドアを押さえながら彼女の行動を見守っている。
彼女の指先は公衆電話のボタンの「1」を押した。
つぎに指先は横三列、縦四列に並んだ十個の数字と「※」「#」の中のどのボタンの押そうか迷っている。
人差し指は目を回すゲームのようにぐるぐると時計回りに回る。
悩んだあげく「1」を押した。
現在のところ彼女が押したボタンは「11」だ。
さあつぎ……。
ま、まさかとは思うけど「0」と「9」だけはヤメてくれよ。
蚊取り線香のように回っていた指先がピタっと止まった。




