烏。
拾ってみたら、蛇の唾液?かなんかでべとべとしてアレだったのだが、せっかく持って来てくれたのでと、男は青緑色の楕円形の物体を家に持って帰った。
水で洗ってタオルで拭いて、テーブルに乗せてまじまじと眺めてみる。
形から卵かなとは思ったのだが、青緑色の卵なんて聞いたことがない。
スマホで「青緑色 卵」と検索してみたら、『カラスの卵』と出てきた。
画像で見たらその通りだった。
食べろと言ってるのか、孵化しろと言ってるのか。
蛇の真意はわからなかったが、とりあえず食べる気にはならなかったので、タオルにくるんで、やはり蛇のときと同じようにペットボトルにお湯を入れて、紙袋の中に一緒に入れた。
孵ったらどうしようと一瞬思ったが、そのときはそのときかと男は思って寝た。
次の日は早朝からカラスがうるさかった。
尋常ではないうるささで、まるで家の前で鳴かれているようだった。
あんまりにもうるさいので、何事かとドアを開けたら、通路の手すりにカラスがとまっていた。
そして男を見ていた。
そして鳴いた。
一瞬考えたのち、男が「あ、もしかして」と言うと、カラスはもう一度「かあ」と鳴いた。
男はああと合点がいって、でもいったん会社に行って帰宅してからにさせてほしいかな~、どう説明しようかな~などと考えていたが、ふと見回すと、アパート中のドアが開いて、住人たちがカラスと男に注目していたので、そんな余裕はないんだということに気づき、「ちょっと待ってください」とカラスに言いおいて、いったん中に入って紙袋を持ってくると、「えっと、どちらまで……?」とカラスに伺った。
カラスはぱたぱたとはばたくと、アパートと水路を隔てるフェンスにとまり、男を振り返った。
男はバタバタとアパートの階段を下りると、紙袋を抱えたままフェンスをよじ登った。
カラスはふたたびはばたくと、水路の向こう側にある遊歩道の外縁に植えてある木の上にとまった。
男は水路を飛び越え、遊歩道の垣根をくぐると、カラスのとまる木の下に立った。
男はカラスの止まる木を見上げながら、いや、ちょっとこれは無理かも……と思ったものの、枝の上から見下ろしてくるカラスの圧に負けて、やるしかないかと腹をくくった。
紙袋から卵を出し、こんなところで大丈夫かと思いつつも、他に入れるところもないので、スウェットのズボンのポケットに入れる。
なんという名の木かは知らないが、少し細めの白っぽい幹に足をかけ、すぐに横に伸びた枝に腕を伸ばす。
その先~の方に巣があるのだが、先~の方だから安心だとカラスは思ったのかもしれないが、わりかし地面に近いし、木の幹は細くて、つるつるはしてないけどそんなにけばけばもしてないし、これなら蛇も登りやすかったろうて、引っ越しのご検討をお願いしたいものだなどと男は思いつつも、ちょびっと体重を枝先の方へ移動させる。
みしっと嫌な音が小さくしたので、あ、これ以上はムリだな、と男は観念し、いったん木から下りる。
腕を組んで木を見上げながらしばらく考えたのち、男は「ちょっと待ってろ」とカラスに言って、卵を紙袋に戻すと、家に戻った。
不思議なもので話が通じたのか、カラスはじっとそこで待っている。
男は虫取り網を持ってくると、網の底を輪ゴムで縛って浅くし、卵をポケットに入れると再び木に登り始めた。
そして別れた枝の根元に来ると、卵を網の中に入れ、慎重に腕を伸ばして網をカラスの巣へと近づけた。
カラスは逃げることもなく、微動だにせず近づいてくる網を見ている。
そして巣の真上に網が来ると、それを教えるかのごとく、つんつんと網をくちばしでつついた。
男はくるりと手を返し、網から卵を巣へと戻した。
男がするすると手元に網を戻していくと、カラスはどっかりと巣に座り込み、卵を温め始めた。
カラスは賢いとよく言うが、やっぱり礼はないのねと男が去ろうとすると、カラスが「かあ」とひと声鳴いた。
男は振り向かずに手を振った。
アパートに戻り、階段の裏側に虫取り網を返した。そこは子供用の自転車やバット、お砂場道具など、アパートに住む子供たちのおもちゃ置き場になっている。
ドアを開けてこっちを覗いている子供と目が合い、「ごめん。借りた」と男が言うと、「いーよ」と子供は答えた。
数日後、会社に行こうとドアを開けるとカラスがいた。
男を見るとくちばしに咥えていた何かをカランと落とし、「かあ」とひと声鳴いて飛び去った。
落ちた何かを拾ってみると、大きな透明の石の付いた指輪だった。
いや、いらんし。
と、男はつぶやいた。