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恩返しの輪。


 いつも通りの時間に目が覚めたが、せっかくの休日の朝なので二度寝をしようと寝返りを打ったところで思い出した。


 ゴミの日。


 なんで週休がゴミ収集の日と被っちゃってる会社に就職しちゃったかなぁと毎週後悔しながら起き上がる。


 なんか捨てる物無かったかなと冷蔵庫の中まで探し、何も無かったのでようやく外に出る。


 まだゴミ収集車は来てないようで、こんもりと盛り上がったゴミ袋の山にカラスよけのネットが被せてあるのが階段の上から見えた。


 階段を降りて近づくと、早朝のアパートのゴミ置き場には全然似つかわしくないエレガントな身なりのご婦人が、「ミミちゃん。ミミちゃん!」と言いながらネットを掻き分けている。


「ミミちゃん!もー、こんなところ入っちゃうから、あっ、ああっ……」


 見れば、ネットに絡まった猫を外そうとしてごいる婦人の、細い指に嵌ったでっかい石の付いた指輪がものの見事にネットに絡まっているではないか。


 猫も指輪もこんがらがりまくりで、どうにもこうにもならない状態である。


 妙な既視感に懐かしさを覚えた男は、見覚えがある猫にうっかり「あ、おまえ……」と声を出してしまった。


 自分のことだと思って振り返ったご婦人は、見覚えのない男におまえ呼ばわりされ、やや不機嫌に「どなた?」と訊く。


 誰が?と訊きたかった男であるが、自分のことを訊かれてるのだと思い立ち、出した覚えのない独り言が口から洩れ出てたんだなと気づいて「あ、猫です」と答えた。


「前にもここに引っ掛かってたんです。その猫」


 ご婦人は「あらあらあら」と言うと、猫に向かって「自分で出られるんじゃないの、ミミちゃん。がんばんなさい」などと言いながら、指輪に引っかかったネットと格闘し続けている。


「いや、僕が助けたんです」


 ご婦人はまたも「あらあらあら、それはありがとうございましたね」と言うと、「よかったら今回も助けていただけないかしら」と男を見た。


 まあ、言われなくてもゴミが捨てられなくて若干迷惑してますし、と今度は口に出さないよう用心して心の中でつぶやき、「はあ」と猫のネットを解き始めた。


 解きながらチラ見すると、ご婦人の指輪にも見おぼえがある。


 例のカラスが持ってきた指輪だ。


 この人のだったのか、と男は思いつつ、世界観の全然違いそうなご婦人に、連絡先を教えないようにしといてよかったなと男は内心ほっとしていた。


「おばあちゃん!大変!この辺、蛇がいる!ミミ、早く探さないと!え……?」


 突然駆け寄って来た孫娘らしい若い娘が、ゴミ置き場にしゃがんでカラス除けネットと格闘しているご婦人と男を見て、えっと立ちすくんだ。


「……どうしたの?」


「ミミがこれに絡まっちゃってたから解こうと思ったら、あたしの指輪までひっかっかっちゃったのよ~」


 イライラと情けないが綯い混じった声を上げるご婦人に、孫娘は大きくため息をつく。


「だから指輪は外しときなさいって言ったでしょ」


「いやよ!おじいさんからの大事なプレゼントなんだから!」


「手を使う仕事するときだけちょっと外して横に置いとけばいいでしょ」


「そう思ってガーデニングのとき外してたら、カラスに持って行かれたんじゃない!」


「ポケット入れときなさいよ」


「ポケット無いの!このドレス!」


「猫、取れました」


 今度は逃げられないように、首根っこをしっかり摘まみ上げた猫を男は孫娘に差し出す。


 若干雑な扱い方だなと思いつつも、助けてもらった手前文句も言えず、孫娘は「ありがとうございます」と小さく言って猫を受け取った。


 男は「手伝いましょうか?」とご婦人に声をかけると、「お願いしようかしら……」という声を待って、ご婦人の手とネットに触れる。


 そして「ちょっと失礼します」とご婦人の指からするすると指輪を抜くと、あっという間にネットを外してしまった。


「どうぞ」


 差し出された指輪を受け取りながら、ご婦人はぱあっと輝くように微笑んだ。


「まあ、あなた、とても器用なのね」


 そうでもないです、などと適当に答えながら男は自分のゴミを捨てるべくネットをまくり上げる。


「そういやこの方、以前にもミミちゃんを助けてくださったそうよ。今みたいに絡まってたんですって、ここで」


 ご婦人は振り返って、孫娘ににこにこと説明する。


「まあ、それはどうも、ありがとうごさい」


 『ました』なのか『ます』なのかと孫娘が口ごもっていると、ご婦人が男に言った。


「こんなに何回も助けていただいてるんなら、何かお礼をしなければね」


 いや、いらんし。と男は思いながらネットをゴミにきちんとかけた。なんか朝から変なトラブルに巻き込まれたが、今日はせっかくの休みなのだ。今は早いとこ部屋に帰って二度寝したい。もう二度寝とは言えないくらい間が空いちゃったけど、布団から出て、外にも出ちゃったけど、寝たい。予定の無い休みの日はとにかく二度寝が贅沢なのだ。寝たい。


「そうだわ!」


 ご婦人は弾んだ声で両手をぱんと合わせた。


 そして孫娘を振り返る。


「この子、あなたに差し上げるわ!」


 いや、いらん


 ネットをかけ終わり、ゴミをきちんと整えて、孫娘を褒美に取らすとかいつの時代の話だよと思いながら振り返った男に差し出されていたのは。


 猫のミミちゃんだった。



 いや、いらんし。


 と、男ははっきり断った。



                                  どっとはらい


 

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