猫。
小さい頃から『浦島太郎』だの『かさ地蔵』だの『つるの恩返し』だの。
恩返し系の童話に慣れ親しんできたもので、ついつい生き物相手に善行なんか積んじゃうと、いつ恩返しにくるのかな、なんてウキウキしながら待ってしまう、心薄汚れた大人になってしまいました。
楽しいことなんてついぞない、平凡な毎日です。はい。
さて、この男も粛々と平凡な毎日を過ごしております。
朝起きて会社行って帰ってきて風呂入って飯食って寝る。
休みの日には家でダラダラするか、バイク乗って一人旅。
パートナーもいないので気楽なもの。
今日も今日とていつもの時間に目が覚めたものの、仕事が休みなのを良いことに遅くまで寝てやろうと二度寝を決め込んだところではたと思い出した。
ゴミの日!
慌てて布団から這い出して、着の身着のまま、頭もぼさぼさ、ごみ袋をひっつかんで、ああ、まだなんか入るぞ、捨てるもんなかったかなと周りを見回して、シンクの中のカップ麺のカップをひっくり返してスープ捨ててゴミ袋の中に押し込んで、ようやく外に出るわけです。
何回かゴミ貯めちゃってね。ウジ虫湧いたことがあるんで、この辺しっかりしてるんです、この男。
アパートの下のゴミ置き場にはまだゴミ収集車は来ていないようで、こんもり詰まれたゴミの上にカラス除けのネットがかけてあった。
そしてそれがもぞもぞと動いている。
もぞもぞ?
男は自分のゴミを捨てようと、ネットを剥がそうとしたところで気がついた。
釣り人の捨てた釣り糸が絡まった海鳥とか、流れてきたレジ袋に絡まった亀とかはネットニュースで見たことあったが、ゴミ置き場のカラス除けネットに引っかかってる猫を見たのは初めてだ。
猫ってもう少し器用な生き物だと思ったのだが、猫の方も「なんか知らんけど、こんなことになった」みたいな困った顔をしている。
解いている最中噛まれたり引っかかれたりしたらヤダなと男は思いつつ、目が合ってしまった以上仕方ないのでネットを解いてやる。
ゴミを漁るくらいだからてっきり野良猫だと思っていたのだが、殊勝にもおとなしく身を任せてくるので、もしかしたらどこかで飼われている猫が魔が差してゴミに手を出してしまったのかもしれないと男は推測した。
だとすれば、そもそも育ちの良い猫が、こんな大雑把なカラス除けネットなんかに引っかかってしまうのも納得ができる。
育ちが良ければ振り返って礼ぐらい言いそうなもんだが、解き放った猫は一目散に逃げて行ったので、やはりただのどんくさい野良だったのだろうと、男は猫の尻尾を見送った。
次の日の夜。
会社から帰って来ると、アパートの前に猫がいた。
蛇を咥えて待っていた。
猫は男を見ると蛇を置き、「にゃおん」とひと鳴きして去って行った。
いや、いらんし。
と、男はつぶやいた。