兄の婚約者
小遣い握らされ、招待状を強奪された思春期の妹視点
「うふっ、うっふふ」
花模様の美しい便箋を手に笑う兄を見て、侯爵令嬢ソフィは「気持ち悪い」という言葉を飲み込んだ。
侯爵家当主である兄チャールズは、非常に優秀で真面目で、勤勉な人間である。
堅物の兄のことを面白みのない男だとは思うが、一方で若くして侯爵家を取り仕切る手腕と責任感は尊敬している。
また、将来義姉になるミシェルとは手紙をやり取りする仲。
年若い自分のことも尊重して対等に扱ってくれるし、優しくしてくれるので、ソフィはミシェルのことが好きだ。
だが、兄は先日レディ・シャーロットの勉強会に参加してから挙動不審、いや、浮足立っているのが目に見えて分かる。
少女向けの勉強会だと聞いていたから、そもそも自分が行くはずだった。
本来は兄のような立場の人物が行くところではないのだ。
それなのに、勉強会から帰って来ていそいそと手紙を書いたかと思えば、返ってきた手紙にニヤニヤしっぱなし。
まさか、勉強会で婚約者以外の女性と仲良くなったのだろうか。
あるいは、講師であるレディ・シャーロットと──?
何度も手紙を読んではうっとりする兄に、思春期特有の身内へのイラつきを感じたソフィは、ベルベットの椅子に腰かける兄の横にぬっと立った。
「……ねえお兄様、勉強会はそんなによかったの?」
「え? ああ、そうだな。代わってくれてありがとう。非常に参考になった」
「それで? 早速その成果を発揮していらっしゃるってわけね?」
兄が持つ花模様の便箋に視線をやると、兄はぽっと赤くなった。イラっとした。
「レディ・シャーロットってそんなに素敵な人だった?」
「ああ。聡明で勤勉で、とても情熱的な人だった」
「気持ち悪っ」
先ほどはきちんと飲み込んだ言葉が、今度は押し留めておけず口からこぼれた。
その拍子に、胸の内にあった感情もあふれてくる。
「お兄様、ミシェルお姉様がいるというのに、他の女性にうつつを抜かすなんて見損なったわ!」
「は?」
一瞬黒い瞳がまんまるになり、ソフィを見る。
しかし意味を理解したようで、チャールズはすぐに破顔し、珍しく大きな声で笑い出した。
ソフィが憮然とした顔で見やると、チャールズが笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭う。
一体何が可笑しいのだ。
「お兄様、わたくし、あの時『侯爵家の将来がかかっているから』と言われたから勉強会を代わったのよ。将来の方向性が発展ではなく破滅という意味だと分かっていたら代わらなかったわ」
「まあまあ、次回はソフィが行きなさい。とても勉強になる」
言われなくても当然そうする。
実際にレディ・シャーロットに会い、兄をたぶらかした女狐がどのような人物か見極めてやるのだ──。
そのように戦闘態勢で勉強会に参加したソフィだったが、レディ・シャーロットの正体を知って仰天したのだった。
《 おしまい 》